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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
魔法都市ラクベール~大海原を越えて
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108/207

108.異端

 その日の夜、シアードは外で煙草を吸っていた。

 大神殿の階段に腰かけ、一人で夜空を眺めていた。

 彼は昔から、夜空を見上げるのが好きだった。

 こうして暗闇の中に瞬く星を眺めていると、いろんなことを思い出す。

 昔はカリナーンの国の事をよく思い出していたが、シアードは今、アレス島で起こった出来事に浸る。

 怒涛のように起こった出来事に、オリバの死を悲しむ間もなく、今彼は此処にいる。


 自分の判断は、正しかったのだろうか。

 自分があの時、ブックガーデンに行かなければ、アレス島に行くことは無かっただろう。

 知らないでいい事もあっただろう。

 だが、アレス島に行かなければ、火の精霊に会うことは出来なかった。


「……くそっ!」


 シアードは自分の膝を殴り、自らを責めた。

 彼の悪い癖だ。

 自分が悪いわけではないのに、いつも自分のせいにしてしまい、そして背負い込む。

 彼の咥えた煙草は、長い灰を作った。

 それが地面に落ちて軽く弾けた時、いつもと言っていい程のタイミングで、彼女は現れる。


「何でお前は、昔っからいつも出てくるんだ?」


「いいじゃない。

 だって、一緒にいたいんだもの。」


 セレスはシアードに断りを入れることなく、隣に座った。

 彼は彼で、セレスが来ることを拒まないでいた。

 どうしても一人になりたい時もあるが、自分がこの場を離れたら、今度はセレスが一人になってしまう。

 妹を見守る兄のような心境で、一人になりたいという願望を静かに諦めていた。


「……何が正しかったのかなぁ。」


 隣に座ったセレスが、ぼそっと呟いた。


「アレス島に行かなきゃ、火の精霊の加護は受けられなかった。

 でも、私達が行かなかったら、オリバおばさん、まだ生きていたかもしれないって……そう思うの。

 」


 セレスはセレスで、自分を責めるかのように思い悩んでいた。

 シアードは、そんな彼女の姿を見たくはなかった。

 そんな思いをさせたくなかった。

 いつもなら脳を通してから言葉を発するのだが、今は直接、咄嗟に口から言葉が漏れた。


「先の事なんか、なってみないと分からないだろ。」


 シアードは、はっとした。

 自分で言った言葉に、答えを見つけた様な気がした。


「……シアード?」


「そうだよな……先の事なんか誰にも分からないんだ。

 何が正しいとか正しくないとか、そんな事じゃないよな。

 俺達は、起こったことを受け入れるしかない。

 そうでもしないと、前に進めない。」


 シアードは饒舌に語る、自分自身に驚いた。

 そしてセレスの方を見ると、彼女はぼーっとこちらを見つめていた。

 らしくない自分と、自分を見つめる彼女の表情に、シアードは思わず頬を赤らめる。


「シアード、何だか……レンジに似てきたね。」


 セレスは少し、嬉しくなった。

 いつもクールな彼の意外な一面を見ることが出来た。

 彼が胸の奥底に熱い闘志を秘めているという事を、自分は知っている。

 いつもは決して表に出さないが、よほど悩んでいたのだろう、すっきりとした表情と共にそれを見せてくれた。

 その様子に、セレスは自然と元気を貰った気がした。



「母さん。

 僕、メビウスという男に会ったよ。」


 ロイドの言葉に、いつもにこやかなエレナの表情が固まった。


「そいつ、母さんの声を奪ったのは自分だと言っていた。

 母さん、あいつは一体何者なんだ?

 教えてくれよ、母さん!」


 ロイドは、エレナの肩を思わず掴んだ。

 だが、エレナは何も言わなかった、言えなかった。

 彼の言葉に、目を見つめて首を横に振るだけであった。

 しばらくすると彼女は、サイドテーブルに置いてある紙とペンを寄越すよう、ロイドに合図を送る。

 そして、真剣な表情で紙に綴り、その紙をロイドに渡す。


(何も言えなくてごめんなさい。

 でも、私はあなたを世界で一番愛している。)


 ロイドは紙に落としていた目線を、エレナに向けた。

 そこには、ごめんなさい、と言わんばかりの表情を浮かべて、寂しげに微笑むエレナの姿があった。

 ロイドは、母親にそんな表情をさせてしまったことを悔やんだ。

 メビウスについて知りたいことが山ほどあるが、その欲求は心の奥底に収めることにした。

 そしてもう一つ、彼はエレナにしか話していない胸の内を明かす。


「母さん、ハープは明日、印の魔法を習得するよ。

 そう、あの禁断の魔法を……。

 けれど、僕はユニベルの平和なんかよりも、ハープが大切なんだ。

 それくらい、彼女を愛している。

 彼女を想う気持ちは、あいつにだって負けやしない。

 だけど、このままだと、ハープは……。

 母さん……ハープを救う方法ってないのかな。」


 ロイドの絞り出すような言葉に、エレナはそっと彼を抱きしめた。

 何を綴るわけでもなく、彼の「異端」な考えを、母親としてただただ受け止めた。

 ラクベールの都に暮らす者が、印の魔法がどんなものかを知らない筈がない。

 ユニベルを平和に導くため、印の魔法を使ってゼロを封印する。

 それが術者にとって何を意味するのか、エレナは理解していた。

 そして、彼女もロイドと同様に、心底悔やんでいた。

 ロイドと共に育てた娘のような存在は、世界の礎になるために育ててきたのではないのだと。

 だが、彼女にしか印の魔法は使えない。


 ユニベルの平和の理は、あまりにも残酷だ。

 そう思わずにはいられなかった。

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