108.異端
その日の夜、シアードは外で煙草を吸っていた。
大神殿の階段に腰かけ、一人で夜空を眺めていた。
彼は昔から、夜空を見上げるのが好きだった。
こうして暗闇の中に瞬く星を眺めていると、いろんなことを思い出す。
昔はカリナーンの国の事をよく思い出していたが、シアードは今、アレス島で起こった出来事に浸る。
怒涛のように起こった出来事に、オリバの死を悲しむ間もなく、今彼は此処にいる。
自分の判断は、正しかったのだろうか。
自分があの時、ブックガーデンに行かなければ、アレス島に行くことは無かっただろう。
知らないでいい事もあっただろう。
だが、アレス島に行かなければ、火の精霊に会うことは出来なかった。
「……くそっ!」
シアードは自分の膝を殴り、自らを責めた。
彼の悪い癖だ。
自分が悪いわけではないのに、いつも自分のせいにしてしまい、そして背負い込む。
彼の咥えた煙草は、長い灰を作った。
それが地面に落ちて軽く弾けた時、いつもと言っていい程のタイミングで、彼女は現れる。
「何でお前は、昔っからいつも出てくるんだ?」
「いいじゃない。
だって、一緒にいたいんだもの。」
セレスはシアードに断りを入れることなく、隣に座った。
彼は彼で、セレスが来ることを拒まないでいた。
どうしても一人になりたい時もあるが、自分がこの場を離れたら、今度はセレスが一人になってしまう。
妹を見守る兄のような心境で、一人になりたいという願望を静かに諦めていた。
「……何が正しかったのかなぁ。」
隣に座ったセレスが、ぼそっと呟いた。
「アレス島に行かなきゃ、火の精霊の加護は受けられなかった。
でも、私達が行かなかったら、オリバおばさん、まだ生きていたかもしれないって……そう思うの。
」
セレスはセレスで、自分を責めるかのように思い悩んでいた。
シアードは、そんな彼女の姿を見たくはなかった。
そんな思いをさせたくなかった。
いつもなら脳を通してから言葉を発するのだが、今は直接、咄嗟に口から言葉が漏れた。
「先の事なんか、なってみないと分からないだろ。」
シアードは、はっとした。
自分で言った言葉に、答えを見つけた様な気がした。
「……シアード?」
「そうだよな……先の事なんか誰にも分からないんだ。
何が正しいとか正しくないとか、そんな事じゃないよな。
俺達は、起こったことを受け入れるしかない。
そうでもしないと、前に進めない。」
シアードは饒舌に語る、自分自身に驚いた。
そしてセレスの方を見ると、彼女はぼーっとこちらを見つめていた。
らしくない自分と、自分を見つめる彼女の表情に、シアードは思わず頬を赤らめる。
「シアード、何だか……レンジに似てきたね。」
セレスは少し、嬉しくなった。
いつもクールな彼の意外な一面を見ることが出来た。
彼が胸の奥底に熱い闘志を秘めているという事を、自分は知っている。
いつもは決して表に出さないが、よほど悩んでいたのだろう、すっきりとした表情と共にそれを見せてくれた。
その様子に、セレスは自然と元気を貰った気がした。
「母さん。
僕、メビウスという男に会ったよ。」
ロイドの言葉に、いつもにこやかなエレナの表情が固まった。
「そいつ、母さんの声を奪ったのは自分だと言っていた。
母さん、あいつは一体何者なんだ?
教えてくれよ、母さん!」
ロイドは、エレナの肩を思わず掴んだ。
だが、エレナは何も言わなかった、言えなかった。
彼の言葉に、目を見つめて首を横に振るだけであった。
しばらくすると彼女は、サイドテーブルに置いてある紙とペンを寄越すよう、ロイドに合図を送る。
そして、真剣な表情で紙に綴り、その紙をロイドに渡す。
(何も言えなくてごめんなさい。
でも、私はあなたを世界で一番愛している。)
ロイドは紙に落としていた目線を、エレナに向けた。
そこには、ごめんなさい、と言わんばかりの表情を浮かべて、寂しげに微笑むエレナの姿があった。
ロイドは、母親にそんな表情をさせてしまったことを悔やんだ。
メビウスについて知りたいことが山ほどあるが、その欲求は心の奥底に収めることにした。
そしてもう一つ、彼はエレナにしか話していない胸の内を明かす。
「母さん、ハープは明日、印の魔法を習得するよ。
そう、あの禁断の魔法を……。
けれど、僕はユニベルの平和なんかよりも、ハープが大切なんだ。
それくらい、彼女を愛している。
彼女を想う気持ちは、あいつにだって負けやしない。
だけど、このままだと、ハープは……。
母さん……ハープを救う方法ってないのかな。」
ロイドの絞り出すような言葉に、エレナはそっと彼を抱きしめた。
何を綴るわけでもなく、彼の「異端」な考えを、母親としてただただ受け止めた。
ラクベールの都に暮らす者が、印の魔法がどんなものかを知らない筈がない。
ユニベルを平和に導くため、印の魔法を使ってゼロを封印する。
それが術者にとって何を意味するのか、エレナは理解していた。
そして、彼女もロイドと同様に、心底悔やんでいた。
ロイドと共に育てた娘のような存在は、世界の礎になるために育ててきたのではないのだと。
だが、彼女にしか印の魔法は使えない。
ユニベルの平和の理は、あまりにも残酷だ。
そう思わずにはいられなかった。




