107.4つの加護
ハープがあの窮地の最中、一番最初に思い浮かべた場所は、ラクベールの都であった。
どんなに人情味のない都でも、この場所は紛れもなく自分が育った場所だった。
突如、その場に現れたハープ達に目を向ける人はちらほらいるが、傷だらけの自分達に手を貸してくれる者など、誰一人としていなかった。
「はぁ……はぁ……。」
咄嗟に魔力を使ったため、ハープは地に手を付いてひどく疲弊していた。
「ハープ、すまなかったな。
けれど、ハープがあの時、瞬間移動魔法を使っていなければ、俺達は全員死んでいた。」
シアードの言葉に、彼女は大丈夫、と微笑んだ。
「本当……ありがとね、ハープ。」
セレスはハープに治癒魔法をかけ、体力と傷を癒す。
そして、魔力が尽きて瀕死状態であるロイドにも治癒魔法をかけようとした時、彼はゆっくりと目を覚ました。
「ロイド!
大丈夫なの?」
「あぁ、何とかね……。」
ロイドは自分自身で治癒魔法をかけ、傷を癒した。
「ゼロは……。」
自分が気を失ってからどうなったか、ロイドは空白の時間を知りたかった。
しかし、誰も答えようとしない事、そして、俯いたまま黙り込む皆の様子から、それ以上聞くことを止めた。
「大長老様に報告しなきゃ……。」
ハープの言葉に、レンジ達一行は大神殿へと向かった。
ゼロが目を覚ましたこと、そして、全ての加護を授かった事を報告するためである。
「大長老様。」
大神殿に到着すると、いつもの如く大長老は入り口に立っていた。
ハープ達の魔力がラクベールに降り立った事で、帰りを知ったのだろう。
水晶玉を通して、大長老はアレス島での出来事も、そして、島の行く末も見ていた。
「ふむ……。
大変なことになったのう。」
神殿の奥へと進んでいく大長老の足取りは、いつもよりも重い。
「じーさん、アレス島はやっぱり……。」
レンジの言葉に、大長老は長い髭を撫でつつ、目を伏せた。
自分が言わなくても、彼らは分かっているはずだ。
ユニベルにあった最果ての島は、海の底に沈んでしまったという事を。
イラプの村、ポートベリーの港町、そしてあの森も。
彼らの慣れ親しんだ故郷は、復活したゼロの手によって消滅した。
その事実に、レンジは恐怖を通り越して怒りが込み上げる。
そして、毒屍人を村に放ったあの男、組織、全てを恨んだ。
「ゼロも許せねぇけど、アカデミー……あいつらだけはマジで許さねぇ!
乗り込んで、ぶっ潰してやる!」
「ちょっと、落ち着きなさいよ……。」
未だ元気が出ないでいるセレスがレンジを宥めるが、今の彼の憤激が収まるはずがない。
「落ち着いていられるか!
じーさん、アカデミーの組織ってのは一体どこにあるんだよ!?」
暴れ馬のように騒ぎ立てるレンジに対して、大長老はため息をつく。
怒りに飲み込まれては、冷静な判断も出来ない。
判断力を欠いては物事はうまくいかない。
「気持ちは分かるがの、お主、ちっと落ち着かんか。
精霊の加護を受けた者が揃ったんじゃぞ。
アカデミーに行く前に、やるべきことがあるじゃろう。」
レンジは、大長老の言葉に、はっと気付く。
「印の魔法……。」
「そうじゃ、精霊の力を借りて、ハープに印の魔法を習得させる。
じゃが……。」
大長老は、この場にいる五人を一瞥した。
アレス島での事が余程応えたのだろう。
皆、覇気がない。
レンジの勢いは覇気ではなく、ただのがむしゃらな怒りと化している。
「……儀式は明日、行う事にしよう。
皆、一晩心を落ち着かせてはどうじゃ?」
大長老は、五人を神殿の地下へと案内した。
地下の空気は冷たく、無機質な空間が広がっていた。
そこの地下には、ひとつの部屋がある。
ひんやりとした石壁と必要最低限の家具しか置かれていないその部屋は、暖かみなど微塵も感じない、寂しげな空間だった。
「……僕は家に帰るよ。
こんなトコで寝るなんて、冗談じゃない。
ハープはどうするんだ?」
「私は……みんなと居たい。」
「分かった、じゃあな。
また明日神殿で落ち合おう。」
ロイドはそう言うと、神殿を後にした。
都を歩いて家路へ向かう時、ラクベールの民の声が嫌でも耳に入ってくる。
異端者が何故帰って来たんだ、と。
自分に向けられる目は、いつも白い。
下界の人間に育てられた自分は、ラクベールの民にとっては異端者以外の何者でもない事など、当の昔から知っていた。
そんな中、自分に優しい眼差しを向けてくれるのは、母であるエレナとハープの二人だけであった。
何故、今になってこんなに嫌だと感じてしまうのだろう。
ロイドは耐えきれなくなり、人がいるところを走り抜けた。
そして都の外れにある、自分の家まで辿り着くと、汗ばんだ両手を眺めた。
「そうか……。」
ロイドは、他者に受け入れられる喜びを知ってしまったからだと、確信した。
エレナとハープ、家族のような存在にではなく、レンジ達といった下界の人間に「仲間」として受け入れられた。
それはとても居心地がよく、彼の擦れた心を優しく包んだ。
「母さん……。
僕、フツーの人間に生まれたかったよ。」
ロイドはそう呟いて、家の扉を開けた。




