106.消滅
爆風が止んだと思われた時、レンジ達は目を開けた。
そして、信じがたい光景を目の当たりにする。
そこには、地面に倒れているオリバと、腕を交差させた防御の構えで身を防ぐゼロの姿があった。
「そんな……!」
オリバは、命を賭けてあの魔法を使った。
それなのに、ゼロは生きている。
レンジは呆然としながら、オリバの亡骸まで近寄る。
「なぁ、嘘だろ……?
オリバおばさん……。
なぁ、起きて……起きてくれよ。」
レンジの呼ぶ声に、オリバの身体は微塵も動かない。
状況が飲み込めず、気が動転しているのか、レンジはそれでもなお必死にオリバの身体をゆすって起こそうとする。
「レンジ……!」
レンジの虚ろな姿に、ハープは名前を呼ぶことしか出来ない。
シアードもセレスも、レンジの姿を直視出来ないのか、目をきつく閉じていた。
呆然としているレンジに、足音が近づいてくる。
そして、足音の主はオリバの亡骸まで近寄った。
青白い青年の姿であるゼロは今まで半透明の身体であったが、今、レンジの目の前にいる姿は、はっきりと確認出来る。
そしてレンジの頭上から、聞いたことのない声がする。
「やってくれるね 人間。
僕は今度こそ この醜いユニベルを 無に帰す。」
ゼロは無表情のまま、レンジ達の前にすっと手をかざした。
「危ない!」
シアードが大声でレンジに忠告した。
我に返ったレンジは、間一髪、地面に転がりながらもゼロの攻撃魔法を避けた。
その瞬間、見たこともない赤黒い火柱が天に昇った。
炎が消えると、そこに存在していたはずのオリバの亡骸は、跡形もなく消え去っていた。
焦げた地面から煙が上がる。
体験したこともないような残酷な光景に、レンジの心は怒りに飲み込まれた。
「ゼロオォォッ!!
てめぇ、ぶっ殺してやる!!」
憤激したレンジは、両手の拳に炎を纏わせ、なりふり構わずゼロに殴り掛かった。
なおも避けようともせず、突っ立っているだけのゼロに、レンジは渾身の力を込めて頬を殴った。
その衝撃によって、ゼロの長い前髪がふわっと浮く。
鷹のように、黄色い瞳が見える。
ゼロの眼は、開いていた───。
究極自己犠牲魔法の計り知れない魔力の衝撃により、眠っていたゼロが目を覚ましてしまったのだ。
渾身の力を込めたにもかかわらず、ゼロは微動だにしない。
終始無表情のままであったゼロは、レンジに対してニヤッと不気味な笑みを浮かべる。
その姿に、レンジは言葉にならない程の恐怖を感じ、すかさずゼロから距離を取るのがやっとであった。
その後は足がすくんでしまい、動けないでいた。
ゼロは自分の胸元辺りで、球を抱くような姿で何かを呟き始める。
その只ならぬ様子に、シアードは冷や汗が止まらない。
魔法も打撃も通用しなければ、守りに徹することも出来ないだろう。
シアードはオリバの死を嘆く間もなく、生き延びることを最優先した。
「ハープ、瞬間移動魔法は使えるか?」
「う、うん。」
「どこでもいい、この島から離れてくれ。
ゼロが魔法を使う前にだ!」
シアードはロイドの身をセレスに任せて、レンジの元へと駆けていく。
足がすくんで動けないでいるレンジを肩に担ぎ、ハープの傍まで走った。
「シアード!?」
「レンジ、いいか、よく聞け。
今の俺達じゃゼロに太刀打ち出来ない。
かすり傷ひとつ付けられないだろう。
……生き延びるんだ。
ここでやられたら、今までの事が全て無駄になる!!」
シアードが涙を流す姿を、レンジは初めて見た。
イラプの村が、アカデミーの化け物によって壊滅させられた。
そして、絶望に追い打ちをかけるようにゼロが突如現れた。
レンジはシアードに担がれながら、走馬灯を見た。
この島で過ごしてきた、かけがえのない時が思い出される。
テーブルを囲んでオリバの手料理を食べる光景や、セレスと口喧嘩をしてオリバからげんこつをくらう場面、シアードと二人、海岸で夜空を眺めたこと。
そして、あの森でハープとの出会った事も───。
少年の大切な思い出は、全てアレス島で起こった事だ。
「……ちくしょおおお!!!」
何も出来ないでいるレンジは、泣きながら大声で叫んだ。
その叫び声が、ハープの瞬間移動魔法によってかき消された瞬間、ゼロの魔法が放たれた。
「暗黒破滅魔法。」
そうゼロが唱えた直後、アレス島の大地が激しく揺らぐ。
島全体が揺れ動いたかと思うと、大きくひび割れた大地の裂け目からマグマが噴出した。
溢れるマグマに、壊滅したイラプの村とポートベリーの港町は呆気なく飲み込まれていく。
そして大きな波が島全体を襲った後、存在していたはずの島は跡形もなく消え去った。
アレス島はゼロの手によって、この世界から消滅した。




