11.セレスの想い人
レンジ達一行は、ノイシュタット大陸の港町トリノに到着した。
この港もポートベリーと同様、そんなに大きな街ではないが、ある名産品が街の商業を支えている。
トリノには昔から、多くの硝子細工職人が暮らしている。
美しく細工が施された硝子細工は、贈答品として世界中で人気を博しており、遠い南の砂漠にある商人の街にもよく輸出されている。
穏やかな美しい白波と温暖な気候が、職人の感性を磨かせているのだろう。
「それじゃあ、良い旅を。」
白い髭を生やした船長は、乗客一人一人の旅の無事を祈った。
レンジが最後に船を降りようとしたとき、丸太の様に腕の太い船乗りが、上から豪快に少年の頭を掴んだ。
「おい坊主!
これから先何があっても男は泣いちゃならねぇ。
お前さんが泣いた理由は何となーく分かる!
けどその涙はこの船に置いていけ、な!
頑張れよ!」
誰にも知られてないと思っていたレンジの顔は赤面する。
しかし、二メートル近くの長身で、まるで絵に描いたような豪傑に言われると、いつもよりずっと素直に言葉が受け止められる。
「おっさんも、魔物にやられんなよなっ!」
船乗りは、髭が濃いだけで実は若かった。
意地っ張りな少年の、ささやかな抵抗だった。
船を見送ってふと気づくと、辺りは既に薄暗く、家々に明かりが灯されていく。
見慣れない町並みと雰囲気に飲まれ、どうしていいかわからずにいる二人に、年長であるシアードが宿を取るよう提案する。
大体いつもそうだ。
レンジとセレスの意見が分かれたり、物事が決まらない時は必ずといっていいほどシアードの意見が尊重される。
何より彼には、不思議と統率力が備わっていた。
彼がどこから来たのか分からないが、溢れる気品と容姿から彼を慕う女性はイラプの中にも数多くいた。
セレスも、その中の一人だった。
彼女が旅に出た理由は、二つある。
ひとつは、弟のように可愛いレンジの旅を手伝うため。
もうひとつは、シアードの傍を離れたくないという、彼女の恋心からくるものであった。
三日前に、オリバと二人きりで話した時の事だ。
シアードの意志を聞くことなく、半ば強引に彼を連れていく事を話した。
セレスが慕う彼は、旅立つ当日に「行くぞ」としか言わなかった。
あの優しいシアードがレンジを放っておくわけがない、と、彼女には確信があったが、やはり怒っているのかどうかが気になって仕方がなかった。
レンジの前ではどうしても姉御風を吹かせたがるが、彼女の心はこの町の硝子細工のように繊細なのだ。
考え込んでいたら、セレスは宿を目指して歩く男二人より歩幅が遅れてしまっていた。
彼女は咄嗟に、前を歩いているシアードの袖をぎゅっと掴んだ。
いつもなら何ともないはずなのに───。
新しい環境が、心の奥底に秘めていた感情を掻き乱す。
女性がすれ違う度に、シアードに目配せしたり微笑みかけてくるのが、セレスは気に食わなかった。
「どうした。」
「何もないよ。
何にもないけど……持っててもいい?」
おそるおそる聞くと、いいよ、といつも通り素っ気なく答える。
それを聞いてセレスは、ほっと胸を撫で下ろす。
怒ってない、いつものシアードだ、と。
「変なヤツだなぁ。
腹でも減ってんのか?」
デリカシーの欠片もないレンジが、自分の顔を真顔で覗き込んできた。
どうしてこう、こいつは───いや、何も言うまい。
茶化して言ったわけじゃないから。
少年は少年なりに、自分を心配してくれているのだ。




