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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
ノイシュタット大陸 王都リューベルク
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11/207

11.セレスの想い人

 レンジ達一行は、ノイシュタット大陸の港町トリノに到着した。

 この港もポートベリーと同様、そんなに大きな街ではないが、ある名産品が街の商業を支えている。


 トリノには昔から、多くの硝子ガラス細工職人が暮らしている。

 美しく細工が施された硝子細工は、贈答品として世界中で人気を博しており、遠い南の砂漠にある商人の街にもよく輸出されている。

 穏やかな美しい白波と温暖な気候が、職人の感性を磨かせているのだろう。


「それじゃあ、良い旅を。」


 白い髭を生やした船長は、乗客一人一人の旅の無事を祈った。

 レンジが最後に船を降りようとしたとき、丸太の様に腕の太い船乗りが、上から豪快に少年の頭を掴んだ。


「おい坊主!

 これから先何があっても男は泣いちゃならねぇ。

 お前さんが泣いた理由は何となーく分かる!

 けどその涙はこの船に置いていけ、な!

 頑張れよ!」


 誰にも知られてないと思っていたレンジの顔は赤面する。

 しかし、二メートル近くの長身で、まるで絵に描いたような豪傑に言われると、いつもよりずっと素直に言葉が受け止められる。


「おっさんも、魔物にやられんなよなっ!」


 船乗りは、髭が濃いだけで実は若かった。

 意地っ張りな少年の、ささやかな抵抗だった。


 船を見送ってふと気づくと、辺りは既に薄暗く、家々に明かりが灯されていく。

 見慣れない町並みと雰囲気に飲まれ、どうしていいかわからずにいる二人に、年長であるシアードが宿を取るよう提案する。

 大体いつもそうだ。

 レンジとセレスの意見が分かれたり、物事が決まらない時は必ずといっていいほどシアードの意見が尊重される。

 何より彼には、不思議と統率力が備わっていた。

 彼がどこから来たのか分からないが、溢れる気品と容姿から彼を慕う女性はイラプの中にも数多くいた。


 セレスも、その中の一人だった。

 彼女が旅に出た理由は、二つある。

 ひとつは、弟のように可愛いレンジの旅を手伝うため。

 もうひとつは、シアードの傍を離れたくないという、彼女の恋心からくるものであった。


 三日前に、オリバと二人きりで話した時の事だ。

 シアードの意志を聞くことなく、半ば強引に彼を連れていく事を話した。

 セレスが慕う彼は、旅立つ当日に「行くぞ」としか言わなかった。

 あの優しいシアードがレンジを放っておくわけがない、と、彼女には確信があったが、やはり怒っているのかどうかが気になって仕方がなかった。

 レンジの前ではどうしても姉御風を吹かせたがるが、彼女の心はこの町の硝子細工のように繊細なのだ。


 考え込んでいたら、セレスは宿を目指して歩く男二人より歩幅が遅れてしまっていた。

 彼女は咄嗟に、前を歩いているシアードの袖をぎゅっと掴んだ。


 いつもなら何ともないはずなのに───。


 新しい環境が、心の奥底に秘めていた感情を掻き乱す。

 女性がすれ違う度に、シアードに目配せしたり微笑みかけてくるのが、セレスは気に食わなかった。


「どうした。」


「何もないよ。

 何にもないけど……持っててもいい?」


 おそるおそる聞くと、いいよ、といつも通り素っ気なく答える。

 それを聞いてセレスは、ほっと胸を撫で下ろす。

 怒ってない、いつものシアードだ、と。


「変なヤツだなぁ。

 腹でも減ってんのか?」


 デリカシーの欠片もないレンジが、自分の顔を真顔で覗き込んできた。

 どうしてこう、こいつは───いや、何も言うまい。

 茶化して言ったわけじゃないから。

 少年は少年なりに、自分を心配してくれているのだ。

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