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ユニベルの右手 -忌まわしき女神の使命-  作者: 蓮見ななこ
アレス島再び
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104/207

104.傷痕

「そうか……火の精霊はこのガキに力を貸したんだな。」


 メビウスは地面に転がるレンジを一瞥し、独り言を言う。

 そして、気に食わなかったのか、レンジを思いっきり蹴り上げた。

 それでもなお眠り続けるレンジの胸に、短剣を突き刺そうと構える。

 ぐっ、と握りしめ、突き刺そうと腕を上げた瞬間、短剣は弾かれた。

 衝撃が走った方向を睨むと、そこには黒髪の若い男女の姿があった。


「レンジから離れろ!!」


 メビウスは、ロイドとハープの姿を見て、何かを思い出したかのように笑い出す。

 その場から立ち上がると、メビウスは何の警戒心もなく、微笑みながら真正面からロイドとハープに近づいてくる。

 その姿があまりにも不気味で、二人は何も出来ないでいた。


「よう、元気だったか?

 出来損ないと、女神サマ。」


 女神、という言葉に、ハープの身体はびくっと反応した。

 メビウスは二人の目の前まで歩み寄ると、ロイドの顎先をくいっと持ち上げて、歪んだ笑みを浮かべている。


「ほー、お前は父親似か。

 どうだ、エレナは話せるようになったか?」


「いいや……。」


 ロイドの答えに、メビウスは肩を震わせて笑い出した。

 そして、彼の鋭い目が半月型になった時、ロイドはまるで大蛇に睨まれた感覚に陥った。

 

「そりゃあ、そうだよなぁ。

 いいこと教えてやるよ。

 アイツの声を奪ったのは、この俺だ。」


 メビウスの言葉を聞いた瞬間、ロイドの身体中を熱い血が駆け巡る。

 この男を殺してやろうと双剣に手をかけたが、メビウスが一歩早かったようで、剣を構えようとしたロイドに眠りの魔法をかけた。


「ロイド!」

 

 ハープの声も空しく、ロイドは膝から崩れ落ち、眠ってしまった。

 残されたハープは、メビウスに火の球を投げつけようと手を上げたが、彼女の細い手首がメビウスに掴まれることで阻止された。


「嫌、離してっ!!」


 力を入れ、メビウスの手を振りほどこうとするが、彼女のか弱い力は男の力には到底太刀打ち出来なかった。

 終始歪んだ笑みを浮かべていたメビウスは、真顔でハープに告げた。


「印の魔法を覚えて、早く帰って来い。

 今度はお前の番だ。」


 そしてハープが眉をひそめた時、メビウスは瞬間移動魔法テレポートを唱え、その場から姿を消した。

 呆然としていたハープは何とか気を保ち、レンジの傍まで歩み寄る。


「レンジ……助けてよ。

 私、本当は……。」


 この先の言葉を、ハープは飲み込んだ。

 もし口にしてしまったら、自分の使命を全う出来なくなる、そんな気がするからだ。

 あと一言でも発すれば、込み上げてくる思いによって、きっと泣いてしまう。

 いつからこんなに心が弱くなったのだろう。

 印の魔法を習得し、ゼロを封印する。

 ラクベールの都を出るまでは、自分はそのために生きてきたのだと、疑いもしなかった。

 しかし、自分は知ってしまったのだ。

 本来人間が持つ、優しさや暖かさが、どれだけ素晴らしいかということを───。


「……ハープ?」


 自分が起こす前に、レンジが目を覚ました。

 すぐに飛び起きて、メビウスを探す様に辺り一面に目を運ぶ。


「あいつはッ!?」


「だ、だいじょうぶ。

 もういないから。」


 レンジの放った大声で、シアード達も目を覚ました。

 だが、オリバ一人だけが目を覚まさないでいる。


「おばさん……?

 おばさん、オリバおばさん!」


 セレスの呼ぶ声に、オリバの指がぴくっと動いた。


「良かった、まだ息がある!

 家に運ぶぞ。」


 傍で確認したシアードがオリバを背負い、家の中へと運び込んだ。


「ひどい汗……。」


 セレスはオリバに治癒魔法をかけていた。

 傍ではシアードが見守っていた。

 レンジは村の現状に呆然とし、ロイドもハープも、メビウスと会ったことで力が入らないでいた。

 オリバの傷は、見えるところは癒えているが、目を覚ますことなくうなされたままであった。

 壊滅状態の村で迎える夜は、とても暗かった。

 慣れ親しんだ家も何箇所かは壊されており、中も荒らされていた。

 おそらくメビウスが、オリバとポイズングールが闘っている最中に、研究に利用できそうなものを探していたのだろう。

 自分達の大切な場所を、土足で踏みにじられたような気分だった。


「セレス。」


 腕を組んで壁にもたれているシアードが、セレスに声を掛けた。


「な、何?」


「おばさん、ポイズングールに噛まれた痕はなかったか?」


「腕や足には特になかったけど……。」

 

「ならいいがな……。」


 シアードはそう言うと、部屋を出て行った。

 セレスは彼の言葉に、もしかしてと思い、オリバの身体を確認する。


「……そんな!」


 セレスは自分の目を疑った。

 オリバの背中には、ポイズングールに噛まれた痕があった。

 自分では、ポイズングールの毒は治せない。

 狼狽えているとオリバが目を覚ましたようで、聞いたこともないようなか細い声で話し始めた。

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