101.再来
オリバがフレア草を洗おうとした時だった。
家の古びた扉が軽く叩かれた。
「おやおや。
忘れ物でもしたのかねぇ。」
オリバはエプロンで手を拭き、扉に手をかける。
シアードが煙草でも忘れたのかと思い、警戒心もなく扉を開けたが、そこに彼らの姿はない。
十五年前の、あの日の記憶が蘇る。
今、オリバの目の前にいるのは、メビウスの姿だ。
彼は白衣を身に纏い、年を重ねてはいるものの、蛇のような鋭い目つきと一つに束ねられた長い黒髪はあの時のままだった。
「あ、あんたは……!」
「火山が見当たらないんだが。
火の精霊に会わせてくれませんかね。
あんたなら知っているだろ?」
火の精霊の元には今、レンジ達が向かっている。
この男の事だ。
また、十五年前の時と同じように無残なことをするに違いない。
「まだ……火の精霊を使って何かしようというのかい?」
「そうさ。
平和のための研究に、どーしても精霊サマの力が必要なんだよ。
ここの精霊を制御したら、次の精霊も探さないといけないんでね。
だからさぁ……とっとと吐け。
な?」
歪んだ笑いを浮かべていたメビウスは、何の躊躇いもなくオリバの胸ぐらを掴む。
オリバは思い切り、メビウスの手を引き離して戦闘態勢をとる。
「おっと。」
「汚い手で触んじゃないよッ!
誰があんたになんか教えるもんかい!!
どうしても知りたきゃ、自分で探しな!!」
「そんなに死にたいか?
そうかそうか。」
「何だい……あの化け物は……!」
メビウスは、コルクの栓で閉ざされた試験管を取り出した。
それを地面に叩きつけると中から紫色の煙が舞い上がり、毒屍人が現れた。
「そうだなぁ、他の村人にも聞いてみようか。」
残忍極まりないこの男は、持っている試験管をいくつも地面に投げつけた。
次々と現れるポイズングールの姿は気味が悪く、腐敗臭が鼻を劈く。
そして、ポイズングールは村の四方八方へと歩きながら散らばっていった。
「村の人々は関係ないだろ!
やめとくれ、やめとくれよ!!」
「あぁー、もう遅いねぇ。
ほら、ぼーっとしてるとやられちゃうよ?
ははははは!!」
「ア……ア……グガ……!」
メビウスは高笑いを上げ、村が破壊されていく様子を眺めている。
そして歪んだ笑みを浮かべながら、ポイズングールと取っ組み合いをしているオリバを横目に、家の中へと入っていった。
「レンジ……みんな……!」
一方、レンジ達はオリバに言われた通りの、かつて洞穴があった場所に来ていた。
そこには不器用に作られた、ふたつの墓標があった。
名前などは掘られておらず、長方形のぼこぼこした石が並べて立てられているだけであった。
だが、墓前には日の経っていない花と、鳥についばまれたライ麦パンが供えられている事から、レンジは両親の墓であることを悟った。
「父さん、母さん……!」
レンジは、墓の前へと駆けて行った。
「オリバおばさん、小まめに来てたんだね……。」
「そうみたいだな。」
四人は、両親の墓の前で立ったままでいるレンジの後姿を眺めていた。
レンジは両親の名前すら、ここ最近で知ったのだ。
顔はおろか、家族としての温もりも覚えていない。
代わりに家族としての、親としての温もりはオリバからたくさん貰った。
オリバだけではない。
シアードやセレスからも、たくさん、たくさん。
「俺、大丈夫だから。
オリバおばさんのおかげで、元気だから。
だから……父さん、母さん。
俺に勇気をくれよ。
火の精霊に会う勇気を……。」
「……やっと来たか。」
「誰だ!?」
レンジは聞き慣れない声に、思わず身構えた。
その声の主は、深紅の髪をもつ青年であった。
青年の身体からは、赤と橙色が入り混じるオーラが漂い、宙に浮いている。
「よう、お前はあの時のチビか。
大きくなったな。」
「だから誰なんだよ、てめぇは!!」
青年は長いため息をついて、ぽりぽりと頭を掻く。
そして何かを思い出したのだろう、ふっ、と吹き出した。
「お前、外も中も父親そっくりだな。
俺は火の精霊。
大体、来るのが遅いんだよ。
ずっとこの島にいたくせに、何で俺が最後なんだよ。」
「あぁ!?」
落ち着いている火の精霊に対して、終始ケンカ腰でいるレンジの前に、ハープが立ちはだかった。
そして、火の精霊に向かって懇願する。
「火の精霊様、どうかレンジに力を貸していただけませんか?
私達、ずっと旅をしてきたんです。
そしてやっと、あなたに会えたんです。」
火の精霊は、辺りを見回した。
そして、じーっと目を凝らすと、セレス、シアード、ロイドにはそれぞれのオーラが確認できた。
「そうか……。
残すは俺とこのチビだけ、という事か。
いいだろう。
俺だけ力を貸さないというわけにはいかねぇだろうからな。
ただし、これだけは確認させてもらわないとな。」
火の精霊は宙に浮いたまま、すうっとハープの身体をすり抜けてレンジの正面まで来た。
「なぁ、チビ。
お前は、誰にも負けない心の強さってものがあるのか?
俺を認めさせるほどの強い気持ちってモンは、お前にはあるのか?」
火の精霊の唐突な質問に、レンジは気持ちを落ち着かせて自分を振り返る。




