泥臭い軍医が、綺麗な月に絆される時
泥臭い軍医が、綺麗な月に絆される時
アメスピの少し甘い煙を肺の奥深くまで吸い込み、ゆっくりと夜空へ吐き出す。
紫煙の向こう側、ポポロ村の広場では、焚き火を囲んで賑やかな宴会が開かれていた。
「リキさん、お肉ばっかりじゃなくてお野菜も食べてくださいね! ネギオ先生からいただいたネギ、すごく甘いんですから」
「おうっ! 姐さんのよそってくれた鍋なら、草でもなんでも食うで!」
俺の悪友である金髪リーゼントのヤンキー聖獣が、尻尾を振る大型犬のように茶碗を差し出している。
その隣で、楽しそうに笑いながら鍋の具をよそう女。
日野輝夜。
霞が関という日本の不夜城で身をすり減らし、この異世界に落ちてきた、ひどく綺麗で、ひどく頑固な女。
「……たく。すっかり村の中心じゃねぇか」
携帯灰皿にタバコを揉み消し、俺は静かに息をついた。
俺のこの両手は、人を救うためのものだが、決して綺麗なものじゃない。
高校時代、ハワイでダチが銃撃戦に巻き込まれて死んだあの日から、俺の人生は血と泥にまみれることになった。
渡米して元SEALsの教官から叩き込まれたのは、綺麗事の医学じゃない。敵の弾雨の中で秒単位のトリアージを行い、必要なら敵の喉笛を掻き切ってでも味方を後送する『戦術的戦闘救護(TCCC)』という泥臭い生存術だ。
『兵士や医官ってのはな、優太。市民や弱者に地獄を見せないために、自ら地獄の中にどっぷり浸かって泥を綺麗に拭うのが役目だ』
教官の言う通りだった。
俺はルナミス帝国軍の医官として、血と臓物の臭いがこびりつく最前線で生きてきた。無双薙刀流やCQCで魔獣や敵兵を殺し、その手で兵士たちの腹を縫う。
光の当たる平和な場所なんて、俺みたいな泥臭い男には似合わない。そう思っていた。
だから、数日前の夜。
魔獣に襲われていた彼女を保護した時も、最初はただの『任務』のつもりだった。
同郷の、運悪く巻き込まれたか弱い民間人。俺が地獄から遠ざけ、守ってやらなきゃいけないひ弱な女。
……そう、思っていたんだが。
『――美味しい、です……っ、すごく、あたたかくて……っ』
あの夜、俺が【地球ショッピング】の善行ポイントで出した金曜日のネイビーカレーを食いながら、彼女は泣いた。
絶望に押しつぶされそうになりながらも、出された飯は綺麗に完食し、生きる意志を手放さなかった。
そして翌日には、【月詠の窯】という規格外のスキルを無自覚に発動させ、ただの白湯で俺の蓄積された戦労を完全に吹き飛ばしてみせた。
驚かされたのは、スキルのチートさだけじゃない。
メロロンに狂った泥沼夫婦の危機には、一切の武力を使わず『対話とバフ飯』だけで夫婦の絆を取り戻させた。
そして今日の昼間だ。
あのひねくれたインテリ樹人・ネギオを相手に、『論語』の精神と農業経済学のロジックで真っ向から知恵比べに勝ち、魔導備前焼の樽で村の流通革命まで成し遂げてしまった。
「お前は、本当に……」
ただ守られるだけの、か弱いお姫様なんかじゃない。
泥に塗れて戦う俺とは違う、知性と、優しさと、決して折れないしなやかな強さを持った女。
彼女は自分の足で立ち、自分の言葉で、この異世界の荒れた村を少しずつ『温かい場所』へと変えている。
彼女が笑うと、周りの空気がふわりと明るくなる。
まるで、暗闇の中で迷う者たちの足元を優しく照らす『月』みたいに。
「あ、優太さん。ぽつんと立ってないで、こっちに来てください。お鍋、冷めちゃいますよ?」
輝夜が俺に気づき、とてとてと小走りで近づいてきた。
彼女の手には、俺のために【月詠の窯】で創ってくれた、少し大きめの武骨な茶碗がおさまっている。
中には、ポポロ村の特産である肉椎茸と極上ネギが、俺が提供した日本の醤油出汁でクタクタに煮込まれていた。
「すまねぇな。いただきます」
茶碗を受け取り、箸で肉椎茸を口に運ぶ。
……美味い。
食材の良さも、チート級のバフ効果も当然ある。だがそれ以上に、彼女が俺のために作ってくれたという事実が、胃の腑から心臓までをじんわりと熱く満たしていく。
「どうですか? ネギオ先生のネギ、すごく甘くて美味しいですよね」
「ああ、最高だ。……あんたの腕がいいからな」
「ふふっ、優太さんのお醤油と出汁のおかげですよ」
輝夜は照れたように笑い、嬉しそうに見上げてくる。
焚き火の光に照らされた彼女の顔は、東京の不夜城で過労に倒れた時とは別人のように生き生きとしていた。
頬に少し、鍋の灰が飛んだのか、黒い煤がついている。
「……動くなよ」
俺は茶碗を片手に持ったまま、もう片方の手で彼女の頬に触れた。
ビクッ、と輝夜の肩が跳ねる。
泥と血を洗い流しただけの俺の無骨な指先が、彼女の白くて柔らかい頬をそっと拭う。
「優、太さん……?」
「煤がついてた。……取れたぞ」
「あっ……あ、ありがとうございます……っ」
輝夜の顔が、一瞬で耳の先まで真っ赤に染まった。
大きな瞳がパチパチと瞬き、俺の顔を直視できずに視線が泳いでいる。
その反応が、たまらなく可愛くて、愛おしい。
(……ああ、くそ。完全に絆されちまってるな、俺)
戦場では一瞬の迷いが死に直結する。だから俺は、常に冷静で、自分の感情をコントロールしてきたつもりだった。
だが、この女の前ではどうだ。
他の奴らに見せたくない。俺の手の届く範囲にずっと置いて、その笑顔を独占したい。
そんな、泥臭くて重苦しい『執着』と『独占欲』が、腹の底で黒く、熱く渦巻いている。
『皆がそれぞれ頑張って、夜になったらこうして月を見ながら……笑って、美味しくお酒を飲める場所を作りたいなって』
月見酒の夜、彼女はそう言った。
俺はその『甘い理想』を守りたいと、心の底から思う。
(あんたは、そのままでいい)
輝夜。お前は、その優しさと賢さで、この村を、世界を照らす月でいてくれ。
その光を脅かす魔獣も、悪意も、理不尽な暴力も。
俺が全部、この泥臭い手で暗闇に引きずり込んで、消し去ってやる。
「優太さん? どうかしましたか? なんだか、怖い顔して……」
「……いや。ネギが美味すぎて感動してただけだ」
「ふふっ、もう。お代わり、まだたくさんありますからね!」
笑いかける【うちの女(予定)】の頭に、俺はもう一度、ポンッと手を乗せた。
今度は、無意識なんかじゃない。
明確なマーキングだ。
「ああ、頼む。……ずっと、俺の飯はお前が作ってくれ」
「えっ……? それって……」
「おーい! 優太! 姐さん独り占めすんなや! ワイもネギのお代わり欲しいんやけど!」
いい雰囲気になりかけたところで、空気を読まない悪友の怒声が飛んできた。
俺はチッと舌打ちし、輝夜から手を離した。
「ほら、食いしん坊の大型犬が呼んでるぞ」
「あ、はい……っ! 今行きます、リキさん!」
顔を真っ赤にしたまま、輝夜が小走りで鍋の元へ戻っていく。
その後ろ姿を見つめながら、俺はもう一度、アメスピの箱に手を伸ばした。
軍医の泥臭い日常に舞い降りた、綺麗な月。
絶対に手放すものか。誰が相手だろうと、この光だけは、俺の命に代えても守り抜く。
月明かりの下、俺は一人、胸の内でそう静かに誓ったのだった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
お待たせいたしました! 読者の皆様が大好きな【ヒーロー(優太)視点】の閑話です!
普段は冷静でクールなスパダリ軍医が、内心ではヒロインに対してどれほど重い執着と保護欲、そして愛おしさを抱いているのか……そのギャップを余すところなく詰め込みました!
頬の煤を拭うさりげないボディタッチに、「ずっと俺の飯はお前が作ってくれ」という事実上のプロポーズ(未遂)!
そして「うちの女(予定)」というパワーワード!
優太の底なしの沼っぷり、いかがだったでしょうか!?
「優太、内心デレデレじゃん最高!」
「こんなスパダリに溺愛されたい!」
「リキ兄貴、空気読んで!w」
と、少しでも胸キュン&ニヤニヤしていただけましたら、
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(本当に数秒で終わりますので、どうか優太と輝夜のスローライフに皆様のお力を貸してください…!)
次回『特産品計画と、過保護な善行ポイント』
輝夜の村おこしを裏で支えるため、優太がこっそり大暴れ!? スパダリの過保護が止まりません! 明日も更新しますので、絶対にお見逃しなく!




