第五回 徳島③ 十八番~二十二番札所(一日目)
今回は二〇二六年十月の記録だが、当日の少し前、前回遍路の翌週あたり、私は軽い風邪を引いていた。
幸い、風邪自体はすぐに治ったが、子どもの頃からの付き合いになる喘息が顔を出し、その症状だけがしつこく残ってしまった。
日常生活や労働には全く問題なかったため、お遍路は決行。
頼れる吸入薬、メプチンエアーを携えて――。
十八番札所恩山寺は、南小松島駅からだと歩いて一時間もかからない。
駅から、ほぼ平坦な市街地の道を歩き続けていた感覚があったが、仁王門のあたりまで来ると、あたりがすっと静かになり、木陰に入って涼しくなった。
今まで見てきた札所と違い、来た道の続きは仁王門の中央を通らず、門の左手に逸れてその先の車道へ続いていく。道の右手に仁王門だけが残されている、という風情で、意識していないと、この門を見過ごしてしまいそうだ。
そこから札所までのルートは二通りあるようで、右側は仁王門を通り抜けて、そのまま山道へとつながる、コンクリートで舗装されていない遍路道。左側は来た道からつながっている車道。
私は、ここはそのまま左側の車道を行くことを選択した。
しばらく上り坂を歩き、十八番札所にたどり着くころには、朝吸入しておいたメプチンエアーの効力が切れていた。ときおり咳払いする程度で、上り坂を歩くぶんには平気なくらい体調が安定していたので、つい、再度吸入するのを忘れていた。
「メプ切れ」を実感したのは納経時である。声を出しながら、息継ぎを重ねるごとに気管のあたりに、うまく表現できないがむずむず感というか、モニョモニョ感が増して、息を吸いきれない感覚があった。何度か咳きこみながら読経する羽目になり、そこでようやく、しばらく薬を吸入していないことを思い出した。
納経を終えてすぐメプチンエアーを吸入した。とりあえず、これで数時間は落ち着くだろう。
それから、恩山寺でしか授与されていないという摺袈裟を入手したのち、出発。摺袈裟は家の仏壇に供えたいと思った。
次の十九番札所までは、およそ四キロ半ほどの距離がある。ずっと平坦で、距離と道そのものは、問題ではない。
ただ、この連休は、有休をとった金曜含め、四日間通して十月離れした暑さがあった。用意していた水分もすぐなくなってしまった。とにかく自動販売機を探し、買えるときに買い飲めるときに飲む、を徹底し、熱中症で倒れないことだけは心掛けた。体力はある程度鍛えられるし、体調はある程度整えられるけれど、暑さだけはどうにもできない。
年ごとに夏の暑さが厳しくなっているけれど、何年後かにこの文章を読み返したとき、ひょっとして、十月までもこの暑さが普通のことになっているのだろうか。できれば、十月のあの連休だけは異様に暑かったな、と思い出せるぐらいであってほしいものではある。
また、お遍路を始めたばかりの頃は、一、二時間くらいなら休憩無しでも歩ききってみせる、という考えだったが、それも改めた。一、二時間歩いて終わりならいいが、一日中歩くということは、その一、二時間ではなく、その日歩く数時間分の体力を配分せねばならないということだ。
書いてみれば当たり前のことだが、お遍路を始めたいと考えたときは、年齢的にも今より体力があったこともあり、まだ考え方に自分への過信が残っていたな、と思う。
それで、立江川近くの公園で一度休憩してから、十九番札所へ向かった。たくさん歩く合間に、ベンチに腰をおろしておやつ休憩を挟むのはなんともいえない幸福感がある。徳島駅で買っておいた滝のやき餅がおいしかった。
そのルートの最後は住宅街の中に続いていた。住宅街というのは、もちろん歩くのは公道ではあるのだけれど、思いっきり他人様の生活圏内なので、いつも少し緊張してしまう。
市街地よりも小高いところにある寺院だと、人里から一歩距離を置いた雰囲気があるけれど、立江寺は、周辺の人の暮らしになじんでいそうな立地だった。民家などが立ち並ぶ景色の真ん中に、仁王門が口を開け、参拝者を出迎えている。自分の暮らしの目と鼻の先に、全国から参拝者がやってくるお寺があるというのは、どんな感じだろう、などと考えてしまう。
境内に入ると、本堂や大師堂も立派で、見応えがあった。少し怖いいわれのある黒髪堂など、説明書きも一つ一つ興味深く読めるので、じっくり参拝できる時間配分で来られてよかった。
尚、十八番札所のときに咳きこみながら読経したのとは異なり、息継ぎしていても気管あたりの不快感は起きず、スムーズに納経を終えることができた。自分の体調のためにも、明日以降はメプ切れを起こすまい、と固く決意した。
その後は立江駅に向かい、この日最後は電車を利用して、宿のある南小松島に戻るプランだった。立江寺には宿坊もあるけれど、事前にいろいろ考えた結果、今回はそういう計画で進めることにしていた。
十九番札所を出たところで、地元の年配のご婦人に声をかけられ、立江駅に向かう途中まで、歩きながら話を聞くことになった。
近くにこういうお寺があるのはどんな感じだろう、と考えていたが、このご婦人からは、立江寺を誇りに思っていることが伝わってきた。歴史のことや仁王像修復のときのことを話すご婦人は、本当に嬉しそうだった。
地元についてこんなふうに話をできるのが、少し羨ましい。
私も日本の歴史や古典文学が好きだけれど、自分の地元の歴史に関わる物事は、私がかつて専攻していた分野や時代からは少々外れている。自分の住んでいる場所のことほど、知らないことのほうが多い。
けれどそのうち、自分の足元を掘り下げる、をやってみるのも面白いかもしれない。せっかく、自分が日々暮らしている地元という土地があるのだから。
そういうことをしてみれば、「どんな感じだろう」の答えを得られるかもしれない。




