第四回 高知② 二十八番~三十二番札所(一日目)
二〇二六年九月シルバーウィーク、一泊二日で五ヶ所を回った。
いきなり反省から入るが、今回は、持ち物の面では、これまでで最も準備不足が解消された道中だったといえる。納経の作法もスムーズだった。成長成長。
ミスがあったのは時間配分である。大まかな旅程をあらかじめ調べ、記したメモを持ち歩いていたが、時間の計算をミスしていたところがあった。
二日目はそれも原因の一つで、大幅な予定の見直しが必要となった。
とはいえ、良かったことは、私がもとの予定に固執しなかったこと。ただ必要最低限の時間で、札所をただ回るだけの遍路が自分にとって意味はあるのか、問い直す機会となった。
せっかく来た場所をよく見て、案内文を読んで、訪れた場所を味わうのに必要な時間を持つことを選べたことは、良い選択だったと思う。
そういうわけで、二度目の高知である。
のいち駅まで公共交通機関を用い、そこから一時間弱歩くと、このたび最初の札所、二十八番大日寺にたどり着く。
数日前には台風直撃の心配をしていたというのに、蓋を開けてみれば台風は四国を逸れ、風は強いものの天気はよく、今回最初の札所の時点でも暑さがこたえる道のりだった。
札所についたらまずは納経といきたいところだが、一度境内のベンチで息を整え、水分補給をする時間が必要だった。無理をしたら読経中にクラクラきそうだ、という感覚があった。
ようやく体勢が整ってから、本堂での納経を終え、大師堂の納経に進んだところで、思わぬ刺客が現れた。
私が読経を始めたところで、隣にやってきていた年配のご婦人が、「まあ猫ちゃん!」と声を上げていた。
猫ちゃんが、いるらしい。
私は猫が好きだ。ご婦人の声が耳に飛び込んできた時点で、経本から目を逸らさない精神力が必要だった。
隣のご婦人は、突如煩悩まみれになった私をよそに、猫に話しかけ続けている。あらかわいい、まあこんな高いところに、にゃあ!
この時点で、私は、すでに読経に集中できていない。頭の中は猫煩悩でいっぱいである。昔話で、仏様が何かに化けてお坊さんとか修行する人とかの前に現れ、誘惑しまくる話がなかっただろうか。ここにいるらしい猫ちゃんは、もしかして私への試練か何かでは?
猫ちゃん、見たい。猫ちゃん、納経が終わるまで行かないで。
精神的にやっとのことで読経を全うした自覚があるが、これには仏様も御大師様も苦笑いだろう。読経は終えたが誘惑には負けている。
読経を終えてすぐ、きょろきょろ猫の姿を探すと、猫ちゃんは、開いた状態の扉と扉があわさる隙間の、その足元に隠れていた。オレンジ色のふわふわの毛玉が、その隙間から丸くはみ出している。尻隠さずの状態である。
その正面に回り込んでみるとと、扉と扉の間の奥に、まだてのひらサイズの茶トラの子猫が、うずくまっているのが見えた。かわいい。
少し怖がっているけれど、逃げるほどは怯えておらず、ある程度人慣れしていそうだ。怖いけれど興味はある、という様子に見えた。
お顔見せてくれてありがとう、と思いながらで、その場を離れた。
灯明の色した子猫隠れゐて遍路のよみし経やきくらむ
思いがけない癒しを得て、次の札所へ出発。
ここからが長く、歩いて二時間はかかるため、途中で昼食をとる必要があった。一日全体の時間もカツカツなので、飲食店などでゆっくり食事をとる時間はなさそうだったから、高知駅であらかじめ弁当を買ってあった。
道中には休憩所やベンチのある公園もあるから、これは正解だった。空腹の状態で歩き続けるのは、避けたほうがいい。
住宅街を歩くこともあるルートだった。途中、民家と民家の間のやけに細い小径をインターネットの案内が指し示して、これは通ってはいけない私有地では? と惑わされる場面があった。
だがよく見ると、小径手前の電柱に一枚の木札がかかり、シンプルな線の遍路姿の人物が、小径の方をさし示す矢印と共に描かれていた。
誰かの思いやりのおかげで、安心してその小径を通過することができた。
しかしこの道のりは長かった。途中に休憩を挟んでも、二時間はやはり長い。ちょっと飲食店でゆっくりごはんを食べる、くらいの時間は持ったほうがいいように思う。
まだこの日二箇所目なのに、だいぶ疲弊しながら、ようやく二十九番札所国分寺にたどり着いた。二箇所目とはいえ、夏みたいな気候の中をすでに十キロ以上歩いている。
国分寺のある地域は、『土左日記』の紀貫之ゆかりの地といえるだろう。今回、ちょっと聖地巡礼のような気分で、岩波文庫の『土左日記』を持ってきていた。私にとって『土左日記』は、大学生のとき、演習発表のある講義で、出席者みんなで一年がかりで取り組んだことが思い出深い。
いま歩いている道を、紀貫之も歩いたかもしれないと思うと、嬉しくなる。
国分寺境内を目にすると、神社っぽい趣があるな、という印象を受けた。山門から本堂までの、樹木の並びのためかもしれない。好きな雰囲気だ。
境内では「酒断地蔵尊」があるのが目についた。私は、断じて飲みすぎではない。アルコールには強くないので、そんなに飲めない。でもお酒は好きなので、これからも気をつけます、くらいの気持ちで、こちらにも手を合わせておいた。
時間に余裕がないのは、ここから三十番札所への道のりだった。納経所は十七時まで、予定通りなら、十六時半に到着する見込みだった。
徒歩で約一時間半の道のりを、あまり休憩することのできない配分で、歩き続けなければならない。
とにかく水分を切らさないようにして、気になりはじめた足の痛みを無視しながら、ひたすら歩き続けた。
結果、三十番札所へは、納経するだけなら十分な時間をもって到着することができた。
納経所ではこの時期、葛アイスが販売されていて、買い食いせずにはいられなかった。熱さのこもった体に、冷たさがしみわたって、命拾いする心地だった。
しかし、カツカツな行程というのはやはりもったいないもので、広々とした境内をもっとゆっくり見て回れればよかったが、急ぐ気持ちで納経を終えてしまった。
隣には土佐神社という立派な神社もあり、こちらも少しお参りに寄ったけれど、こちらもじっくり見て回るには、時間と、何より体力がもう残っていなかった。
ここまでの歩数、三万歩。だが、この日予約している宿まで、さらに四キロある状況だった。
まあ歩けはする、という感じだったので、少しペースを落として歩くことにした。三十番札所を出てすぐ、少し先は通行止め、という地点にさしかかったところ、地元の方が「そちらは通れないので、こちらですよ」と声をかけてくださった。
地元の方々は、本当に優しい。よそから来ている者として、地域への礼儀と尊重をもって歩かせていただかなければ、という思いを新たにする。
この日最後の約一時間ウォーキング、自分を励ましながら宿へ到達。
ビジネスホテルの素泊まりだったので、朝夕の食事の調達が必要だった。本当はどこかで、高知でしか食べられないものを食べたかったけれど、もうちょっと足を伸ばして飲食店へ行く、という体力がなかったので、近くのスーパーで適当な食糧を確保した。
先述の時間配分のミスを発見したのは、寝る前に、次の日の行程の再確認をしたときだった。一時間以上かかるところを、なぜか私は、三十分かそこらで計算していた。しょうもないミスである。
実は、もともと二日目は三十三番札所まで行くつもりだったのだが、三十二番で切り上げることとなった。
計算し直したところ、無理をすれば三十三番札所も回れそうだった。だが、今回の一日目で痛感したのが、ただ札所を回って、必要最低時間で納経して終わり、とすることのもったいなさだった。
御朱印はスタンプラリーのスタンプではない、ということは念頭に置いたうえでお遍路をしているつもりだった。けれど、とにかく数を打つ遍路は、結果的にスタンプラリーになってはいないか。そういうことも考えた。
いろいろ検討したすえ、行程の変更を受け入れて、ようやく一日が終わった。合計四万歩歩いた一日の夜、寝るまでにひと仕事増えるとは思わなかった。




