05.言葉と世界
広場の一角に用意された簡易的な椅子に座り、イースから受け取ったサンドイッチを食べる。
食パンではなく、柔らかな丸パンに野菜と肉を挟んだものだ。味はしっかりしていて、マヨネーズとマスタードの風味に思わず目を丸くした。馴染みの味がする。それが素直に嬉しかった。
昨日の夜は、野菜たっぷりのスープと丸パンが出されたが、緊張と不安で味がしなかった。今は隣にイースがいるからか、ちゃんと味わって食べることができている。
「お。マヨネーズ多め~」
隣でサンドイッチを頬張っていたイースが嬉しそうに呟く。ここでもマヨネーズと呼ぶらしい。
些細な共通点で、少し気持ちが和らぐ。この世界と元の世界が、どこかで細く繋がっているような気がした。
ちらりと広場全体を見やる。
この隊は、ミナトを除いて八人編成らしい。名前を知っているのは、イースとアルヴェイン、ローデリクの三人だけだった。
他の騎士たちは、装備の重さも立ち位置も少しずつ違う。戦闘要員、御者、予備の馬を引く者。役割が分かれているのだろう。その中でイースは一番身軽に見えた。
イース以外のメンバーと話す機会は、今のところない。イースが常にそばにいて、細かいところまで見てくれているからだ。
明け方に見た天幕の数からして分隊にしては少数だが、ミナトを王都へ連れていくためだけに編成された隊と考えればこの程度だろう。
アルヴェインは少し離れた場所で、黙々と食事をしていた。ガチガチの鎧姿でサンドイッチを頬張るその姿は、どこか不釣り合いで、思わず見てしまう。しかし、彼の背後に立つローデリクがこちらをじっと見ていることに気づいた。
その視線から逃げるように、ミナトは体をひねって座る位置を直す。イースはすぐに意味が分かったらしく、苦笑した。
「ローデリク様は、いつもあんな感じだから」
「大変な仕事ですね」
「ハハッ。それはそう」
イースは笑い、アルヴェインたちから見えない角度でポンポンとミナトの二の腕を叩く。
普段なら、こういう距離の近さには身構えていただろう。けれど、不思議と肩に力は入らなかった。
「イースさんは、どうして普通に接してくれるんですか?」
「どうしてって。あんたが普通だからだよ。見てても喋ってても危険だなんて思えないし……まあ、なんか変な感じはするけど」
「変な感じ……」
言われてみれば、そんな感覚はあった。
最初にアルヴェインと接触した時もそうだった。頭に文字が流れ込むような明らかな異常を抜きにしても、よく分からない違和感がずっとある。
何がおかしいのか。彼らが日本語を話していることに違和感がある見た目なのは間違いないが、それだけではない何かがある。
ミナトは、じっとイースの顔を見る。
「なんだよ。俺の顔に何かついてるのか?」
イースはそう言って笑う。
そこで気づいた。
イースの言葉と、口の動きが合っていない。まるで吹き替え映画を見ているようだった。
そんな馬鹿な、と思って、近くで話している兵士たちに視線を移す。日本語に聞こえる会話も、よくよく見れば口の動きと一致していない。
背筋が冷えた。
彼らは、日本語を話しているわけではない。
なのに、自分には日本語として届いている。
半信半疑ではある。自動翻訳がついた世界だなんて。しかし、魔法が存在する世界で、こちらの常識など何の意味があるのか。
「どうした?」
「いえ……なんでもないです」
この違和感の正体を言葉にして伝える自信がない。手元に視線を落とす。
言葉が通じること。それはこの世界における、数少ない救いのはずだった。しかしそれすら、自分には理解のできない力の上で成り立っている。
そう気づいた途端、急に足元が頼りなくなった。
昼休憩を終えた一行は、平原から農村地帯を抜け、緩やかな丘陵へと進んだ。
今回は昼前の反省を活かし、ミナトは荷台で座る位置を変えたり、軽くストレッチをしながら過ごした。
進行方向は幌で覆われているが、後ろは開放されているので、そちらから景色を眺めることもある。視界に入るアルヴェインも、もはや景観の一部だ。時々目が合うこともあるが、特に会話にもならない。白馬の騎士というのは、そこにいるだけで絵になるものだとミナトは思った。
昼前は気づかなかったが、アルヴェインの斜め後ろには青毛の馬に跨るローデリクがいた。白馬と青毛の対比がはっきりしていて、これもまた絵になる。ローデリクは先程とは違い、周囲を見回して警戒している様子だった。
アルヴェインたちの反対側にはイースがいる。栗毛の馬に跨り、時々アルヴェインと話し、馬車の前後を行き来している。伝令としての役割なのだろう。たまに目が合うと、グッと口角を上げて分かりやすく笑ってくれるので、こちらも自然と表情が緩んだ。
言葉の問題は、とりあえず気にしないことにした。疑問に思っても答えは出ない。言葉が通じているのであれば、今はそれに頼るしかなかった。




