04.立場
街道は踏み固められた土で、二本の轍が刻まれていた。車輪はそこをなぞるように進む。平坦に見えても段差は無数にあり、乗り上げるたびに荷台が揺れる。
正午を過ぎた頃、一行は街道沿いの休憩所へ立ち寄った。
森を抜けた先、開けたその場所は小さな広場のようになっていた。周辺は木の柵で囲まれている。
地面は街道と同じく踏み固められた土だった。中央には円形の水場があり、石柱から水が噴き上がっていた。涼しげな水音が荷台にいても耳に届く。
水場のあたりで行商人らしい旅人たちが休息を取っていた。騎士たちの姿を見ると、一瞬驚いたようだが、すぐに安堵した表情へと変わる。
騎士がいる間は、野盗や魔物に襲われる危険が薄れる。それだけでも、旅人にとっては安らかな時間になるのだ。
幌馬車が停止する。騎士たちが馬から降り、それぞれの役割へと散っていく。
ミナトは幌の内側で小さく息を吐いた。正直なところ、限界だった。揺れる荷台に何時間も座り続けていたせいで、腰も背中も悲鳴を上げ、足も変に固まっていた。
「降りられるか?」
荷台の外からイースが顔を覗かせる。
「なんとか……」
よろよろと四つん這いで縁へやってくるミナトを見かねて、イースが手を差し出してくる。
一瞬、迷う。自分で降りられると断るべきか。しかし好意を無下にする方が忍びない。その手を取り、中腰になって荷台から飛び降りる。
地面に降り立った瞬間。
「いっ……!」
思わず顔が歪む。腰から背中にかけて鈍い痛みが走る。膝も痛い。荷台の縁へ手をつきながら前屈みになると、背中がばきばきと音を立てそうだった。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫じゃないかも、です……」
情けない声が漏れる。
「背中が……」
「だから言っただろ」
イースが苦笑する。そのまま自然な動作でミナトの背中へ手を当てた。
思わず肩がビクッと跳ねる。痛みだけでなく、触れられることへの反射的な抵抗だった。
しかしイースは気にした様子もない。気づいてすらいないだろう。
「ほら、ちょっとずつ背中を伸ばしてみな」
「え、あ――」
広い掌が背中をゆっくり擦る。固まった筋肉が押され、思わず声が漏れた。
「ああぅ……」
「次からはちゃんと言った通りにしろよな」
「んん、ほんとに……」
なんとか背筋を伸ばした状態になり、腰を押さえながら頷く。
「イース」
低い声が割り込んだ。
二人同時に振り返る。数歩離れた場所にアルヴェインが立っていた。
馬に水を与えていたはずだが、いつの間にかこちらへ来ていたらしい。その斜め後ろには、初老の騎士が控えている。歴戦の強者といった風体で、額に大きな裂傷の痕が目立った。無言のまま、鋭い眼光がミナトとイースに注がれている。
「不用意に触れるなと言ったはずだ」
冷たい響きのある声だった。
イースの表情が強張る。
「申し訳ありません」
すぐさまミナトから離れ、背筋を伸ばす。
「以後は必要最低限にしろ」
「承知しました」
素直に頭を下げるイースにアルヴェインは頷き、ミナトを一瞥してから踵を返した。初老の騎士は二人をひと睨みしてから、颯爽と身を翻してその後を追う。
二人分の鎧の音が遠ざかってから、イースは頭を上げた。アルヴェインの背中が遠くにあることを確認してから、いたずらっぽく笑ってミナトに謝る。
「すまん。言われてはいたんだが」
「触るなって?」
「そう。接触が条件かもしれないからってさ」
「条件?」
首を傾げると、イースは目を見開く。
「アルヴェイン様の魔法を変えちまったんだろ?」
「そうらしいんですけど……自分でも何をしたのか分からなくて」
自分のことなのに理解できていない。それが気まずくなって頭を垂れる。イースはやれやれと肩をすくめた。
「そりゃアルヴェイン様も扱いに困るよな」
「困っている?」
「魔法を変えられるなんて危険な力なのに、何をしたら起きるかも分からないわけだろ? 俺なら縛って隔離するかな」
「そんなに……」
「当たり前だろ。でも、あんたって抵抗しないし、素直だし、普通だし。だからアルヴェイン様も縛るまではしてないんだろうな」
警戒されているとは思っていたが、手錠をかけられたり閉じ込められたりしているわけでも無い。だから、そこまで深刻には考えていなかった。
先ほどの初老の騎士から向けられた鋭い視線を思い出す。あれぐらいに警戒されるのが当然なのかもしれない。
「そういえば、アルヴェインさんと一緒にいた人は?」
「ああ、ローデリク様はアルヴェイン様の護衛だよ」
「……あんなに強いのに?」
「立場上ね」
イースは肩をすくめる。
大型の獣の攻撃を剣でさばいていたアルヴェインなら、襲われても自力でどうにかできそうではある。しかし立場上そういうものなら、そうなのだろう。
そういえば、アルヴェインの正式な立場が何かは聞いていなかったことを思い出す。
団長と呼ばれていたのは覚えているし、その後の様子もいかにも指揮官らしかったので特に疑問にも思っていなかった。
あえて聞くか悩んでいると、イースが話を続けた。
「俺も一応、アルヴェイン様の護衛だし」
「えっ」
思わず声が出た。イースを弱そうだとは思わないが、アルヴェインの護衛を務めるほどに強いとは思わなかった。
そして意外さより先に、心配のほうが勝る。
「護衛なのに、ここにいていいんですか?」
「俺はあんたの世話役をアルヴェイン様から拝命してるんだぞ。それに、もともと伝令も兼ねてるから付いてないことの方が多いよ」
「そうなんですか」
自分のせいで大事な役割が滞っているわけではないと分かり、少し安心した。
「とりあえず手と顔を洗って昼食だな」
イースは水場に向かって歩き出す。ミナトはその背を追いながら、腰をそっと押さえた。




