03.王都へ
翌朝、まだ陽も昇りきらない早い時間。
天幕を出ると、薄暗がりの中、他にも複数の天幕が並んでいるのが見えた。
「こっちだ」
そう言って先導してくれるのは、長身の若い騎士だった。
他の騎士たちよりも軽装で、脚の装具を着けていない。代わりに、と言うのか、足首をしっかり保護する分厚いショートブーツを履いていた。
彼は今しがた、天幕にやってきてイースと名乗った。ミナトの世話役を務めるという。昨日のアルヴェインとの会話から察するに、監視役でもあるのだろう。
威圧感がなく、親しみやすい雰囲気があった。笑顔を絶やさず、明るく話しかけてくれる。
昨日の怒涛の出来事経て、ミナトは初めて安心感を覚えていた。アルヴェインはどこかピリピリして見えるし、話しやすくはない。他の騎士たちとなると、話しかけるきっかけすら思いつかない。トイレの場所を聞くだけでも勇気が要った。
それを思えば、イースの存在はとても心強かった。
先導されて天幕の間を抜け、馬や馬車が集められている場所へやってくる。
数名の騎士や軽装の者たちがせわしなく動き、馬の世話をしたり馬車に荷物を載せたりしていた。
そのうちの一台の幌馬車に案内される。骨組みに布を張った、屋根がついた大型の荷馬車だ。四頭の馬が横二列に並び、出発の時を待っていた。
「こまめに姿勢を変えろよ。体が固まるとしんどいからな」
そう言いながら、イースがその辺にあった背の低い木箱を、荷台の後方に置いて階段状にしてくれる。それでも台板までは高さがあるので、膝をついて上がった。
荷台の中央には人が通れるだけの空間が確保され、その両脇に大量の木箱や食料袋が積まれている。進んだ先の荷物の間に厚手の布が敷かれていた。
「そこな」
イースが腕を伸ばして示した。どうやら、この狭い空間が自分の定位置らしい。
人一人が座るには十分で、通路側に足を延ばすこともできる。しかし、厚手の布程度ではクッション性も期待できず、長時間揺られれば腰も尻も痛くなりそうだ。イースの忠告の意味もよく分かる。
ミナトは振り返り、イースに「ありがとうございます」と礼を言った。するとイースは驚いたように眉を上げる。
「なんで?」
「え?」
「俺たちはあんたを自由にしてるわけじゃない。縛ってないだけで、拘束してる側なんだぞ。分かってる?」
何を言われているのか、一瞬分からなかった。確かに自由の身ではないし、これから行く場所だって自分では決められない。
けれど、それとこれとは話が別だ。
「拘束されていたら、お礼を言ってはいけないんですか」
「うーん……そういうことじゃないんだよなぁ」
イースは複雑そうな表情のまま、ぽりぽりと頬をかく。どうやら話が嚙み合っていないらしい。
「まあ、いいか。どーいたしまして」
イースは少し照れたように笑うと、この話は終わりだとでも言うように、手をヒラヒラと振った。
「それじゃあ、今後の道程を説明するぞ」
「お願いします」
ミナトはその場に正座をして、話を聞く体勢をとる。その姿勢にもイースは少し顔をしかめたが、何も言わずに話を続けた。
イースが説明してくれたところによると、目的地は王都。この森を抜けて平原を行き、山を越えて六日ほどで辿り着くらしい。
そして王都に到着後、ミナトは魔導監査局という機関に引き渡されるという。
ここまで聞いて、改めて自分の立場を整理する。
逃げるつもりはないが、行き先を決める権利もない。少なくとも今は、彼らの判断に従うしかない立場だ。
それでも、体を縛られているわけでも、牢屋に閉じ込められているわけでもない。こうして話をしてくれるし、食事も居場所も用意されている。
イースは拘束している側と言っていたが、保護されているようにも感じられる不思議な状況だった。
右も左も分からない世界で、どこに行けるというのか。昨日のように恐ろしい獣に襲われて終わるのが関の山だろう。
そう考えると、今は余計なことを考えるよりも、これから向かう場所について知っておくべきだった。
「魔道監査局とは、何をするところですか?」
「知らないのか?」
「んん……ちょっと記憶が曖昧で」
イースの疑問を適当に誤魔化す。
自分の状況を説明するには、理解が足りないことが多すぎた。
違う世界に来たことは、なんとなく分かっている。だが、それを口にしたところで理解してもらえる保証はない。余計な混乱を招くだけかもしれない。
監査局については、アルヴェインが『魔法の管理と研究をする場所』だと言っていた。しかし、それだけでは実態がよく分からなかった。
もう少し詳しく聞こうとしたところで、別の騎士が馬を連れて現れる。
「イース!」
「あ、悪い。また後でな」
イースはそう言うと、軽く手を上げて馬の方へ駆けていった。
イースが離れると、すぐに別の馬の蹄の音が聞こえてくる。姿を現したのは、アルヴェインだった。
白馬に跨り、銀色に輝く鎧を身にまとい、青い外套をなびかせている。朝の淡い光を受けて、その姿だけが現実離れして見えた。イースやほかの騎士たちとは違う存在感がある。
「おはようございます」
気づけば、反射的に挨拶をしていた。アルヴェインは眉をひそめただけだった。
「体調はどうだ」
「お陰様で、大丈夫です」
「では出発だ」
淡々としたやり取り。体調を心配してくれているとは思うが、それが個人を思いやってなのか、単に義務的に聞いているのかは分からない。
ミナトは荷物の間の定位置に移動し、膝を抱えて座る。
それを確認したアルヴェインが、前方に向かって「出立する!」と声を上げる。周りから「は!」という返事や「お気をつけて!」という声が上がった。
がたり、と大きく荷台が揺れる。そのまま揺れが続き、後ろの景色が遠ざかっていく。
アルヴェインは幌馬車の斜め後方についた。涼しい顔で馬を乗りこなしている。
ミナトが後方を見やれば、いつでもそこにいた。監視しているのだろう。一定の距離を保ちながら、決して視界から外れない場所にいる。
しかし、不思議と嫌な気はしなかった。
昨日、あの恐ろしい獣から助けてくれた相手だ。何を考えているのかは分からないし、少し怖い。
それでも、近くにいてくれるだけで守られているような気がした。




