06.息継ぎ
街道では、馬車や馬に乗った人、徒歩の人たちとすれ違う。
彼らは脇に避けて頭を下げていた。荷台のミナトの姿を見ると、顔をしかめる者もいれば、驚いたように目を見開く者もいた。
その視線の意味を考えるのが嫌で、ミナトは人とすれ違う時だけ荷物の間に挟まって隠れるようにした。幸いなことに、安全確認の声掛けがあるので、それが合図だった。
陽が傾きかけた時間に、また街道沿いの休憩所に入る。今回は先客はいなかった。
ここまでの道のりで、こうした整備された場所をよく見かけた。東屋と水場だけの簡素なものもあれば、小さな売店のような建物が併設されているものもある。高速道路のパーキングエリアのようだ。
今回の休憩所は前回と違い、水場のある周辺は石畳だった。長年使われているらしく、角が丸く削れている。そことは別に、土を踏み固められた区画があり、馬車はそちらに入った。
アルヴェインたちは水場の方へ散り、イースは馬車の近くで馬から降りた。手綱は他の騎士が預かって連れていく。
イースが荷台に歩み寄り、ミナトの様子をうかがう。
「今度はどうだ?」
「大丈夫です」
「良かった」
そう言って、イースは当然のように手を差し出してくる。ミナトも今度は自然とその手を取った。荷台から飛び降り、礼を言って手を離す。
大丈夫とは言ったが、動いてみると少し関節に違和感がある。背伸びをしていると、他の騎士たちが荷台に寄ってきて荷卸しを始めた。
ミナトは慌てて脇に避ける。
「今夜は野営だ。あんたの寝床はここだけど、荷物が減るから横になれる」
イースが馬車を指して言い、荷卸しの邪魔にならないようミナトを連れてその場を離れた。
水場にやってくると、馬の世話をするアルヴェインとローデリクがいた。桶に水を汲む中装備の騎士の姿もある。
指揮官でも自分の馬の世話をするのか、と少し驚く。それと同時に、自分だけ何もしていないことへの居心地の悪さが込み上げた。
指示もない。自由もない。分かってはいるのに、ただ座って見ているだけというのは、どうにも落ち着かなかった。
自分にも何かできることはないかと考え、そこで目についたのは、桶に水を汲む騎士だった。六つの桶に順番に水を入れているが、一度に全部は持っていけないだろう。
ミナトは彼に近づく。アルヴェインとローデリクの視線がついてきた。イースは、当然のように隣についてくる。
「どこに持っていきますか」
「えっ」
声をかけると、騎士は勢いよく顔を上げてミナトを見た。目を丸くして戸惑い、指示を待つようにアルヴェインの方を見る。
「不要だ」
ローデリクが即座に言った。ミナトはムッと口を引き結び、ローデリクを見た。
アルヴェインも少し意外そうに目を見張っていたが、すぐにローデリクを制するように片手を上げる。
「良い。好きにしろ」
「殿下」
「働く意志があるなら働かせればいい」
ローデリクが諫めるような声を出すが、アルヴェインは気にも留めず、馬の鬣をブラシで撫でつける。
「しかし」
「イース。お前も手伝うように。目を離すな」
「承知しました」
イースは畏まって返事をし、騎士の桶に手をかける。
ミナトはアルヴェインに向けて軽く頭を下げて背を向けた。それが視界の隅に映ったのか、アルヴェインは怪訝な顔でミナトを見る。ローデリクは不満顔だが、もう何も言わなかった。
水桶には太い縄がついている。ミナトがそれを持ち上げると、思っていたよりは重くなかった。もう一つにも手を伸ばす。
「そんな細っこい腕で大丈夫か?」
イースが桶を両手に持ちながら、心配そうに言う。
「そんなにヤワじゃないですよ。一人二つずつ持っていけばすぐでしょう」
ニつ目も持ち上げて見せると、イースは「これは失礼」と少しおどけて謝った。
「ありがとう。こっちだ」
騎士も桶を両手に持ち、二人を先導する。
広場の備え付けの厩にやってくると、六頭の馬がいた。人が騎乗する馬が四頭。残りの二頭は荷馬車の交代用と緊急時の騎乗用らしい。馬車を引く四頭は別の場所で御者が世話をしているようだ。
「一頭ずつやってくれ」
イースは騎士が言い終わる前には動いていた。自分が乗っていた栗毛の馬の前に桶を置き、隣の馬の前にも置いてやると、馬が水を飲むのをニコニコと見守っている。
ミナトも他の馬の前に桶を置く。馬たちは勢いよく鼻先を突っ込んで水を飲み始めた。しゃがみこみ、馬と視線を合わせる。
「大変な仕事だね」
馬がこちらを意識しているのが分かる。警戒かもしれないし、興味かもしれない。けれど、怖がられてはいない気がした。静かで、優しい目をしている。
「落ち着いてるから、これも頼む」
騎士がブラシを差し出してくる。ミナトは立ち上がって受け取り、馬の横へ移動した。
イースを見ると、ブラシで馬の首筋を力強く撫でている。ミナトも真似をして、首筋からブラシをかけ始める。ゴシゴシと擦っているうちに、水を飲み終わった馬が首を上げてミナトを振り向いた。ミナトは微笑み、鼻筋を撫でてやる。
馬は初めて触るのに、不思議と怖くはなかった。アルヴェインやイースたちが当たり前のように乗りこなしているのを見ていたから、身近に感じられるのかもしれない。
イースと騎士は慣れたもので、手早くブラシをかけていった。ミナトが一頭を終えた頃には、他の馬たちの手入れはすべて終わっていた。空になった桶も、いつの間にか回収されている。
手伝おうと思っていたのに、結局は素人のブラシ体験になってしまったようだ。役に立ったという気持ちには、あまりなれなかった。
「助かったよ」
騎士はミナトからブラシを受け取り、空になった桶に放り込んだ。
「いえ……無理を言ってしまった気がして」
「馬も喜んでる」
騎士がミナトの後ろを指差す。振り返ると、ブラシをかけてやった馬が鼻筋をミナトの顔に寄せて甘えてきた。
「わ……」
それだけで、胸の中に小さな温かさが灯るようだった。ミナトは馬の顔に頬ずりをする。イースと騎士が目配せをして笑い合った。
「やっぱりあんたは普通だよ」
イースがポンポンとミナトの肩を叩く。
ミナトは小さく頷いた。胸の奥に残っていた固さが、少しだけほどけた気がした。




