15.魔法生物管理施設
翌朝、アルヴェインに教えてもらった通り、本館の建物の裏手側に出る。
そこには、草木が美しく整えられた広い庭があった。
レンガ造りの歩道に沿って、背の低い花木や色とりどりの草花が植えられている。
見渡せば、ところどころに大きな木が枝を広げ、朝の日差しを遮っていた。木陰にはベンチが置かれ、休憩できるようになっている。
休養日でも、庭の手入れをする人たちの姿があった。花壇に水をやったり、葉の裏側を覗き込んだり、木々の枝を切ったりしていた。
騎士団の駐屯地でも、中庭がよく手入れされていたことを思い出す。こういった憩いの場を大切にしているのだろう。
庭を眺めながら歩いていくと、ほどなくして目的地にたどり着いた。
横に広くて大きな建物だが、出入り口は控えめで、裏口のようにも見えた。開放された扉の横に、看板が出ている。そこにある文字をじっとみつめて意味を頭に流し込む。
「魔法生物研究室第一研究所、魔法生物管理施設……」
大きく二つの名前が記載されていた。目的の場所には違いないようだ。
開放された扉から中を覗き込むと、薄暗い空間に大小さまざまな水槽が所狭しと並んでいる様子が見られた。まるで、熱帯魚や爬虫類を販売する店舗のようだ。
「わー……」
ミナトは感嘆の声をあげ、様子をうかがう。
すぐ横の水槽を見ると、土が敷かれ、小さな水たまりと木の端材、青々とした葉っぱが茂っていた。水槽の上に取り付けられた箱から、しとしとと霧雨のように水が降っている。小さな蛙が何匹か動いているのが見えた。
「魔法生物……なのかな」
普通の、黄緑色の雨蛙にしか見えなかった。
一度、扉から下がって周りを見回す。人影はない。
「どうしよう……」
観覧の許可を取りたいが、許可を取るべき人が見当たらない。平日にレヴィンに頼んで話をつけてから来るべきだったか――ミナトは少し後悔したが、もう一度部屋の中に視線を向ける。
扉が開いていたということは、奥に管理している人がいるかもしれない。
「お、お邪魔します……」
部屋の中に声をかけて、足を一歩前に出す。緊張しながら、二歩、三歩と進む。
並ぶ水槽はどれも綺麗に手入れがされていた。
一つ一つの水槽を覗いてみる。
それぞれの水槽にいる様々な大きさの蛙たちは、どれも色鮮やかだ。ミナトの姿が見えているのか分からないが、まん丸い目玉でじっと見られている気がする。
葉っぱが茂った水槽の中には、覗いても何がいるのか分からないものもあった。水槽の上端には番号が書かれた札が付いているだけで、種類が書いてあるわけでもない。展示しているわけではないのだから当然といえば当然だが、少し気になってしまう。
順番に水槽を覗いていると、手のひらに乗るほどの大きさの蜥蜴が目に入った。
細かくて硬そうな鱗と、ふっくらとしたお腹。
その姿に、不意に昔のことを思い出した。
小さい頃、親に一度だけ連れて行ってもらった動物園。
爬虫類を集めた展示施設で、ガラス越しに大きなイグアナをずっと見ていた。硬そうな鱗なのにお腹はぽってりとしていて柔らかそうで、のそのそと動く様子が目に焼き付いている。
それと同時に、両親がこぼした声もよみがえる。
『いつまで見てるの? 気持ち悪い……』
『そんなの見てても面白くないだろ。もう行くぞ』
あの頃は、その言葉でイグアナを見るのをやめてしまった。
こういう場所に来るのは、あの時以来だった。
イグアナに似た生き物がいるか探してみると、イグアナほど大きい個体はいなかったが、蜥蜴を何種類か見つけた。色は多彩で、全体が淡く白い光を放っている個体や、尾が呼吸しているかのように膨らんだりしぼんだりしている個体、尾の先が宝石のような石で覆われた個体など、様々な姿形をしている。
「かわいい……よな……」
水槽の中の小さな蜥蜴が、丸い目でこちらを見上げてくる。チロチロと赤い舌がのぞく。
それをじっと見つめた後、ミナトは一つ、満足げに頷いた。
「うん、かわいい」
次から次に水槽を覗きながら進む。蛙や蜥蜴や蛇、小さな亀など、多種多様な生き物がいたが、どの生き物も素直に可愛いと思えた。
それが嬉しくて楽しくて、ミナトの足取りは軽かった。
許可を取っていないことなど、すっかり忘れてしまっていた。
やがて、開放された扉に行き着く。
建物を出ると、そこはまるで動物園のようだった。
見渡す限りに檻や柵があり、生き物の影がのんびりと動いている。
建物を出てすぐ目についた、腰のあたりまでの高さの平たい檻に近付く。そこには灰色の兎が数羽、木箱の中で寄り添っていた。
「角だ……」
兎たちの額から、一本の小さな白い角が生えている。ミナトが近づいてきたことで顔を上げ、耳をピンと上げて警戒していた。角もかすかに光っている。
檻から少し離れた位置にしゃがんで、それを眺める。
「なにかのゲームにいたような……」
「お客様ですか?」
不意に、後ろから声がかかった。
ミナトは慌てて立ち上がり、振り返る。
そこには、厚手の手袋をしたエプロン姿の青年がいた。癖のある長めの毛を、後頭部で低く縛っている。
ここの人なのは間違いなさそうだが――
そこで、許可を取っていないことを思い出して、一気に血の気が引く。
「あ! す、すみません!」
ミナトは勢いよく頭を下げた。
「許可とってなくて! 勝手に、すみません!」
「許可ですか? この辺りは気にしなくていいですよ」
「えっ」
ミナトは勢いよく背筋を伸ばす。
「いいんですか?」
青年はミナトの顔を見つめつつ、こくりと頷く。
「この辺りは珍しい生き物もいないですし、特に制限はありませんよ」
「そうなんですか……」
ミナトはホッと息を吐いて肩の力を抜いた。
「ここではあなたの方が珍しいかもしれませんね」
「え?」
青年は自分の頭を指さして微笑む。
「黒髪、局長以外では初めて見ます」
「ああ……」
ミナトも自分の髪を少し指先でつまむ。
「見かけないなとは思ってました」
「おかげで、あなたが騎士団から監査局に預けられた人だってすぐに分かりました」
ドキリ、と心臓が跳ねる。相手が自分を知っていたことに、少し緊張する。
「はい……ミナトです」
ミナトが軽く頭を下げると、青年は手袋を外して手を差し出してくる。
「僕はノア・リカドと申します。魔法生物管理官です」
「あ……よろしくお願いします」
ミナトは一拍置いてから手を重ねた。ノアは手を軽く握って、すぐに離すと再び手袋をする。
「とりあえず、あなたが角兎に指を噛みちぎられる前に声をかけられてよかったです」
「えっ」
ミナトは兎を振り返る。兎たちは木箱の中で落ち着かない様子で耳を小刻みに動かし、ひくひくと鼻を膨らませていた。
「角兎は前歯が魔石よりも硬いんですよ。顎の力も強いので、人間の指ぐらいなら骨ごといきます」
「ええ……」
ミナトは檻から少しだけ距離をとる。
「まあ、よほど嫌なことをしなければ大丈夫です。ただ、可愛いからと手を出すと危険な子たちがいますからね。十分気をつけてください」
「は、はい……」
ミナトは改めて辺りを見回す。
少し離れた柵の中で、羊がのどかに草を食んでいた。頭より大きなとぐろを巻いた角が、淡く青白い光をまとっていて、ゆっくりと点滅している。
別の柵では、集まって眠る青白い毛の狐たちの周りに、シャボン玉のようにフワフワと浮かぶ光の玉が何個も見える。
他にもどこかで見たことのあるような生き物たちの姿が見えた。見た目には馴染みがあっても、やはり何かが違うようではある。
他にも子豚ほどの大きさの蛙がいたり、いくつかの動物が混ざったような見た目の生き物もいた。
「もっと大きな生き物はいるんですか?」
「おやぁ。興味がおありで?」
何気ない質問だったが、ノアは嬉しそうに笑う。
「でも、残念ながら、ここにはいません。二角獣に双頭獣、鷲獅子に飛竜……彼らを魔物と呼びますが、ここにいる生き物たちよりも、はるかに攻撃性が高いんです」
「ああ……」
この世界に来た日に襲われた獣を思い出す。攻撃性の高さや頑丈な体は、その類なのだろう。
「そういえば、あなたはロウリンジュウに襲われたと聞いてます。無事で良かった」
「ロウリンジュウっていうんですか……」
狼のような造形なのに、毛ではなく鱗に覆われた恐ろしい生き物。鋭い爪や牙、視線や唸り声を思い出すと背筋が冷える。
「はい。彼らは群れで生活している魔物です。数が増えすぎて縄張り争いに負けた群れや個体が、人里に出てきてしまったので討伐対象になりました。人間が生身で出会ったら、まず骨すら残りません。近場に騎士団がいて運が良かったですね」
ノアは終始にこやかに言うが、ミナトは更にゾッとした。あの場にアルヴェインたちがいてくれなかったら、知らない世界で知らないうちに死んでいたのだろう。
「あなたを襲った個体は、ここで解剖して研究しましたよ」
「えっ」
考えてもみなかったことに驚き、肩をすくめる。ノアはどこかウキウキと高揚していた。
「正確にはアルヴェイン様の魔法の検証ということでしたが、見たことのない魔法の痕跡でした。ミナトさんはそれをご覧になったんですよね」
「あ……それが、抱えられていたので、あまり」
半分は嘘で、半分は本当だ。抱えられていたから一部始終は見ていないが、光の筋がロウリンジュウを貫いたのは見ている。
「それは惜しいことをしましたねぇ」
「惜しい?」
ミナトが訝しんで顔をしかめるが、ノアは軽快にパチンと手を合わせた。
「ロウリンジュウの魔力を帯びた鱗を貫ける魔法なんて、これまで存在してなかったんですよ。それが鱗どころか頭蓋骨まで貫通するなんて」
「そうなんですか……」
アルヴェインが、ミナトによって魔法が改変されたと思ったのは、そういうことだろう。自分が使ったいつもの魔法が、想定以上の威力を発揮した。そしてその場にはミナトがいて、魔力を吸われた感覚があった。どう考えても、疑うだけの要素があった。
「さすがアルヴェイン様です。騎士団でも研究するんでしょうかね」
ノアは機嫌良さそうに言うが、ミナトは少し居心地が悪い気持ちになった。
その後、ひとしきりロウリンジュウと魔法の痕跡について話したノアが、懇切丁寧に施設を案内してくれ、生き物の説明をしてくれた。
角兎は魔力を聴力と脚力の強化に使っている。雷羊は魔力を使って、角に空気中の電気を集めて溜めている。ここでは、そういった能力を人間に応用するための研究をしているらしい。
ふわふわの生き物に触らせてもらったり、蜥蜴や蛙の世話を手伝わせてもらった。
ここでの時間は思っていた以上に気分転換になった。
蜥蜴は可愛い。素直にそう思えて、それが少し嬉しくて、ノアにたくさんの質問をしてしまった。それにもノアは笑顔で楽しそうに答えてくれた。
あの日、アルヴェインの魔法に何が起きたのか。ノアの話を聞いて不安にもなったが、今後の検証や実験で解消されていくだろう。そう思いたい。
ノアとの別れ際、「また来てくださいね」と言われたので、その言葉をそのまま受け止めて、また来ようと思った。
ただ、連日お邪魔するのは申し訳ないとも思い、翌日は図書館で適当な本を借りて、中庭のベンチで読んだりして過ごした。




