12.古代文字
ミナトは面談室に駆け込んだ。もともと遅刻ギリギリだったので焦り、道を一つ間違えてしまった。間違いに気づくまでも時間がかかり、予定の時間を二十分も過ぎてしまった。
勢いよくドアを開けると、椅子に座ったフォルスが振り向いた。
「す、すみません!」
「いえ、構いませんよ。ここまでは道が複雑ですからね」
フォルスは笑顔を見せてくれるが、遅刻したことには変わりがなくて気まずい気持ちは抜けない。
とりあえず息を整えながら、フォルスの前まで移動して椅子を引く。
フォルスは机の上に広げていた書類を集めながら、さらりと提案する。
「どうします。しばらくは職員を付き添わせましょうか」
「えっ、いえ、今日はちょっと寄り道をしてしまったので、混乱しただけです、たぶん。大丈夫です」
「寄り道ですか? どちらに?」
フォルスはミナトを見上げた。
ミナトは席につき、衣服を整える。
「レヴィンさんに、魔法道具の修理を見せてもらいました」
「魔法道具の修理ですか」
「はい。職人の方が修理されていて、文字が刻まれた金属の板を見せてもらいました」
「ああ、術式盤ですね」
フォルスは興味を引かれたように身を乗り出した。
「それで、術式盤にも何か見えましたか?」
「そうですね……文字が配線の上を流れてました」
「ほう……」
フォルスは感心したように呟くと、手元の紙にペンを走らせた。
「体調は大丈夫でしたか」
問われて、ミナトは思い出す素振りもなく頷いた。
「特に何もなかったです」
「そうですか」
フォルスがふっと息をついた直後、部屋のドアが鳴る。
「失礼します」
錆色の上衣を着た職員が入ってくる。前の週に対面した質問係だった。
「どうでした」
フォルスが問うと、職員はチラリとミナトを見てから、フォルスに視線を戻した。
「登録室の証書発行器は応急処置で修理が完了しています。普段より時間はかかりますが、証書は発行できます」
「それは良かった。業務は再開できそうですね」
「はい。それと……」
職員が再びミナトを見る。フォルスは小首をかしげた。
「ミナトさんが、何か?」
「職人が、黒髪の男が不具合箇所を特定したと言っていたので、彼のことかと」
「特定?」
フォルスは即座にミナトを見る。
「特定とは?」
「あっ、ええと。文字の流れが見えて……」
ミナトは先ほどの出来事を頭に思い浮かべて、説明のための言葉を探す。しかし、そもそも文字の流れというものがどういう風に見えたのかを説明しなければならないだろう。
そこで、机の隅にある白紙とペンに目を向ける。
「描いてもいいですか」
「ええ、もちろん。助かります」
フォルスはにこやかに頷き、白紙とペンをミナトの前に引っ張って渡す。
ミナトがそこに術式盤の絵を描き出すと、フォルスが興味深そうに覗き込んできた。ついでに職員も寄ってきて、手元を見てくる。
注目されていることに緊張しながら、大まかな形状を描くのに数分かかった。
その後、紙に書いた絵をペンで示しながら、朝の出来事を説明した。特に、文字が一つの石のところで散っていたことと、修理後は文字が最後まで流れるようになったことを伝える。
フォルスは頷きながら、ミナトの話をじっと聞いていた。
しばらく一緒に聞いていた職員は、集中しているフォルスに気づいて、静かにその場を後にした。
説明後、いくつかの質問をされて答えているうちに、午前の時間は過ぎていた。
午後、食堂から面談室に戻ると、テーブルの上にいくつかの魔法道具が並べられていた。
「魔法の検証後に行う予定だった魔法道具の検証を、先に始めようと思います。負荷は未知数でしたが、今朝の様子を見る限り、観測時に痛みが出る魔法よりは軽そうです。順番を入れ替えたほうがいいと判断しました」
対面の席に座るフォルスが説明する。
「今日は担当予定者の都合がつかないので、簡単なものから始めていきます」
そう言って、フォルスは並べた道具を指先で順に起動させていく。
「この魔法道具にも文字が見えますね? 見えるものを書き取ってもらえますか」
ミナトはそれぞれに目を落とした。
一つは手のひらサイズのアーモンド形の光源で、フォルスに叩かれたことで淡く光っている。一つは拳大の金属のベルがついている箱で、もう一つはポットのようなものだった。
ポット以外は、表面に文字列が巡っている。ポットはふたを開くと、水が満たされてふつふつと気泡を作り始めており、内側を巡る文字が見えた。
ミナトはそれぞれを確認してから、不安げにフォルスを見た。
「あの、あまり見たことのない文字なので、正確に書けるか分からないんですが」
「今は正確でなくとも構いません。まず、どのようなものが見えているのかを確認したいのです」
フォルスは穏やかに微笑み、紙とペンを差し出してきた。
ミナトはフォルスの言葉に少しだけ安心し、それを受け取る。
動き回る文字を長時間見ていれば、魔法とは関係なく目も頭も疲れるだろう。集中できなくなる前に、できるだけ正確に書き取っておきたい。
最初に選んだ魔法道具は、ただ光るだけの小さな照明だった。廊下や部屋の照明に使われているものと同じだ。表面をぐるぐると巡る文字の量も、朝に見た壊れた箱に比べれば圧倒的に少ない。
どこが始まりなのかも分からないまま、巡り続ける記号のような文字を見よう見まねで書き出していく。フォルスが身を乗り出し、じっと手元を見つめてきた。
「やはり、古代文字ですね」
「古代文字……ですか」
自分の書いたものへ目を落とす。
部屋に置かれた絵本の文字とはまるで違う、記号に近い形。四角を基本にした文字が多く、大きさをそろえるのは楽だが、どれも似通っていて区別がつきにくい。
それに、絵本の文字なら、見ていると単語の意味が頭に浮かんでくるが、今は何も分からない。
「魔法道具の術式盤や魔石には、古代文字が使われています。あなたにだけ見えるものも、同じ文字であって不思議はありません」
「お祖父様の書き残したものも、古代文字だったんですよね」
「ええ」
「古代文字は……読めるんですか?」
「読めるというよりも、分かると言ったほうがいいかもしれませんね」
フォルスは光る石へ視線を移した。
「時計や照明、調理器具、湯沸かし器や冷蔵箱。拠点防御の障壁、遠距離攻撃用の兵器。身近なものから軍用まで、魔法道具には古代文字が記された術式盤が使われています」
ミナトは机の上にあるそれぞれの道具を見回した。
「術式盤の板に書き記された古代文字と、役割を持った魔石の組み合わせで、道具の挙動が決定します。長年の研究で、日常的に使われる単語や構文については、かなり解明されています。ただ、文章を普通に読むように理解できるわけではありません」
「文章として読まずに構成で意味を取るんですね」
ミナトが呟くように言うと、フォルスは少し目を丸くして驚いたような表情をしたあと、満足げに笑って頷いた。
「はい。その通りです。職人たちは、意味や働きが分かっている構文を組み合わせて、新しい道具を開発したり、既存のものを改良したりしています」
その言葉に、ミナトは少し納得した。
古くから研究を続け、分かっている部分を積み重ねながら実用に繋げてきたのだろう。
「ただし、理解されている構文は、全体のごく一部です」
フォルスが続ける。
「日用品に使われる単純なものは比較できる資料も実験例も多い。反対に、使用に危険が伴うものや軍事的なものは、簡単に試すことができません。使われている単語や構文の意味が分かっていても、それらが互いにどう作用しているのかまでは分からないこともあります」
個々の働きは分かっていても、それらが組み合わさった時にどう影響し合っているのかまでは分からない、ということらしい。ミナトは頷いた。
そうした雑談を挟みながら、どうにか半分ほどを書き終えたところで、頭の奥が重くなってきた。
ペンを置き、椅子の背もたれへ体重を預ける。目頭を押さえて天井を仰ぎ、深く息を吐いた。職員が水を持ってきてくれたので、それを飲み、一息つく。
その後も休憩を挟みながら作業を続け、照明と、ベルのついた魔法道具の書き取りを終えた。
頭痛は残ったが、魔法を直接見たときほどではない。これくらいなら問題なく続けられそうだと、ミナトは思った。
しかし、翌朝は目覚めがよくなかった。
睡眠時間は足りているはずなのに、昨日の疲れが抜けていない。頭を押し込むような重さが残っている。
少しぼんやりしながらレヴィンを部屋に迎えると、彼は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
自分が魔法道具の件に巻き込んだせいで、こんなことになってしまった、と謝られる。
しかし、フォルスも言っていたが、魔法道具についてもこの先の予定にあったことだ。ただ順番が入れ替わっただけで、いずれはやっていた。
だからレヴィンにもそう伝えたが、あまり納得していない様子だった。




