11.見えない不具合
翌日の朝、レヴィンは来たのだが、備品のチェックだけをして戻ってしまった。
何やら急いでいる様子で謝られたが、理由は聞けなかった。
食堂に一人で行き、朝の騒がしさの中で温かいお茶だけを貰って定位置で飲む。
周りは昼以上に混雑している。皆、余裕のない様子でバタバタと食事をこなしていた。
「“アレ”が一人だな」
「レヴィンは職人呼びに行ってんだよ」
「ああー、登録の連中が壊れたって騒いでたな」
近くで食事中の兵士が何の配慮もせずに話をしているのが耳に入る。
自分が『アレ』と呼ばれているのは少し不快だが、それより何が壊れたのかが気になった。
朝から人を呼びに行くぐらいだから、大事な装置とかだろう。レヴィンは大変そうだが、自分に出来ることはない。
ミナトはお茶を飲み干し、カウンターにいる食堂係に挨拶をして食堂を後にした。
面談室に向かっていると、廊下もどこか慌ただしい。
「おい! まだなのか!」
「開庁時間だぞ!」
廊下の先、部屋の前で二人の職員がレヴィンに向かって怒鳴り立てているのが見えた。
「職人さんが見てくれてるんで、待っててくださいって言ってるでしょう」
レヴィンはあくまでも丁寧に対応しているが、語気に怒りが満ちている。
「文句言われるのはこっちなんだぞ!」
「予備も壊れてるって管理が悪すぎるだろ!」
「おたくらの扱いが悪いんでしょう」
「なんだと!?」
「ちょ、ちょっと待ってください。落ち着いて」
一触即発の空気に、ミナトは思わずレヴィンと職員の間に割って入る。
「なんだお前!?」
職員たちは突然の割り込みに怯んだのか、一歩退く。その瞬間を、レヴィンは見逃さなかった。
「待ってた!」
「えっ?」
「誰だ?」
「職人か?」
ミナトと職員たちが怪訝な表情を浮かべるのを無視し、レヴィンはミナトの二の腕を掴んでドアを開けた。
「こっちこっち」
「ええっ」
レヴィンはミナトをそのまま部屋に連れ込む。
仲裁に入ったつもりだったのに、どうしてこんなことになっているのだろう。
バタンと扉を閉め、鍵まで閉めてしまうと、数秒遅れて後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。
「うるさいぞ!」
部屋の奥からも低い声が飛んでくる。
「すみません。あいつら聞き分けが無くて」
部屋は備品室といった雰囲気だった。左右に背丈ほどの棚が並んでいて、そこに大中さまざまなサイズの木箱が並べられている。
そして、部屋の奥、窓際の大きな長いテーブルの前には、丸椅子に座っている男の背中があった。
男が身体ごと振り返ると、騎士たちのような均整の取れた体つきとは違い、肩や腕がひときわ太いことに気付く。長年の作業で必要な部分だけ鍛えられた筋肉といった感じだ。
立派な髭を蓄えていて、いかにも職人といった風体をしている。
「そっちは?」
「ああ、ちょっと訳ありで。作業を見せても?」
「もう終わる」
職人は再び背を向けて、作業を始めた。
レヴィンはミナトの二の腕を掴んだまま、グイグイと部屋の中に引っ張り込む。
「俺を待ってたって、何ですか?」
「ああ、あいつらがうるさいから適当に言っただけだ。おかげで逃げれた」
レヴィンはフーっと長く息を吐く。
「巻き込んで悪かったけど、とりあえず見てけよ。体調悪くなりそうなら無理にとは言わないけど」
男の横まで来ると、レヴィンがその手元を覗き込んだので、ミナトも覗き込む。
机の上には、両手で持てる程度の大きさの四角い箱が置かれていた。上面には細長い口が開いていて、側面の一つが取り外されている。中には骨組みのような枠だけが残っていた。
周囲には木製のローラーや四角い枠が並べられている。おそらく、これらが取り外された部品なのだろう。
レヴィンはそれを眺めながら、ため息交じりに言う。
「登録室で証書を発行するのに使う道具の成れの果て」
「まだ直せる」
即座に反論した男は、太いペンのような器具を一番大きなパーツに押し当てていた。
ミナトはそのパーツが、電子回路基板に似ていると思った。
角ばった模様のような記号がびっしりと刻まれた金属板の上に、ブロック状の小さな石がいくつも埋め込まれている。その石にも、さらに細かな記号が刻まれていた。そして、それらが銅色の線で複雑に繋がれている。今は全体的に淡く光っていた。
記号は、魔法道具の照明に見えていたものと同じで、古代文字なのだろう。
さらに、線の上を流れる小さな文字列が見えた。おそらく、これはミナトにしか見えていないものだろう。
流れていく文字列が、一つのブロックに弾かれている様子が目に入る。線を伝った文字がブロックに当たってばらばらに散らばり、消えていく。そのブロックより先の線に文字列は流れていない。
古代文字は、じっと見ていても意味は伝わってこないため、それらが何を意味しているのかは分からなかった。だが、これがこの道具の不具合箇所なのだろうとは予測がついた。
男が器具を置いて板の端にある丸い石を指先で押し込むと、光が消える。
「盤内の不具合なのは分かったが、そこまでだ。持ち帰って、回路の接続と石の状態を一つずつ確認する。まあ、特急で……明日の午前中には持ってくる」
「明日の午前中ですか……」
男の診断に、レヴィンはため息をつく。
「だから予備を早く直せば良かったんだ。今日は発行停止だな」
「予備もついでに直しとくか」
「そうしてください」
「あの」
ミナトはおずおずと声を上げる。
男とレヴィンがミナトを見る。
「すみません、素人が口を出すのも申し訳ないとは思うんですが」
「じゃあ黙っときな」
「ちょっと、聞くだけ聞いてください」
レヴィンが慌てて取り持つ。
「ミナト、何か見えたのか」
「ええと」
ミナトは身を乗り出し、文字がバラバラに散っていた線と石を指さす。
「この石を飛ばすことはできませんか」
「飛ばすだと?」
「盤内の不具合なんですよね?」
「ああ。ただ、回路が悪いのか石が悪いのか、ここじゃそこまで分からねえ。持ち帰って、一つずつ当たるしかない」
「見たところ、ここが怪しいと思ってます」
「ああ? 見たところ、だと?」
男が訝しげにミナトの顔を見る。ミナトは真剣な顔で頷く。
「はい。この石に文字がぶつかって散らばっています。この先に流れていないので、ここで処理が止まっているように見えます」
ミナトの真剣な表情と声の調子に、男は肩の力を抜いて息を吐く。
「何を言ってるのかよく分からねえが……」
男は、ミナトが指した先の小さなブロックを指でトントンとつついた。
「こいつは中で整理した情報を出力用に変換している石だ。ここを飛ばしたら中の情報をそのまま書き出すことになる。人間にゃ読めねえぞ。言ってる意味は分かるか? 素人さん」
男はぶっきらぼうに皮肉交じりに言うが、ミナトはすぐにレヴィンを見た。
「入力は何でするんですか? 証書の発行なら、何か情報を入力しますよね」
「何って……紙だよ。必要な情報を書いた紙を読み取らせて、このくらいの証書に写す」
レヴィンは親指と人差し指で、高さを示した。イメージとしてはカード形状だろうか。免許証よりは大きそうだ。
ミナトはパーツに目を向ける。
「じゃあ、入力の時は逆にこの道具用に変換してますよね? それはどこですか?」
「ああ? してるが、それは入力用で……いや、そうか、石は同じだ。逆にすれば……」
男はハッと何かに気づいたようで、パーツをしばらく睨んだあと、ミナトが指した石を指先で確かめた。それからペンチのような道具を手にする。それも魔法道具のようで、男が握り込んでカチカチと先端を鳴らすと、文字が弾けて見えた。
男は別の石へ手早く回路を繋ぎ直していく。パチンパチンという線を切る音の後に、ジジッと焼けるような音がした。まるで、機械の配線を弄っているようだ。
男は作業が完了すると、板の端の丸い石をペンチの先でコツンと叩く。
すると、パーツ全体が淡く発光した。再び小さな文字列が動き始めて、ミナトの目には線と石の上を滞りなく流れていくのが見えた。
レヴィンが身を乗り出して覗き込む。
「これでいけるんですか?」
「理論上はな……」
男は難しい顔をして唸った。
「あんた」
男はミナトに向き直る。
「どうやって見分けた? 文字ってのは何だ?」
問われて、ミナトはレヴィンを見る。正直に答えていいのか分からなかった。異世界人の存在を隠しているのなら、どこまでが機密事項なのか分からない。そもそも、文字の話をしたのは軽率だった。
レヴィンがすぐに口を開こうとした、その時。
『おい!!! 出てこいレヴィン!!!』
扉が激しく殴打される音が響く。
「ああっ、もう! オンドさん! 結局、これは直ったんですか?」
レヴィンは顔をしかめ、分解されたまま光るパーツを指さす。
男はミナトをジッと見ていたが、扉があまりにも激しく叩かれて絶叫が聞こえてくるので、諦めて箱を組み立て始める。
「使えるはずだが、まずは試してみろ。出力されないとか、出た文字が読めないとかだったら諦めろ」
「ありがとうございます!」
「使えたとしても、箱が熱くなったら使うな。魔力を切って冷ませ。術式盤が焼けたら交換だけじゃすまねえ。買い替えだ」
「了解です」
「予備は持ち帰って直す。んで、直ったらこっちと交換して本格的に直す」
「はい! よろしくお願いします!」
「ほらよ」
男は組み立てた箱をレヴィンに渡す。レヴィンはそれを受け取り、すぐに扉に向かった。扉を開けると、外から激しい叱責の怒鳴り声が聞こえてきた。
レヴィンは適当な調子で謝りながら、部屋を出ていく。扉が閉まると、部屋の中はすっかり静かになった。
残されたミナトは、男を見る。男もミナトを見ていた。
「あんた……いや、聞かない方がいいみたいだな」
「すみません、そうしてもらえると助かります」
「ああ」
男は工具を箱にしまい始める。
「普通はな、回路ん中で何が起きてるかなんて目で見ただけじゃ分からねえ。石が怪しいとなりゃ、それっぽいところから一個ずつ交換して様子を見るしかないんだよ」
「大変な作業ですね」
ミナトは素直に感心した。パソコンを自作したことはあるが、市販のパーツを組むだけで、基板そのものに触れたことはない。電子回路基板とは仕組みが違うのだろうが、故障箇所を一つずつ探して直すのが大変な作業だということは分かる。
男は立ち上がる。ミナトと目線の高さが同じだ。まっすぐに見据えられ、緊張する。
「あんたの目が羨ましいぜ」
そう言って、男はミナトの肩を叩いて出入り口に向かう。
思わぬところで、自分の力の使い道があったようだ。
ミナトは、ほんの少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。




