10.『また』
面談室で、先週の聴取内容についてフォルスから何点か確認を受けていると、封筒が届けられた。検査結果だ。
フォルスは素早く封筒から書類を取り出し、目を走らせる。パラパラと数枚の紙をめくる。
「……魔力量はゼロですね」
「はあ」
フォルスに伝えられても、それはそうだろうとしか思えない。
「しかし、魔力回路は……ふむ……」
フォルスは紙に集中し、何かをブツブツと呟いている。やがて顔を上げ、ミナトに、自分が持っているものとは別の紙を渡してきた。
「失礼しました。私ばかりが見てしまって。こちらは写しですので持っていてください」
受け取って中身に目を通す。ぱっと見は健康診断の血液検査結果表のようだ。項目と検査結果、正常値の数字、それぞれの所見がズラリと並んでいる。
意味は何とか分かるが、内容についてはよく分からない。項目ごとの結果欄にはゼロと測定不能が並んでいる。その中に、正常値を下回る数字がいくつか混じっていた。
顔をしかめると、フォルスが書類を置き、机の上で指を組んで微笑んだ。
「魔力がゼロというのは、想定内です。少なくとも、あなたは自力で魔法を発動することができないということです」
「そうでしょうね……」
ミナトは特に驚きもせずに頷いた。これまで魔法とは無縁の世界に生きてきたことを考えれば、当然だ。
「ただ、検査用の魔力は問題なく通っていますね」
「あの冷たいやつですか」
「ええ。魔力が入らない可能性も考えていたのですが、入っただけでなく、通常の人と同じように一定の道筋を通っています」
フォルスは書類に視線だけ落とす。
「私たちは、魔力が一定の流れを作るその道筋を、魔力回路と呼んでいます。管があったりするものではなく、厳密に言うと伝導率の話にはなるのですが、それはいずれ……」
そこでフォルスは言葉を切り、顎に手を当てて黙り込んだ。
フォルスの祖父も自分と同じ異世界から来た人だと聞いている。ふと思い立って尋ねてみた。
「フォルスさんのお祖父様は、検査をしたんですか?」
「それが……検査しようとしたら暴れて嫌がったそうで……」
フォルスは少し恥ずかしそうに笑った。
「祖父は、身体を調べられるのをひどく嫌っていたそうです。何をされるか分からない、と」
「怖かったんでしょうか」
「……どうでしょうね」
笑みが少しだけ薄くなる。
「祖父は最後まで、この国の人間をあまり信用していませんでしたから」
「……」
「昔の話です」
フォルスはそう言って話を切り上げると、検査結果へ視線を戻した。難しい顔のまま、今度は完全に黙り込んでしまう。
真剣な様子をこれ以上邪魔するわけにもいかず、ミナトも紙に目を落とした。じっと文字を見つめ、意味を頭に流し込む。
『保有魔力は検出されず。疑似魔力は体内へ流入し、通常と同様の一定流路を確認。少なくとも魔力伝導に関しては、通常の魔力回路と類似した性質を持つと推測される』というコメントがあった。
魔力なんてない世界で生まれたのに、身体はこの世界の人達と同じように魔力を通すらしい。
しばらくすると、フォルスが書類を封筒にしまった。
「いくつかの仮説を立てて検証方針を固める必要があります。研究員たちとも相談しますので、今日の午後はお休みとしてください」
「あ、はい」
「それでは、また明日」
フォルスは立ち上がると、軽く会釈をして足早に部屋から出ていった。
その背を複雑な心境で見送り、改めて検査結果を眺める。
「検証か……」
明日からはもっと本格的に色々と調べるのだろう。
午後が自由時間になっても特にすることが思いつかず、ミナトは自室に引きこもっていた。
とりあえず、机に向かって日記のようなものの続きを書いてみる。続きといっても、日本語で書き記したものが残るだけで、本来の目的だったこの世界の文字の練習にはほど遠い。
休養日には辞書とにらめっこしていたが、今日は絵本に目を通す。『騎士様とお星様』という絵本では、騎士や馬といった言葉が出てきて、そのあたりは見なくても書けるようになった。実際の発音は分からない。今のところ、知る方法も思いつかなかった。
あとはまた、辞書とにらめっこだ。
絵本を見る限り、文法はSVO寄りだったので、英語で書いてから置き換えたほうが早そうではあった。そんなことを考えながら、なんとなく書き進めていると部屋の扉がノックされた。
「はい!」
声を上げながら立ち上がり、紙を裏返す。そして扉の前まで来て、そのまま開けた。
「あっ」
開けた視界には、鎧姿のアルヴェインがいた。目を丸くしている。
「相手が誰かも確認せずに開けるのは不用心だな」
「あ、す、すみません。レヴィンさんかと思って」
「レヴィン……ああ、世話役だったか」
「はい。お世話になってます」
アルヴェインはレヴィンのことを知っているようだ。
「どうぞ」
ミナトは体をずらし、アルヴェインを中に招く。しかし、アルヴェインは首を横に振った。
「監査局に用があった。午後は休養していると聞いて顔を見に来ただけだ」
顔を見に来た。その言葉にわずかに心臓が騒がしくなる。口元が緩みそうで、慌てて口を引き結ぶ。
アルヴェインはわずかに首を傾げる。
「休養が必要なほど午前は大変だったのか。疲れた顔をしている」
「……そんなに分かりやすいですか?」
ミナトは自分の頬を手の甲で触る。レヴィンにも言われてしまうし、そんなに顔に出ているのだろうか。
「そうだな。恐らく、自分で思っている以上に顔に出ている」
「そうなんですね……」
「実験か」
アルヴェインの目が鋭く細められる。ミナトは慌てて首を横に振る。
「違うんです。その、恥ずかしい話ですが、休日の過ごし方が分からなくて。逆に気を張っていたみたいで、土日で疲れてしまって」
「……難儀な」
アルヴェインは眉間に深いしわを刻み、ミナトを見下ろした。ミナトは自分でも情けなくなり、少し俯いた。
「敷地内に図書館がある。蔵書数は国内一だ。図鑑や絵本もあるから、気晴らしになるかもしれない」
「図書館ですか」
ミナトはやっと顔を上げる。
「ああ。興味があれば、イースなり世話役なりに場所を聞くといい」
「ありがとうございます」
アルヴェインは頷き、背を向ける。
それからふと思い出したように上体だけ軽く振り返った。
「また、顔を出す」
「あっ……はい、待ってます」
そのままカツカツと規則正しい足音を立てて遠ざかる背中を、ミナトは少しだけすっきりした気持ちで見送った。
アルヴェインが先日の言葉の通りに、また来てくれたことが嬉しかった。
それに、今回もまた来ると言ってくれた。
たとえそれが義務感からくるものであっても、忙しい時間の合間を縫って来てくれていることには変わりがない。




