09.管理と思いやり
食堂はいつもより静かだった。
フォルスがいるせいだろう。局員たちは必要以上に話さず、食事を終えると早々に席を立っていく。
「何年ぶりでしょうね……」
フォルスはミナトの隣に座り、食堂係が配膳してきた丸パンのサンドイッチを見ながら感慨深そうに言葉をこぼす。
ミナトの前にも、同じものが置かれた。丸いパンに縦の切り込みが入れられ、野菜やハム、たまごが挟まれている。旅の途中で食べたサンドイッチよりも色鮮やかだった。
「普段はどうされているんですか?」
「自宅で食べていますよ。お昼は執務室で」
「今朝は食べて来なかったのですか」
「はい、ミナトさんと食べようと思いまして」
「食堂の安い飯じゃお口に合わないんじゃないですかねぇ」
レヴィンが盆を手に、ミナトの前の席にやってくる。不機嫌そうなのは相変わらずだ。言葉だけは丁寧だが、滲み出る感情を上司に向かって隠そうともしない。
フォルスは首を横に振る。
「食堂でしか食べられない味というものがあります」
「物は言いようですね」
レヴィンは着席する。その手元には、パンとスープとサラダのシンプルな朝食セットがあった。
「さて、いただきましょうか……リュドーの恵みに感謝します」
フォルスはテーブルの上に両手を重ねて置き、深々と頭を下げた。
ミナトは少し驚く。レヴィンもイースも、一緒に食事をしている時にこういったことをしたことがない。
リュドーといえば、魔法を使う際の呪文に必ず出てくる言葉だ。
魔法と信仰に関係があるのだろうか、と思いながら、ミナトは軽く手を合わせる。
「いただきます……」
呟きながらレヴィンの様子を窺うが、やはり彼は特に何もせずに食べ始めた。フォルスもそれを気に留めてはいない。この世界の宗教観はよく分からない。
野菜がたっぷり挟まれたサンドイッチを手に、フォルスはニコニコと話をする。
「休養日はどう過ごされましたか」
「あ……部屋で、本を少し」
「外には出なかったのですか?」
「出てません……」
「なるほど。環境への適応に時間がかかっているのですね」
フォルスは納得したように頷く。レヴィンが不機嫌そうに口を挟む。
「彼は休み方が分からないんです」
「それも含めての環境でしょう」
フォルスの応答に、レヴィンは深くため息をついてそれ以上は言わなかった。
当のミナトは自分のことで二人がやり合っているのに居心地の悪さを覚え、無言でサンドイッチを口に運ぶ。
「総団長殿からも、あなたの状態を定期的に報告するように求められています」
「えっ」
「あなたを監査局に預けた責任があると」
「アルヴェインさんが……」
先週、様子を見に来たのは、やはりそういうことだったのかと納得する。
「騎士団は心配性ですね」
フォルスはそう言って笑うが、声がいつもより低く聞こえた。
「休養が取れていないとなると何か言われるかもしれません。環境についても検討します」
「すみません、でも、休み方が分からないだけで」
「そうですねぇ。では、休養日の過ごし方の提案書でも作りましょうか。監査局としても、しっかり休息をとって健康的な生活をしていただきたいですからね」
「提案書……」
ミナトは複雑な気持ちでサンドイッチの皿に視線を落とす。フォルスのそれは善意なのかもしれないが、書類に左右される休養は休養なのだろうか。
そんなことを考えているうちに、フォルスは最後の一つのサンドイッチに手をつけていた。
「今日からは魔法に関しての検証をしていきますので、日々の休養も大事ですよ」
「魔法ですか……」
ミナトはわずかな不安を覚えた。これまでに二度、倒れて迷惑をかけている。ここでも同じことが起きる可能性はある。
しかし、監査局に連れてこられた理由を考えれば、避けては通れないことだ。
フォルスが最後のひとくちを口に運ぶ。それを見てミナトは慌ててサンドイッチを頬張った。
「ごゆっくりどうぞ。待っています」
フォルスは笑顔でお茶を飲むが、監査局のトップを待たせるわけにはいかない。
なるべく急いで食べていると、目の前でレヴィンが盛大にため息をついた。しかし、それを気にしている余裕はなかった。
ミナトはフォルスに連れられ、監査局敷地内にある国民管理課という場所まで歩いた。
自室のある建物から外に出たのは初めてだった。通りかかる局員や来庁者たちがフォルスを見て挨拶をしたあと、ほとんど決まってミナトに視線を送る。
監査局局長に連れられている人間のことなら気にもなるだろう。食堂で向けられた視線とはまた違った居心地の悪さに、ミナトはフォルスの少し後ろを歩いた。
国民管理課には、魔力量や魔力の性質、回路の反応といったものを調べる魔法道具があった。
この国では、魔法を使う者のほとんどが子供の頃にこの検査を受け、保護者によって監査局へ届け出されるらしい。その後も、数年おきに検査を受けて情報を更新する義務がある。
記録された魔力情報は監査局が管理し、事件や事故が起きた際の照合や身元確認などに使われるのだと、フォルスが簡単に説明してくれた。
個室の診察台に横になると、手首と足首を大きなクリップのような道具で挟まれ、胸にも薄い石のようなものを貼り付けられた。それぞれから細い線が伸びていて、心電図をとる器具を思い出す。
準備が進むたびに気分が悪くないかと聞かれたので身構えていたが、ここまでは特に何も起きなかった。
そうして道具に繋がれた状態で『疑似魔力を流す』と説明されたが、よく分からないまま頷いた。
検査が始まると、道具に挟まれた手足から冷たいものが流れ込み、じわじわと体の中へ広がっていく。説明にあった『冷たく感じるかもしれない』というのはこれだったのかと納得する。寒気がするわけではなく、体の内側だけがひんやりするような妙な感覚だった。
ふと、頭の隅に文字がちらついていることに気づく。
この道具のせいだろうか。それとも、どこかで魔法が使われているのだろうか。
頭痛も吐き気もなく、考えているうちに検査は終わった。
道具を外されると文字も消えたので、やはり検査の影響だったようだ。
こういうこともあるんだな、と、それ以上は深く考えなかった。
衣服を整えて部屋から出ると、廊下でフォルスが待っていた。
「疑似魔力はどうでしたか」
「ええと。冷たい感じがしました」
「なるほど……感じ方は我々と同じようですね」
「そうなんですね」
フォルスが話しながら歩き出したので、その横に並ぶ。
「冷たい以外には、どうでしたか?」
「冷たいのが身体の中に広がる感じと……文字がうっすら見えたくらいです」
「文字が?」
フォルスが立ち止まる。一歩遅れてミナトも足を止めた。
「聞いていませんよ」
「え?」
フォルスが少し険しい表情をしていた。
「検査は滞りなく終わったと報告を受けました。文字が見えたのであれば、その時点で確認する必要があります」
「あ、でも、本当にうっすらで。大したことじゃ」
「事の大小は関係ありません。あるか、ないかです」
強い語気と刺すような視線に、ミナトは息が詰まった。
「すみません……」
なんとか謝罪の言葉を絞り出すと、フォルスはハッと目を丸くした。
「違います、責めているわけではないんですよ。ただ、あなたが見える文字というのは我々には分からないものです。些細なことでも教えてもらわないと、判断材料がなくなってしまいます」
「確かに、そうですね……」
ミナトが項垂れると、フォルスは励ますようにぽんぽんと肩を叩く。顔を上げると、フォルスは柔らかな笑みを見せた。
「次からは見えた時点で教えてください」
「はい。すみませんでした」
「だから、謝らなくていいんですよ」
フォルスは苦笑すると、もう一度ミナトの肩を軽く叩いた。
「戻りましょう。結果が出るまで、少し時間がかかりますから」
「はい」
二人は再び廊下を歩き出した。




