08.休養日の過ごし方
アルヴェインが部屋を訪ねてきた日から、三日が経った。
今日は土曜日。週末の二日間は休養日だった。
言葉が勝手に翻訳されて理解できるせいなのか、曜日も月、火、水と馴染みのある形で頭に入ってくる。こちらでも七日を一週間と数えるらしい。
この四日間は、仕事とは違った疲れが溜まっていた。
最初の二日は、元の世界の話をするために頭をフル回転させて言葉を探した。それでも伝わりきらないことに、ひどく気が滅入った。
次の二日は、人間ドックのような検査と体力テストのようなものが待っていた。
身長、体重に始まり、栄養状態や血圧、古傷の有無、視力や聴力。とにかくベタベタ触られるのが苦痛だったうえに、持久力を見るためだとか心臓の力を見るためだとか言われて、ルームランナーのような道具の上を走らされた。体力がなさすぎて引かれていないか、周囲の反応を見るのが怖かった。
その中で、血液検査があったのには驚いた。
針は少し太めで痛かったし、現代の検査ほど細かな数値が出るわけではない。それでも血の色や固まる速さ、沈殿の仕方など、いくつかの項目を見ているようだった。
結果として、軽い貧血があると言われた。
魔法がある世界でも、医学そのものはそれなりに発展しているらしい。
騎士団の御者のカボンも、骨折した場所はギプスのような硬い装具で固定されていた。
あとでレヴィンに尋ねると、治癒魔法も決して万能ではないのだという。
骨折なら骨を元の位置へ戻し、傷があれば洗浄や縫合などの処置をする。できるだけ本来の状態に近づけたうえで、魔法による修復を行うのが基本らしい。
しかも治癒魔法は術者にも患者にも負担が大きく、使える人間そのものが少ない。大きな怪我では何度かに分けて治療したり、複数の術者が必要になったりすることもあるそうだ。
だからこそ、魔法だけに頼らず、薬や処置、固定や縫合といった普通の医療も発達してきたのだろう。
土曜日なのに、いつも通りの時間に目が覚めた。
レヴィンは来ないので、一人で食堂に向かう気にもなれず、しばらくベッドの上でゴロゴロしていた。
元の世界で休みの日に何をしていたか思い返しても、スマホをいじって適当な動画を見て、気づけば眠っていた記憶しかない。
ここにはもちろんスマホはないし、娯楽といえば本くらいだろうか。
起きても、何をすればいいのか分からなかった。
とりあえずベッドから降りて顔を洗い、着替えを済ませて机につく。
この世界の文字の練習に、日記のようなものでも書いてみようとレヴィンに調達してもらった辞書を開く。けれど、そもそも書きたい単語がこの世界で何と呼ばれているのかも、どう綴るのかも分からない。ページをめくって意味を追ってみても、目的の言葉にはなかなかたどり着けなかった。
言葉が勝手に翻訳されるのは便利だが、こんなところで不便が出るとは思ってもみなかった。
読む方に切り替えようと、絵本をパラパラとめくったものの、集中する気にもなれず閉じた。
散歩に行こうかとも考えたが、目的もなく歩き回って、食堂でそうだったように好奇の目に晒されるのも嫌だった。
結局、ベッドと机を行き来し、部屋の中をウロウロしているうちに夕方になった。
そんなことを二日繰り返した。
「なんだか……疲れてるな?」
二日間の休養日が明けた月曜の朝、部屋に来たレヴィンに開口一番で言われた。
ミナトは少し落ち込みながら、コクリと頷く。
「休みの日の過ごし方が分からなくて……」
「はあ? 部屋の外には出たか? 局内だけでも色々あるぞ」
レヴィンは呆れた様子で部屋を見回す。
そうは言われても、部屋の外に出る気持ちが湧かない――などと言ったら、さらに呆れさせてしまいそうだ。
レヴィンは机の引き出しを開け、中を確認する。
「紙はまだあるな。洗濯物は出してあるか」
「はい」
「じゃあ、洗濯は頼んどく」
「あの、これはどなたが洗ってくれているんですか?」
前から気になっていたことを尋ねる。
「洗濯屋だよ。監査局の寮の」
「寮があるんですか」
「ああ、地方から来てる研究者用がな」
「へえ。レヴィンさんは?」
「俺は一人暮らし」
そんな他愛のない話をしながら部屋を出た。
「おはようございます」
廊下を少し進んだところで、不意に声をかけられた。
声のした方を見ると、ちょうど脇の階段からフォルスが下りてくるところだった。
「おはようございます」
ミナトはすぐに返事をした。
レヴィンは顔をしかめたあと、小さく「おはようございます」と言う。
「フォルスさん、どうされたんですか」
こんな時間に、こんな場所で会うとは思っていなかった。
フォルスは面談にも検査にも一度も顔を出していない。こうして姿を見るのは、実に一週間ぶりだった。
「迎えに来ました。今日は連れていきたい場所があるので」
「今から俺たちは朝飯なんですよね」
レヴィンが不機嫌さを隠そうともせずに言う。
しかしフォルスは気にも留めず、にこやかな笑顔のまま頷いた。
「私もまだなんです。せっかくですから、ご一緒にいかがですか」
「フォルスさんも食堂で食べるんですか?」
「んなわけあるかよ」
レヴィンが間髪入れずに突っ込むので、ミナトはそちらを見る。
レヴィンは眉間に皺を寄せたまま、呆れたようにため息をついた。
「局長が一般食堂で飯を食うと思うのか」
「えっ」
「ふふっ。いえ、それもいいかもしれませんね」
フォルスは楽しそうに笑った。
「いいわけないだろ……」
レヴィンは額に手を当て、今度こそ盛大なため息をついた。




