05.食堂にて
食堂に入ると、まず人の多さに圧倒された。
広い室内には六人掛けのテーブルが整然と並び、あちこちで食事をする局員たちの話し声が重なっている。奥には長い配膳カウンターがあり、その上に掲げられた大きな表示には、三種類の料理が並んでいた。どうやら、その中から好きなものを選ぶらしい。端には軽食メニューらしきものも見える。
「食堂に来たら、ここに声をかけて」
レヴィンが指したのは、出入り口の近くにある小さなカウンターだった。両脇に二人の局員が立っていて、こちらに軽い会釈をしてきた。
人が入ってくるたびに、カウンターで何かを記入しているようだ。
「ミナトが食べたいものを言えば持ってきてくれるように依頼してある。席も、できればこっち」
そのまま案内されたのは、配膳カウンターから最も離れた、出入り口近くの角だった。
「厨房は魔法使ってるからな」
言われてみれば、さっきから頭の隅にうっすらと文字が浮かんでは消えている。
ミナトは奥の調理場へ目を向けた。距離があるせいか、何の魔法なのかは分からない。それでも、何かしらの魔法が使われていることだけは分かる。
「……ここなら、あまり見えません」
「なら良かった。気分悪くなったら、すぐ言えよ」
「はい」
ミナトは椅子を引きながら、もう一度食堂を見回した。
わざわざ自分のために決められた席と手順なのだと思うと、ありがたいような、申し訳ないような、少し落ち着かない気分になった。
ミナトが指定席に座って待っていると、イースが二人分の食事を持って早足で寄ってきた。そしてミナトに一セットを渡すと、隣の席に腰を下ろす。
遅れてやってきたレヴィンが不満げな顔でミナトの前に座り、小さな食事会が始まった。
「あー、そりゃ仕方ない。アルヴェイン様だし」
食事をしながら、ミナトはイースに、自分の心残りの話をしていた。アルヴェインに別れの挨拶ができなかったことだ。
「忙しい方だとは思うんですが、またどこかで会えないかと」
「いずれ様子を見に来るだろ」
「来なくていい」
ボソリとレヴィンが呟くが、イースは無視する。
「義務感の塊みたいな人だし、中途半端な別れ方になってたんなら、また様子を見に来るつもりだと思う。絶対」
「問題ないと言っておいてくれ」
「まあしばらくは今回の遠征のこととかで忙しいけど」
「そのまま次の遠征に行ってくれ」
「お前なぁ!」
ブツブツと間に入ってくるレヴィンに、早くも耐えきれなくなってイースは抗議する。
「アルヴェイン様が国のためにどれだけ尽くしてるか分かってるだろ!」
「知ってる、分かってる。その上で言っている。総団長様はお国のためにお忙しいだろうから来なくていい」
レヴィンはイースが反応したことで、今度は一変、涼しい顔をしてみせる。そしてイースの言葉を聞いてないとでも言うように、サラダをフォークで口に運ぶ。
「忙しくても時間は作る。そういう人だ」
「一万人近い騎士を抱えてる人間が、たった一人の様子を見に来る暇なんてあるのか?」
「たった一人って言い方するなよ」
「……そんなにいるんですか」
思わず口を挟むと、二人の視線がミナトに向いた。
「え?」
「アルヴェインさんって、そんなにたくさんの人をまとめてるんですか……」
ミナトの少し呆けたような顔に、イースはきょとんとしてから、ああ、と納得したように頷いた。
「そうか。ミナト、記憶があやふやなんだったか」
「あやふや?」
レヴィンが顔をしかめてミナトを見る。イースはミナトが異世界から来た人間だということを知らない。
慌てて取り繕おうにも無理があるので、とりあえず話題を進める。
「えぇと、すみません。そうなんです、よく分からなくて。総団長だとは聞いてましたけど……」
偉い人なのだろうとは思っていた。
けれど、実際にミナトが見てきたアルヴェインは、少数の騎士を率いる姿と、駐屯地で書類を読んでいる姿くらいだ。それから、町の人々に慕われている姿。だから、レヴィンの言う規模の大きさに実感が湧かなかった。
「一万人近くって言うけど、騎士団がいくつもあるんだよ。その一番上がアルヴェイン様」
「別に一人で全部動かしてるわけじゃないってことだ。各団長も副総団長もいる」
「いちいち細かいな……分かってるよ。それでも三十二だったっけ? その歳で総団長なんだから十分すごいだろ」
「三十二なら若造って歳でもない」
「総団長としては若いって言ってんの!」
イースがむっとして言い返す。もはや誰に説明しているのか分からなくなっている。
「それに戦になれば、もっと大勢を動かす立場になるんだぞ」
「だから各団長も副総団長もいるって言ってるだろ」
「だから分かってるっての。それでも現場のことまで自分で見て判断してるんだから、すごいって言ってんの」
「だから、何でも自分で抱え込んで忙しくなるんだろ」
「そういう言い方するなよ」
イースは不満そうに眉を寄せ、それからミナトへ向き直った。
「とにかく、まあ……すごい人ってこと!」
「締めが適当だな」
「他に言いようがないだろ。すごいんだから」
イースはどこか得意げだった。
三十二歳。
自分とは四つしか違わない。
それなのに、一万人近い騎士を束ね、戦になればさらに多くの人間を動かす立場にいる。
急に、途方もない人のように思えた。
そんな人が旅のあいだ、何度も自分の様子を見に来ていたのだ。
食事は取れたか。眠れているか。具合は悪くないか。
今になって思えば、ひどく不釣り合いだった。
「……すごく、責任感の強い人なんですね」
「まあ、それはそうなんだけど……ああいうのは、あまり見ないかな」
イースは困ったように眉を下げた。
「ああいう?」
「なんていうかさ、アルヴェイン様なら別の方法でも責任は果たせるはずなのに、わざわざ自分で――」
「そんなんだから忙しくなるんだろ。何でも自分でやりたがるのが悪い」
レヴィンが横から口を挟む。
「監査局に見に来なくても、お前から報告を受ければ済む話じゃないか。わざわざ総団長自ら来る必要はない」
「いや、俺が言ってるのはそういうことじゃなくて」
「同じだろ」
「違うって」
二人のやりとりを聞きながら、ミナトはそっと視線を落とした。
たしかに、その通りかもしれない。それだけ多くの人間を動かす人に、自分一人のために時間を使わせるべきではない。
もう一度会いたいと思っていたのは自分の都合だ。そう考えると、少し胸の奥が暗くなる。
「いい加減にしろって」
イースが少し声を荒らげた。ミナトは顔を上げる。
二人が食事の手を止め、睨み合っていた。
「お前の権力嫌いと騎士団嫌いは知ってるけどな、ミナトが会いたいって言ってるんだから邪魔したらぶん殴るぞ」
「ぶん殴るとか野蛮だな。そもそも邪魔をするわけがないだろう。これだから脳筋集団は嫌なんだ」
「あのなぁ。俺の発言よりお前の態度のほうが相当だぞ」
「騎士団のやり方が気に入らないだけだ。こっちの都合なんてお構いなしに口を出してくる。だいたい――」
まただ。さっきから、レヴィンは騎士団のことになると決まって棘のある言い方をする。イースが言うように、嫌いなのだろう。事情は分からない。
ただ、アルヴェインが忙しいという指摘は間違っていなかった。言われて初めて気づいたこともある。単に嫌っているだけではないのだろうとも思う。
それでも、森で獣に襲われた時に助けてくれたのも、何もできない自分を守りながら野盗と戦ってくれたのも、騎士団の人たちだった。
「レヴィンさん」
ミナトが静かに声を挟む。
レヴィンがこちらを見る。ミナトは真っ直ぐにその目を見返した。
「俺は騎士団の人たちにたくさん助けられて、ここまで来ました。あなたがどんな理由で騎士団のことを嫌っているかは分かりませんが、せめて俺の前では、その態度をやめてくれませんか」
その言葉に、二人は目を丸くした。
レヴィンは目を瞬いて、何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じる。そのまま黙り込んで視線を下げた。
「すみません、今日会ったばかりの人に。でも、お願いします」
「そうくるか……」
レヴィンは頭を垂れて小さく呟いてから、ぱっと顔を上げた。
「悪かったよ。ミナトの前では言わない」
「ありがとうございます」
ミナトはほっと息をつく。
「俺の前でも言わないでほしいんだけど……」
イースのつぶやきに、レヴィンはキッと目つきを鋭くして睨みつける。
「お前は当事者だろ。言うに決まってる」
「ミナト〜、こいつ、いつもこれ」
イースはわざとらしく泣き真似など見せてレヴィンを指差す。そんな様子に、ミナトは思わず笑みをこぼした。
「逆に仲良く見えてきました」
「「それはない」」
二人の真面目な視線と声が揃ってミナトに向くので、余計におかしい。
ミナトの笑顔を見届けたイースは小さく頷き、満足そうに食事を再開した。
「自分のことでもそれぐらい言えればいいんだろうけどな」
「えっ……」
視線を合わせずにそんなことをこぼすので、少し困惑する。
イースはレヴィンを見やると、眉根を寄せて笑った。
「ミナトは不調を隠すからな。よく見てやってくれよ」
「えっ」
「保護者かお前は」
レヴィンは呆れたようにため息をついて、それから小さく「気をつける」と呟いた。
全く身に覚えがないわけでもない。けれど、隠しているつもりもなかったので、ミナトは誤魔化すように視線を食事に下げた。




