03.与えられたもの
ミナトが兵士に案内された部屋は、想像していたものとは大きく違っていた。
第一印象は高級ホテルの一室だった。
広くて、ほどよく装飾が施され、隅々まで清潔に整えられている。
駐屯地で用意された二人部屋を半分にしたぐらいの、もっと簡素な場所を想像していたので、呆気にとられた。
入口の正面には大きめのベッドが置かれている。真っ白なシーツが整えられ、掛け布団も厚みがあった。毛布も手触りがよく、マットレスは藁ではないようだ。独特の匂いが無いし、手を当てて押してみると弾力があり、ガサガサという音もしない。
左の壁際には背の高い本棚が備え付けられているが、薄い本が数冊置かれているだけだった。その横には、木製の机と椅子がある。
反対の壁際には、出入り口とは違う扉が見えた。
ベッドの横に立ち、ゆっくりと部屋の中を見回す。
かなり高い天井の中央付近から垂れ下がった鎖の先で、丸いガラスの器具が柔らかな光を放っていた。電球のようにも見えるが、配線らしきものは見当たらない。
「やっぱり……」
目を凝らすと、ガラスの表面に細かな記号が這っているのが見えた。四角に様々な模様を付け足したような記号は、ゆっくりと流れている。じっと見つめていると、時折組み替わりながら巡っているのが分かった。
王都までの道中で、魔法道具というものを知った。道具に魔法を閉じ込めたようなものだ。
ランタンは炎を使わずに光り、ポットは蓋を一つ叩けば水を呼び込み、お湯を沸かす。仕組みは分からないが、殆どの場合は電気の代わりに魔力を使っているようなものだと、ミナトは思っていた。
ふと、本棚のある壁際で規則的な音が鳴っていることに気づく。
カチ、コチ、カチ、コチ、と小気味の良い音だ。
「振り子時計……」
思わず、声が漏れる。
壁に、金属の振り子が左右に揺れる時計があった。
ここに至るまで、誰かが時間を確認する際は魔法道具だった。円盤の上を長針と短針が回る見た目は同じだったが、動力は魔力だ。
しかし、振り子そのものを魔力で動かす意味はないだろう。規則的に振られる金属の重りが動力として成り立っているのだから、この時計は純粋な技術だけで作られているはずだ。
目に見える範囲では、文字も流れていない。
「私の祖父が作りました」
「っ!」
不意に背後から声がかかり、心臓が跳ねた。
咄嗟に振り返ると、フォルスが立っていた。
近づいてきていることに、まったく気づかなかった。扉が開く音さえ聞き逃していたらしい。
「……お祖父様が?」
「はい。祖父は時計職人でした。前の世界でも、こちらでも」
「前の世界って……」
「祖父は世界渡りでした」
「えっ」
ミナトは目を丸くする。
フォルスはミナトの横に並び、時計を見上げた。
「こちらの世界の時計は、変な模様がのたうち回っていて気色が悪いと言って嫌っていたんです。その時の私には、祖父の言っている意味が分かりませんでした」
「ああ……」
ミナトは天井の照明を見る。
魔法道具の時計を注視したことはないが、きっとあの照明のように文字が見えるのだろう。
「やはり、あなたには分かるんですね。祖父の言っていたことが」
「はい……なんとなく」
「祖父はとにかく魔法嫌いで、あまりそういう話をしてくれなかったんです」
フォルスは昔の記憶を辿るかのように、ゆっくりと言葉を紡いでいた。
「でも一度だけ、私の疑問に答えてくれたことがあります。時計にはどんな模様が見えるの? という問いに」
ミナトはフォルスの横顔に視線を向ける。フォルスは少しだけ口元を緩めた。
「祖父は私に一枚の紙をくれました。その模様を書き記したものです。けれど、私にはそれが読めませんでした。古代文字だったからです」
一呼吸置いて、静かに続ける。
「私はその紙を理解するために研究者の道を選びました。そして、いつか祖父を元の世界に帰してあげる方法を見つけたくて、ここまで来たんです」
「そうなんですね……」
ミナトは時計を見上げる。ここには、作った人だけではなく、フォルスの思いも込められているような気がした。
フォルスはミナトに視線を移す。
「祖父が亡くなった時に、研究をやめるか悩みました。けれど、いつかまた祖父のように異なる世界から来る人がいるかも知れない。そう思い、続けてきたんです。ですから、心配しないでください」
「……ありがとうございます」
今は帰る方法はなくても、探そうとしてくれる人がいる。
それだけでも、心強かった。
「お話、終わりましたぁ?」
不意に、冷めた調子の声が響く。
振り返ると、出入り口にローブ姿の青年が立っていた。
門から応接室まで、フォルスに付き従っていた青年だ。
中肉中背で、灰色の髪を適当に流している。切れ長の目はどこか不機嫌そうで、気怠げな雰囲気をまとっていた。
フォルスは両手を胸の前でパンと叩き、そのまま謝るように手を合わせる。
「そうでした。すみません、熱く語ってしまいました」
「いいんですよ。今すぐ彼を明け渡してもらえれば」
青年はやれやれと肩をすくめながら、部屋の中に入ってくる。
「備品とか設備の説明するんで」
「よろしくお願いします」
フォルスは青年の肩をぽんと叩いて、部屋を出て行った。
ドアが閉まるのを確認すると、青年はフォルスに触れられた肩を払い、ふんっと鼻を鳴らす。
ミナトはあからさまな嫌悪の表現に目を瞬かせた。
青年はローブの首元を整え、ミナトに手を差し出す。
「さて。初めましてじゃないけど、初めまして。俺はレヴィン」
「あ、はい。ミナトです。よろしくお願いします」
ミナトが少し躊躇しながら手を重ねると、レヴィンは軽く握り返してすぐに離した。
「監査局の、まあ、事務方。あんたの生活面の担当なんで、何でも聞いてくれていい」
「何でも?」
「あっ、魔法のことはダメだぞ。俺は研究者じゃない」
見た目の気怠さとは裏腹に、よく口が回る。イースとも違うが、聞けば何でも答えてくれそうな、話しやすそうな印象だ。
「分かりました。よろしくお願いします」
「ん、よろしく」
レヴィンは部屋を見回しながら机の方へ歩き出す。
「じゃ、とりあえず部屋の説明な」
机の引き出しを一つ一つ開ける。
「筆記用具はここ。紙も補充してある。好きに使ってくれていいが無駄遣いはするなよ。なくなってもすぐには補充できないから、なくなる前に言って」
次に本棚に移動する。
「本はまだ少ないけど、そのうち増えると思う。今ここにあるのは文字の教本代わりの子供向け。別に見なくてもいいけど」
「はい」
ミナトは背表紙を眺める。どれも薄くて簡素な色合いだった。
「あと、こっち」
今度は反対の壁にある扉を開ける。鏡と洗面台が見えた。
「風呂と手洗い場とトイレ。好きなように使っていい」
「いつでもですか?」
「夜中に騒がなければな」
レヴィンは頷き、寝台に移動する。そして、下にある引き出しを開けた。
「着替えはここ。身体に合わなかったら言って。その服は…」
レヴィンはミナトのスーツを見る。ところどころほつれ、ボタンも取れかかっていた。
「修繕に出しておくか」
「直せますか」
「多分ね。保証はできないけど」
レヴィンは軽く肩をすくめ、引き出しを閉める。
「洗面台のところに籠があるから、洗濯物はあの中に入れといて。その服も」
話しながら、レヴィンは部屋の中央付近に戻る。
「食事は食堂。朝昼晩、時間が決まっている」
「食堂……行って良いんですか」
てっきり、この部屋からは基本的に出られないものだと思っていた。
「いいよ。というか、いちいち運んでこない。病気とか怪我でもなければ自分で行く」
「分かりました」
「食べてないと俺が怒られるからな。ちゃんと行けよ」
「えっ」
「えっ、じゃない」
レヴィンは眉根を寄せて、ミナトをジロリと睨む。
「フォルスがあんたの健康に気をつけろとうるさい。それにローデリクが念押しして行ったぞ。ちゃんと食わせろと。こっちに預けたんだからいちいち口を出すなという話だ」
レヴィンは苛立った様子で腕を組み、足先で床をトントンと叩く。ローデリクまで呼び捨てにして、悪感情を隠そうともしない。
ミナトは自分に向けられたものではないのに、肝が冷えた。
「あの……」
「ん、ああ、悪い悪い。とにかく、ここにいるからにはちゃんと食って、ちゃんと寝る。そんで肉をつける。隈を消す。もったいないだろ」
「もったいない?」
ミナトが怪訝な顔をして首を傾げると、レヴィンは口を真一文字に結んで肩をすくめた。
疑問への回答はなく、さっさと話題を変える。
「あと、監査局の敷地内は基本的に自由にしていい。敷地内ってのは、監査局の外壁の内側。出ようとしたら門番が止めるから分かると思う。街に出ることは許可されていない」
その言葉に、駐屯地でアルヴェインに言われたことを思い出す。自分の立場と魔法への耐性を考えれば当然のことだった。
騎士団本部からここに来る間だけでも、日常魔法にあてられて頭が痛くなっていた。もっと人通りの多い場所に行ったら、どうなるか分からない。
それでも敷地内を自由に歩けるのはありがたかった。
「分かりました。ありがとうございます」
ミナトが小さく頭を下げると、レヴィンは驚いたように何度か瞬きをしたあと、心底嫌そうに顔をしかめた。
「軟禁してる相手にお礼を言われるのは気まずい」
「え?」
「何でもない」
肩をすくめて扉に向かって歩き出す。
「俺は基本的に朝に顔を出す。今日は夕飯の時に食堂に案内するから」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「じゃ、とりあえずあとは好きにして。担当者は明日から来ると思う」
「はい」
軽く手を振って、レヴィンは扉の向こうに消えた。




