02.世界渡り
ローデリクと一緒に、広く立派な部屋に通される。
その部屋は建物の簡素な外観とは対照的に、いたるところに装飾が施されていた。
窓にかけられた真紅のカーテンには金色の刺繍が煌めき、絨毯の毛足は長い。ローテーブルは猫脚の曲線が美しく、天井からは光源を円形に散りばめた大きなシャンデリアが吊り下がっている。
ミナトとローデリクが並んで座る二人掛けのソファにも、背もたれのところに繊細な細工が施されていた。
かといって、成金趣味と揶揄されるような下品さは無かった。強弱のある飾り付けを素直に美しいと思えるものだった。
ミナトとローデリクは、目の前の一人掛けのソファに座るフォルスの様子を伺う。
ローテーブルの上には数枚の書類が置かれ、フォルスも何枚かを手にしていた。
「アルヴェイン様の報告書と見解書を拝読しました。ミナトさんは『呪文を聞くと文字が頭の中に浮かぶ体質』と書かれています。間違いないですか?」
「はい」
まるで面接を受けているような緊張感だ。
自分はスーツ姿だし、フォルスの手にある書類が履歴書のように見えてしまう。
「そして、魔法に干渉して変化させることができる、と」
「それは……よく分からないです」
「ええ。それも書いてありますね。本人も理解していないし、あくまでも推測だと」
「はい……すみません」
「謝ることはないですよ。これから調べていけば良いのです。ここはそういう場所ですから」
「あっ……ありがとうございます」
ミナトはその言葉に、パッと表情を明るくした。
自分に起きている現象の答えそのものが見つかったわけではない。しかし、解決しようと協力してくれる人がいる。
アルヴェインが自分をここに連れてくることを選んだのは、単に危険人物を隔離するためではなかったのだと、改めて感じられた。
フォルスはミナトの表情を見て、柔らかく微笑む。
「まずはお伝えしておきましょうか。おそらく、あなたが一番気になることで、一番口にしにくいことだと思います」
「はい?」
一番気になること。
思わせぶりな台詞に、ミナトは首を傾げる。
フォルスは柔らかな笑みを浮かべたまま、手にしていた書類をテーブルに置き、膝の上で指を組んだ。
長く息を吐き、妙な間をたっぷり設けてから、口を開く。
「我々は理解しています。あなたが、異なる世界から来たことを」
「えっ」
ミナトはビクリと肩を震わせた。
反応に困ってローデリクを見ると、特に表情を変えるわけでもなくフォルスを見ていた。
ローデリクも知っていたのか。
そんな疑念が浮かんだが、今はそれよりも話の続きを聞きたかった。フォルスは大したことではないかのように、うっすらと笑みを浮かべている。
「周囲で魔法が使われると、頭に文字が入り込むように浮かぶ。そして、それは身体的苦痛にも繋がる。そうですね?」
「あ、はい……」
「これは異なる世界から来た人にだけみられる症状です。理由については推論がいくつかありますが、判明はしていません」
「……」
ミナトは息を吞んだ。
ほんの少し、その可能性については考えたことがあった。自分以外にも、別の世界から来た人間がいるのではないかと。
呆然としながらも、確証が欲しくて言葉にする。
「俺の他にも、こことは別の世界から来た人がいるんですね?」
「ええ。国としての正式な記録は二百年前です。直近は五十年前」
「その方は、今は」
「二年前に亡くなっています」
「……そうですか……残念です」
胸の奥が少し暗くなる。
その人は元の世界へ帰ることなく、長い年月をこの地で生き、そして亡くなった。
もう話を聞くこともできない。
そして、自分もそうなるのかもしれない。
ミナトはそれ以上の言葉を失い、項垂れる。
それを見たローデリクは小さくため息をつき、両手の指を膝の上で組み直す。
「世界渡りの研究は続いているのだろう? フォルス殿」
「ええ。もちろん」
ミナトは二人の会話に顔を上げる。そして、先ほど浮かんでいた疑念をローデリクに向けた。
「俺が別の世界から来たって分かっていたんですか」
真っ直ぐに見詰めて問うと、ローデリクはミナトを見返し、深く頷いた。
「魔法が文字として認識できるという時点で、そうだろうと」
「何故……」
言いかけて、口を閉じる。
何故、言ってくれなかったのか。そう問いかけようとして、意味が無いことに気づいた。
彼らが知っていたからといって、それを自分が聞いていたからといって、ここまでの道のりで何かが変わったわけではない。
アルヴェインが、ミナトには魔法に干渉する力があると判断した時点で、ここに来るのが最適解だったはずだ。
ミナトが言葉を見つけられないまま黙り込んでいると、ローデリクは少し困ったように眉根を寄せた。
「世界渡りの存在は限られた者たちでしか共有されていない国家機密だ。一般兵の居る場で話すわけにはいかない」
「いえ……いいんです。少なくとも、今は説明する手間が省けました」
「合理的な判断です」
フォルスはニコリと微笑み、また書類を手に取る。そしてそこに書かれている文面に目を走らせ、改めてミナトを見た。
「しかしどうやら、あなたは他の世界渡りの方々とは異なる力をお持ちのようで」
「魔法に干渉できるかどうかは自分でもよく分かりません」
先手を打って牽制すると、フォルスはフフッと楽しげに笑った。
「私が言いたいのは、あなたが見ている文字列の内容を理解できているということです」
「理解?」
「野盗に襲われた際、あなたは魔法による攻撃を予見したようですね」
「え、ああ……あれは、理解というか……」
あの時のことを思い出す。
野盗に襲われ、魔法が飛び交い、ひどい頭痛に耐えながら見た文字列。
魔法をひとつのプログラムだとすれば、呪文は実行するためのコマンドで、頭に入ってくる文字はソースコード。そう感じたのは、これまでの仕事で培ってきた経験からくる、ただの直感だ。
もちろん、確かめる余裕などなかった。あの場では、その直感を信じるしかなかった。
「一部の意味が分かったのと、文字の並び方に規則性があったので、私の専門分野に照らし合わせて考えて――」
「専門分野ですか!」
フォルスが声を高くして割り込み、目を爛々と輝かせた。
ミナトは思わず、背筋を伸ばして少し後ろに引く。
「これまでの記録でも、見えた文字を書き写してもらい、それを研究者と共に読み解いて、実際に起きた現象と結びつけるということはできていました。しかし、あなたのようにその場で文字列から意味を読み取り、発動前に魔法の方向と効果を予測した例はありません」
フォルスは徐々に早口になりながら、ついにテーブルに手をついて身を乗り出した。
「専門分野に照らし合わせたとおっしゃいましたね。それは一体―― 」
「フォルス」
ローデリクが庇うように、ミナトの前に腕を出した。
低く静かな声で名前を呼ばれ、フォルスははっと目を見開いた。そしてようやく言葉を止めてローデリクを見る。
「引き渡しの書類を寄越せ。その後なら時間はいくらでもある」
「……これは失礼」
フォルスはひと呼吸おき、座り直した。
そしてテーブルの上から一枚の書類を手に取り、ローデリクに差し出した。それをローデリクが受け取ると、フォルスの後ろにいたローブ姿の青年が、万年筆によく似た筆記用具を持ってローデリクの横に立つ。
ローデリクは書類に目を落としながら、それを受け取る。
ミナトは不安になってきた。
これから先、こんなふうに興味津々の質問が山ほど降ってくるのだろう。その一つ一つに答えきれる自信はない。分かりやすく説明できるかも分からないし、要領を得ない答えを返せば、期待外れだと思われるかもしれない。
そんなことを考えてソワソワしているうちに、ローデリクは書類に署名を終えてしまった。
フォルスが書類をもらい受けようと手を伸ばす。
しかし、ローデリクはサッと書類を引き、フォルスから遠ざけた。
フォルスが目を細めてローデリクを見る。口元は柔らかい笑みを浮かべているのに、目つきだけが鋭かった。
ローデリクも眉間に皺を寄せ、牽制するかのように睨み返した。
「非人道的な扱いは許さない。あくまでも民間人として扱うように。それがアルヴェイン『総団長』のお言葉だ」
フォルスがわずかに目を見張る。
ミナトも、その言い方に違和感を覚えた。
わざわざ『総団長』を強調しているように聞こえた。引き渡しが騎士団から監査局へ、だからだろうか。
少し畏まった空気を感じて、ミナトは背筋を正した。
フォルスは目を細め、にこりと笑う。
「大事なお客様ですから、ご心配なく。『総団長殿』によろしくお伝えください」
騎士団と魔導監査局。
この二つの組織には何かとワケがありそうで、ミナトは少しの居心地の悪さを覚えた。




