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01.魔導監査局へ

 王都の城壁が近づくにつれ、街道は次第に人と馬車で混み始めた。

 しかし、一行は正面の大きな門へは向かわなかった。途中で街道を外れ、城壁に沿うように延びた道へ入っていく。

 ミナトは窓から外を覗いた。

 行く先にあるのは、正門と比べればずっと小さな門だった。それでも馬車が二台並んで通れそうなほどの幅があり、分厚い扉の脇には槍を持った騎士が立っている。

 一行が近づくと、門前の騎士たちが姿勢を正した。

 先頭の騎士が何かを告げると、止められることもなく、そのまま門をくぐっていく。

 高い城壁の下を抜けた先にあったのは、想像していたような華やかな街並みではなかった。

 幅の広い石畳の道に沿って、飾り気のない石造りの建物が並んでいる。

 行き交う人間も騎士や作業着姿の者がほとんどで、店舗や露店もない。

 王都に入ったはずなのに、街というより大きな駐屯地に入り込んだようだった。

 ふいに、頭の奥を短い文字列が掠めた。

 どこかで魔法が使われたらしい。続いてもう一つ、ぼんやりとした文字が浮かんでは消える。

 これだけ大きな街なら、そこかしこで魔法が使われて、もっと酷いことになるのではないかと身構えていた。しかし今のところ、道中と大きくは変わらない。

 ただ、些細なものでも文字が重なってくると、視界がチラつき始めた。目を閉じ、眉間を軽く押さえる。

「大丈夫か?」

 斜め前の席に座るカボンが、心配そうに声をかけてくる。

 もともとはミナトが乗っていた幌馬車の御者だったが、野盗に襲われた際に馬車を破壊されて負傷し、馬にも乗れなくなってしまった。今は軽装で、脚にはギプスのような保護具をつけている。

 怪我の度合いで言えば、カボンのほうが重傷だ。自分よりずっと重傷の相手に心配をかけていることを申し訳なく思いながら、ミナトは手を下ろした。

「これぐらいなら」

 そう答えると、カボンは眉根を寄せて深刻そうに首を傾げる。

「監査局で治療の方法が見つかるといいな」

「……そうですね……」

 ミナトは曖昧に微笑んだ。

 これから自分が引き渡される魔導監査局が、魔法に関する研究をしていることは聞いている。しかし、イースから詳しく聞いた時にも治療という話は出てこなかった。

 王国の騎士団の総団長であるアルヴェインに『魔法に干渉する危険人物』として魔導監査局への移送が妥当とされた時点で、少なくとも普通の病気や怪我とは違うのだろう。

 この症状の治療については、あまり期待していなかった。

 それに、危険人物として扱われているなら、この先どのような待遇になるのかすら分からない。

 最悪の状況も覚悟しておいたほうがいいのかもしれない。

 そんなミナトの不安とは無関係に、馬車は変わらない速さで、人通りの少ない広い道を進んでいった。



 到着した騎士団本部で、短い別れの挨拶とともにカボンは降りていった。

 代わりにローデリクが同乗する。

 斜め前に座る存在感の塊のような人に緊張しながらも、沈黙に耐えかねて一つ二つと言葉を交わしてみると、意外なほどあっさりと受け答えをしてくれた。

 予告もなく馬車が再び動き出すと、ローデリクが難しい顔をした。

「ここから先の道は日常魔法の影響もあるだろう。辛くなったら言うように」

「あ……はい。ありがとうございます」

 ミナトは頷く。

 けれど、言ったところで馬車を止めてもらうほどではないし、行き先が変わるわけでもない。わざわざ心配をかけるのもな、と思った。

 騎士団本部を離れると、窓の外には少しずつ人の姿が増えていった。

 やがて前方に、周囲の建物から抜きん出るような城が見えてくる。

 高い石壁の向こうにいくつもの尖塔がそびえ、陽を受けた屋根が明るく輝いていた。

 馬車は城壁に沿った広い道を進んでいく。

 この辺りまで来ると、騎士や作業着姿の人間ばかりだった本部周辺とは雰囲気が違った。

 身なりのいい人々が連れ立って歩き、子どもの姿も見える。行き交う馬車の数も多い。

 さらに進んだところで、ひときわ広い通りを横切った。

 そこだけは、今までとは比べものにならないほど賑やかだった。

 道の両側に店が並び、軒先には色とりどりの日除けや看板が張り出している。

 荷物を抱えた人、買い物籠を提げた人、店先で立ち話をする人。人々の声に、馬車の車輪や蹄の音が混じり合っていた。

 ふいに、頭の奥へ文字列が流れ込んできた。

「……っ」

 続けて、また別の文字列が重なる。

 今度は別の方向からだった。

 通りの端では、男が起こした風で石畳の紙屑や枯れ葉を一か所へ寄せている。店先では、桶から浮き上がった水が別の器へ注がれていた。

 どれも一瞬で消える程度の短い文字列だったが、途切れたと思えば、また別のものが頭を掠める。

 胃のあたりがじわりと気持ち悪くなった。

「大丈夫か」

「はい……」

 さっきよりも明らかに強い不調だったが、我慢できないほどではない。

 幸い、賑わいは長く続かなかった。

 大通りを横切ってしばらくすると、店は次第に減り、代わって似たような高さの家々が並び始めた。

 道幅も少し狭くなり、行き交うのは買い物帰りらしい人や、子どもを連れた親、荷物を運ぶ者がちらほら見える程度になる。

 頭に流れ込んでくる文字も、いつの間にかまばらになっていた。

 ミナトは小さく息を吐き、窓の外を眺める。

 見たことのない建物。見たことのない服を着た人々。

 それでも、そこで営まれているものは思っていたよりずっと普通の暮らしだった。

 その光景を眺めているうちに、ふと自分の姿が気になった。

 濃い色のスラックスに、同色のジャケット。くたびれたスーツ姿は、この世界ではひどく浮いて見えるだろう。

 普通の人々の営みを目にすると、自分が異物なのだという感覚が余計に強くなる。

 ミナトは外を見るのをやめた。

 膝の上で指を組み、それを見つめる。

 深く考えないほうがいい。馴染みたいわけではない。目立ちたくないだけだ。

 そんなことを考えるより、今はもっと現実的な問題がある。

 意を決して口を開いた。

「俺は、魔導監査局ではどんな扱いになるんでしょうか」

 ローデリクが、少し考えるように顎に手を当てた。

「どんなと言われても難しいな。しかし少なくとも、非人道的な扱いはされまい。騎士団総団長からの預かりになるし、直筆の報告書と見解書も提出されている」

「報告書と見解書……ですか」

 ミナトが顔を上げると、ローデリクはこちらを見ていた。

 目が合うと、小さく頷く。

「ああ。野盗退治でミナトの能力が役に立ったとも書き添えてある。危険ではあるが、本人が自分の能力を把握することで評価は変わるだろうと」

「……そうなんですか」

 顔を合わせても本人は何も言ってこなかったので、そんなふうに思っていてくれたとは意外だった。

 少し、嬉しいなどと思ってしまう。

 そんなことを聞いたせいか、ふとアルヴェインとの別れ際を思い出した。

 騎士団本部で馬車の中を覗き込むようにして「魔導監査局へはローデリクが付き添う」と言われ、「分かりました」と答えた。

 それが最後だった。

 せめて一言、礼くらい言えればよかった。

 きちんとした別れの挨拶ができなかったことが、今になって心に引っかかった。


 やがて、馬車の速度が緩やかに落ちる。

 行く先には、白い石で造られた重厚な壁が広がっていた。

 正門には、銀色の鎧と赤い腰布が特徴的な兵士が複数人立っている。

 それぞれの鎧の胸元には、はっきりとした紋章が刻まれていた。魔法陣のような、円と図形を組み合わせたものだ。

 目の前のローデリクの鎧には、こういった目立つ紋章はない。

 監査局の兵士は、騎士団とは違う組織なのだと、ひと目で分かるような装いだった。

 開かれた大きな門をくぐり、馬車は敷地内へ入る。

 広い通りの両側に、二階建ての建物が並んでいた。

 赤いローブを着た者が足早に行き交い、武器を持った兵士が巡回している。市民と思われる装いの人々の姿も少なくない。

 ふと、頭の中に弱々しい文字列が流れ込んできた。

 通り過ぎる直前、建物の窓の向こうで光が瞬く。

 魔法だろう。研究をしているのか、日常的なものなのかは分からない。

 また文字列が流れ込んできたことで、気になっていたことを口にする。

「魔法の研究をする機関ということは、頻繁に魔法を使うのでしょうか?」

 ローデリクは首を左右に振る。

「検証や実験をするような場所は離れているはずだ。危険だからな。日常魔法も、屋内で使う頻度は高くない」

「そうなんですね」

 ほっと胸をなで下ろした、その時だった。

 馬車が減速し、やがて停止する。

 窓の外には、ひときわ大きな石造りの建物があった。

 外観は簡素で、窓の並びからすると三階建てのようだ。

 正面の大きな両開きの扉は開け放たれ、両脇では縦長の赤い旗が緩やかにたなびいている。

 馬車の扉が外側から開かれる。

 ローデリクが先に腰を浮かせた。

「行くぞ。監査局に引き渡すまでが私の仕事だ」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少し重くなった。

 ローデリクとも、ここでお別れだ。

 普通に話せるくらいには距離が縮まったと思っていたので、やはり寂しい。

 そこから、道中で別れた人たちのことが次々と思い浮かんだ。

 イースとはすでに別れの挨拶を済ませていた。

 顔を出すと言ってくれていたが、どこまで実現できるのかは分からない。それでも、そう言ってもらえるだけで心強かった。

 アルヴェインは、そもそもよく分からない。

 別れ際からして忙しそうではあったし、会いに来る理由などないように思えた。

 せめてまともに別れの挨拶ができていればと、そればかりが引っかかる。

 ローデリクが馬車を降りたので、ミナトも続いて降りる。

 ちょうどその時、建物の開け放たれた扉から、ゆったりとしたワインレッドのローブを身に纏った中年の男性が歩いて出てきた。

 細身の長身で、ウェーブがかった黒い髪を肩まで伸ばしている。

 その背後には、同じローブを着た青年が不機嫌そうな顔で付き従っていた。

「ローデリク殿、あなたがわざわざ護送の任を務められるとは」

 男は歩みを止めることなくローデリクのもとまで来ると、手を差し出した。

 二人の身長は同じくらいなのに、体の厚みがまるで違う。

 男はひょろりとしていて、風が吹けば倒れてしまいそうだった。

 ローデリクはその手を握り、薄く笑みを浮かべる。

「フォルス殿こそ、わざわざ迎えに来ていただけるとは。意外ですな」

「そうでしょうか? 大事なお客様を迎えるわけですから」

 フォルスはそう言って、ミナトに視線を移した。

「ようこそ。ミナトさん」

「名前……」

「報告書を読みました。私はフォルス・ヴァン・フォルダー。魔導監査局局長です」

 フォルスはにこやかな笑みを浮かべ、ローデリクにしたのと同じように手を差し出してくる。

 少し躊躇しつつ手を重ねると、もう片方の手まで添えられた。

 両手で、力強く握り込まれる。

「よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします……」

 穏やかな声に、穏やかな笑顔。

 そして、それとは不釣り合いな、手を握る強さ。

 ミナトは得体の知れない不安を抱えながら、なんとか笑顔を取り繕った。

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