16.命の恩人
アルヴェインは、野盗を縛り終えたばかりのイースに声をかける。
「イース。スタンリウス駐屯地へ走れ。駐屯地長に伝令。野盗を捕縛した。連行班を出せ。遺体の収容も必要だ。逃走者あり。周辺の山狩りを行え。至急だ」
「承知しました」
返事をしながら、イースはミナトの様子をうかがった。赤い顔をして、目を閉じたままぐったりとしている。
「あの、ミナトが」
「ん、ああ……」
イースの声は短かったが、言いたいことは伝わったようだ。アルヴェインは片腕をミナトの胸元に回し、落ちないように支えていた。支えてはいるが、あまりにも無造作に見える。
アルヴェインは少し考えた後、ミナトを横にして抱え直す。左腕で背中を支え、鞍の前に座らせてやる。安定した姿勢になると、ミナトはぼんやりと目を開けた。
イースはほっと息を吐く。
「命の恩人を雑に扱わないでください」
イースはアルヴェインに語気強く言い、馬にまたがって駆け出す。元来た道、森の入口に向かって。
それを見送ると、アルヴェインは少しバツが悪そうにミナトを見た。
「無理をさせたな」
「いえ……少し、慣れました」
「こういうものには慣れなくていい」
アルヴェインはそう言ってから、ミナトの背中を支える片手でもう片方のグローブを掴み、外す。そして、ミナトの額に汗で張り付いた前髪を指先でどけた。
熱を確かめるように手の甲で額と頬に触れ、すぐに離す。
「熱いな」
「熱い……」
聞こえた言葉を繰り返すだけのぼんやりとした呟きに、アルヴェインは小さく息をついた。そしてミナトのシャツのボタンを外し、胸元を広げてやる。
少し楽になったのか、ミナトは息を深く吐いて目を閉じた。
そのまま、アルヴェインの手の甲が汗を拭うように額を撫でた。
一行は、しばらくその場で待機した。
ミナトは木にもたれかかるようにして休む。その膝には、アルヴェインの青い外套がかけられていた。
ミナトから少し離れたところに見張り役の騎士が立っている。逃げた野盗を警戒していた。
その他の騎士たちは、野盗を監視する者、周囲を警戒する者に分かれて動き回っている。
アルヴェインは、野盗の頭目とみられる男に尋問を行っていた。先ほど、アルヴェインに下世話な話をしてきた男だ。
こちらの負傷者は、御者が骨折などの大怪我をしていたが、他の者たちは切り傷程度で済んでいた。しかし、幌馬車を引いていた馬は四頭が犠牲になった。
イースが駐屯地から応援とともに戻ってくると、アルヴェインは彼らに引き継ぎ、ミナトの元にやってくる。
「立てそうか」
「……たぶん……」
「そうか」
ぼんやりとした返事に、アルヴェインは頷いた。しかし、それはミナトの言葉を受け入れたからではない。
すぐにアルヴェインは、ミナトを外套ごと横抱きに抱え上げる。
「アルヴェイン様!」
慌てて駆け寄ってきたのはイースだった。遅れてローデリクもやってくる。
「俺が付き添います」
「いや、お前は森を出た先のレーズウィル駐屯地へ走れ。駐屯地長に伝令。一名重傷。ほか軽傷者複数、体調不良者もいる。医師を待機させろ。到着次第、すぐに収容できるよう寝台を空けておけ。至急だ」
「……承知しました」
イースは少し納得しない様子で、自分の馬に戻る。
その様子を見ていたローデリクは、目を丸くして興味深げに顎に手を当てた。
視線を感じて、アルヴェインはローデリクを見る。
「何だ」
「わざわざあなたが運ぶのですか」
「問題があるか」
「いいえ。まあ、彼もそのほうが安心するでしょう」
「何が言いたい」
アルヴェインは眉間に皺を寄せる。
ローデリクはアルヴェインの問い掛けを無視して、両腕を差し出した。
「さ。お手伝いしますよ」
アルヴェインは目を細めて不満そうだったが、何も言わず、ローデリクにミナトを預けて白馬にまたがった。そして腕を伸ばし、改めてミナトを抱き上げる。
「軽すぎますね」
ローデリクがため息混じりに呟くと、アルヴェインはわずかに首を傾げた。
「骨と皮だ」
「情緒がないですよ」
「聞こえてます……」
ミナトが弱々しく割って入る。
アルヴェインとローデリクは顔を見合わせ、しかし謝らずに「もっと食べろ」「筋肉をつけろ」とだけ言った。
現在進行形で体調不良の相手に飯を食えだのと言うのもどうなんだと思いながら、ミナトは目を閉じる。
馬の揺れに身を任せながら、目を開けたり閉じたりを繰り返した。頭痛はだいぶ引いたが、身体には熱がこもっている。
少し視線を上げると、アルヴェインの顔が見えた。まっすぐに前を見据えている。
夕日に染まる空、石造りの見張り塔、門の前に立つ兵士たち。それらが夢の中の出来事のように過ぎていった。




