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17.文字列

 次に意識が浮上した時には、天井が見えた。

 見慣れない木組みの天井だ。節のある木目が、ぼやけた視界の中でゆっくりと形を現していく。

 しばらくそれを眺めてから、自分が寝台に寝かされていることに気づいた。柔らかな毛布の感触が素肌の手の甲に感じられる。かすかに干した草のような匂いがした。

「起きたか」

 声のした方を見ると、椅子に腰かけたイースがいた。

「ここ……」

「駐屯地だよ。森は抜けた」

 イースは安心したように息を吐く。

「一日経ってるぞ」

「一日……」

 思っていた以上に長く眠っていたらしい。身体を起こそうとすると、まだ少し力が入らなかった。起き上がろうと腕に力を込めても、寝具の上を滑ってしまう。

「無理するな。水と、食えそうなものもらってくる」

 イースはそう言って部屋を出ていく。

 扉が閉まると、部屋の中は急に静かになった。

 ミナトは枕に頭を沈め、深く息を吐く。

 窓から差し込む光は柔らかい。陽が傾きかけているのだろう。淡い金色の光が床板を斜めに照らし、空気の中に漂う小さな埃を白く浮き上がらせている。

 野盗に襲われたのが昨日のこととは思えなかった。

 遠い昔のような、ついさっきのような、不思議な感覚だ。

 目を閉じると、あの時の光景が浮かぶ。

 次から次へと飛び交う魔法。怒涛の勢いで押し寄せてくる文字列。

 頭の奥をこじ開けられるような痛みと、喉元までせり上がる吐き気。

――二度と味わいたくない。

 男たちの悲鳴、怒号、飛び散る血。目の前で人が傷つき、死んでいく。

 この世界の厳しい現実を突き付けられた。

 それでも、あの悲惨な状況の中で、自分について少しだけ分かったことがある。

 部分的でも文字の意味が理解できた。どれが攻撃魔法なのか、なんとなく判別できた。

 自分の頭の中に流れ込んでくる文字は、魔法の中身だ。

 やはり、魔法がプログラムなら、文字はソースコードに近い。そう考えると、ほんの少しだけ身近に感じられた。

 それがなぜ頭に流れ込んでくるのかは分からない。

 分からないけれど、少しだけ、役に立てた気がする。

 そして、その小さな手応えと同じくらい、胸を締め付けるような不安もあった。

 結果的に野盗は退治できた。けれど、被害は出ている。自分は余計な情報で混乱させてはいなかっただろうか。

 最初の土魔法の壁も、あそこで止まらなければ、もっと酷いことになっていたのかもしれない。頭ではそう思う。それでも、馬たちが地面に叩きつけられる光景が何度も浮かんだ。御者が転がる姿も、砕けた木板の音も、消えてくれない。

 もしかしたら。あれをしなければ。これをしなければ。

 考えても仕方のない後悔が浮かんでは消える。

 ぐるぐると思考を巡らせていると、イースが戻ってきた。

 扉を開けた反対の手に、大ぶりの木のお盆を持っている。その上には鉄製のコップと、木製のスープ皿が乗っていた。温かそうな湯気が細く立ち上っている。

 ミナトは考えるのを止め、上体を起こす。少しめまいがしたが、すぐにおさまった。

 イースはお盆をミナトに手渡すと、隣のベッドから毛布を持ってくる。それを折りたたんで、ミナトの背中の支えに入れてくれた。

「ありがとうございます」

「いいよ。食べれそうか?」

 ミナトはお盆を毛布越しに腿に乗せ、内容を見る。水と、スープ粥のようだ。

 スプーンを手に取り、粥をすくって口に運ぶ。

 コンソメスープに似た匂いが鼻をくすぐった。温かな液体と、舌でつぶれるほどに柔らかい米粒のようなものを飲み込むと、腹がぐうぅと鳴った。

「……」

「いけるな」

 ミナトは少し恥じらうが、イースは気にせず、むしろ喜んだように笑う。

「じゃ、俺はアルヴェイン様に報告してくるから」

「はい、ありがとうございます」

 イースは席を立つと、ポンとミナトの頭に軽く触れて部屋を後にした。

 それは世話役というより、保護者のようだった。

 一人になった部屋で、ミナトは黙々と粥を口に運ぶ。

 木のスプーンが皿の底に当たる小さな音だけが、静かな部屋に淡々と響く。

 思い出すのは、やはり戦闘のことだ。

 しかし今度は後悔ではなく、流れ込んできた文字列の中でひときわ美しいと思ったものに想いを馳せた。

 最中は頭痛と吐き気で考えている暇もなかったが、あれはアルヴェインのものだったはずだ。水を壁のように展開する魔法。無駄のない、シンプルな文字列。

 近くにいたから、より強く感じられたのかもしれない。それでも、あの美しさだけは確かだった。

 少なくとも、ミナトにとっては美しいソースコードと同じだった。

 一切の無駄がなく、難しい処理もシンプルにまとめられている。余白の配置すら計算され尽くしていて、必要なものが必要な場所に収まっている。読める者がいれば、きっと処理の流れを自然に追える。そんな美しさだった。

 あの魔法が、そもそもそういう美しさを持っていたのか、アルヴェイン独自のものなのかは分からない。

 それでも、ミナトはあの文字列に惹きつけられていた。

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