15.反撃
馬は森の道を駆けていた。
ミナトの頭痛は止まらない。明らかな攻撃性を持った文字列が、こちらを追っているのが分かった。
「狙われてる……!」
「駆け抜けろ! 物理防御魔法を展開!」
馬が通った直後、地面が槍のように突き上がる。
騎士たちはそれぞれに呪文を唱え始めた。
ミナトの頭に、大量の文字列が一気に流れ込んでくる。頭痛で景色が霞み、息が詰まる。胃がひっくり返りそうだ。馬の振動も辛い。昼飯を戻さないように口元を押さえる。
それでも、意識の中に折り重なる文字列から攻撃的なものを探す。今の自分にできるのは、これぐらいだった。
森の中から弓矢が降り注ぐ。展開された防御魔法がそれを弾く。
「火の、魔法がっ……前!」
なんとか声を振り絞る。アルヴェインはそれを聞き、瞬時に呪文を唱え始めた。
アルヴェインの腕が触れる場所から、熱い何かが身体の中に流れ込んでくる。まるで、アルヴェインの熱が血管を伝って全身を巡るようだ。
途切れそうになる意識の中で、ミナトはひときわ強く美しい文字列を見た。
進行方向から、炎の塊が先頭の馬に向かって飛んでくる。それと同時にアルヴェインの魔法が完成し、放たれた。
騎士たちはとっさに手綱を引き、炎の衝撃に備える。だが、前方に展開された水の壁が炎を受け止めた。ジュワァッという激しい音とともに、炎も水も水蒸気になって広がる。前方が熱い霧で覆われた。
急停止した馬たちが落ち着かずに頭を振る。騎士たちがそれを宥める。
アルヴェインも馬を止めていた。
そして腕の中のミナトを見下ろす。
ミナトの心臓の鼓動が早いことも、呼吸が荒いことも、腕を通して伝わっているのだろう。アルヴェインの表情が曇る。
「すまない」
「んう、う……」
しかしミナトは何も返すことができず、呻き声しか出なかった。それでも生存確認程度にはなったかもしれない。
「そいつを渡してもらおうか」
道脇の茂みが鳴り、武装した男たちが出てくる。アルヴェインに向けて、いくつもの刃が向けられた。他の騎士たちにも、二人ずつが刃を向けている。
野盗だ。かなりの人数がいる。そして、明らかに連携が取れていた。
「何故だ」
アルヴェインは険しい表情で、発言した男をにらみつける。男はニヤニヤと意図ありげな笑みを浮かべていた。
「軍用の馬車に擬態しても俺たちの目は誤魔化されない。そいつは貴族様だろ」
「一般人だ。身代金は望めないぞ」
「一般人ね。仮にそうだったとしても、売り捌けばいい。珍しい黒髪だ。顔も悪くない。男ってのは減点だが、そういうのが好きな客もいる」
「下衆が」
ペラペラと喋る男に、アルヴェインが吐き捨てる。その声音は低く抑えられていたが、静かな怒気を孕んでいた。
男たちはゲラゲラと笑う。
ミナトはうまく回らない思考の中でも、自分のことを言われているのは分かっていた。それでもどこか、言葉が浮いて聞こえる。理解する気力がなかった、というのが正しいか。
そのぼんやりとした意識の中で、また文字列を感じた。
少し離れた場所から。風の魔法だ。大規模範囲だが、攻撃的なものではない。器用にも対象を絞っていることが分かった。だから時間がかかっているのか。
そういえば、ローデリクがいなかった。
「ローデリクさん……」
ミナトはぽつりと呟いた。
アルヴェインの腕に力がこもる。
次の瞬間、ゴオッという轟音とともに猛烈な風が沸き立った。
「なに!?」
男たちは不意打ちの強風に煽られ、完全に体勢を崩した。武器を落とす者もいた。
そのタイミングで、アルヴェインたちが剣を抜く。風が止むと、間髪入れずに野盗たちへ斬りかかった。
「アルヴェイン様!」
ローデリクが前方から馬に乗って現れ、加勢する。
ミナトには、何が起きたのかを追い切れなかった。
瞬く間に、野盗たちは制圧された。
縛られた野盗はまとめて繋がれ、一箇所に集められた。人数にして十人。ほとんどが負傷者で、騎士の一人が治癒魔法をかけていた。応急処置のようで、出血は止まっても傷そのものは赤々と残っていた。
死亡した野盗たちの遺体は傍に並べられて布がかけられている。地面は彼らの血で赤く染まっていた。
ミナトは馬上でアルヴェインの片腕に抱えられたまま、その光景をぼんやりと視界に入れていた。
目の前で人が死んだ。
自分を抱えている人間が、周りの人間が、叩きつけるように剣を振るって斬りつけた。血が飛び、悲鳴が聞こえた。
ミナトは率直に、怖いと思った。
平和な世界では想像したこともない光景だった。
彼らはずっと、この現実の中に生きている。殺さなければ殺される世界。
この世界のことが怖かった。




