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14.奇襲

「夕刻までに森を抜ける。野盗に十分注意しろ」

 早朝、出立前に、ローデリクが注意喚起をした。

 野盗、という響きが、胸の中でじわりと重くなる。もし騎士たちの集団をわざわざ襲うような相手なら、ただの行き当たりばったりではないはずだ。

 周りの空気もピリッと張り詰めた。イースも少し緊張した面持ちでいる。

「出発する」

 アルヴェインが静かに、しかしよく響く声で号令をかける。

 馬車が動き出すと、ミナトは荷物の間に体を収めた。なんとなく、昨日までのように景色を眺める気分にはなれなかった。


 一行は少し早い昼休憩の後、森に入った。木々の葉が陽の光を遮り、空気が少し暗く、湿っぽいものに変わる。

 ミナトは定位置に座ったまま、開かれた幌の間から後ろを眺めていた。

 視界にはアルヴェインだけが見える。ローデリクとイースも、幌で見えない場所にいるだろう。

 馬車の車輪が鳴らす音、馬の蹄の音、金属が重なって鳴る音。鳥たちのさえずり、風に揺れた葉が擦れ合う音。たくさんの音があるのに、人の話し声は聞こえない。

 森の中の道を進んで、しばらく後。

「ん……?」

 うっすらと、文字が頭と視界にちらつく。

 誰かが魔法を使っている。

 この隊の人間は、アルヴェインの許可なく魔法を使ったりはしない。野盗、という言葉が脳裏をよぎった。

 ミナトは慌てて荷台の後方へ這い寄る。

 アルヴェインとイースが何事かと、ミナトを見る。そこにローデリクはいなかった。

「あのっ、魔法がっ」

「何?」

 うまく言葉が出ない。

 文字列が、視界の奥で急に輪郭を持つ。読めないはずの文字なのに、意味だけが頭に刺さる。

 土。壁。隆起。加速。

 ズキン、と遅れて頭痛が走る。

「土の壁が来ます!」

「確かか」

「分かりません、でも、来るんです!」

 アルヴェインの表情が変わった。

「総員止まれ!」

 突然の号令に、騎士たちは即座に手綱を引く。馬たちが嘶き、車輪が軋んだ。

 次の瞬間。

 ドオン、という激しい音とともに地面が揺れる。馬車を引く馬の目の前で地面が隆起し、一気に壁が立ち上がった。

 止まりきれていなかった馬たちは壁にぶつかり、先頭の一頭は隆起に顎を打って倒れ込んだ。馬たちが悲鳴のように嘶き、暴れる。御者が手綱を引き、声をかけて落ち着かせようとした。

 馬車も大きく揺れ、ミナトは慌てて縁にしがみつく。

 その時、道の脇の茂みが揺れた。

 革鎧を着た男が二人、木の陰から姿を見せる。さらに奥にも人影があった。弓を構えた者。短剣を抜いた者。倒れた馬と馬車を値踏みするように見ている者。

 野盗だ。

 ミナトが息を呑むより早く、アルヴェインの声が飛んだ。

「来い!」

 アルヴェインが声を上げ、ミナトに向けて手を差し出した。

 ミナトは余韻のような頭痛に顔をしかめながらも、荷台から飛び降りる。よろけながら、なんとかアルヴェインの横に駆け寄った。

 土の壁という一つの魔法は収束したのに、まだ文字が流れ込んでくる。読もうとすると、吐き気がこみ上げた。

 アルヴェインはミナト側の足を(あぶみ)から外した。

「乗れ」

「の、乗る……!?」

 迷った素振りを見せた瞬間、アルヴェインは鐙に足を戻し、ミナトの肩口を掴んだ。

 刹那、すぐ近くで金属のぶつかる音がした。騎士の一人が、馬車に取りつこうとした野盗を剣の柄で殴り倒す。弓の音が続き、馬がまた大きく嘶いた。

 ミナトは悲鳴を上げる間もなく、鞍の前に放り上げられる。アルヴェインはすぐさま両脇に手を差し込んできて、後ろへ引き上げた。

「跨げ!」

「は、はいっ」

 持ち上げられたまま馬を跨ぐ。情けなくも、なんとか騎乗できた。手を離されたので、思わず馬の首にしがみつく。

「手綱の邪魔だ」

 アルヴェインの片腕がミナトの胸に回り、馬から引き離す。

「あっ、ま、まだ終わってないです……!」

 ミナトは頭痛に耐えながら、声を絞り出した。

「次が――」

 その瞬間、ドオンという音と地響きが響いた。馬たちが土の壁に吹き飛ばされ、馬車が完全に横転する。

「あ……」

 馬の悲鳴が聞こえる。木材が軋み、車輪が砕け、荷物が辺りに散乱していく。

 さっきまで自分を運んでくれていた馬たちが地面に叩きつけられ、もがいている。

 自分の報告が遅かった。ひどい後悔が胸を押し潰す。

 道の脇から飛び出した野盗たちが、横転した馬車へ走った。散らばった荷へ手を伸ばす。さらに奥から弓が鳴り、矢が馬車の側板に突き立つ。

 御者が馬車から放り出され、地面を転がっていた。

 それが目に入り、助けなければ、と思った瞬間、アルヴェインの声が空気を震わせる。

「カボン! 馬に乗れ! 総員、全速前進! 荷は捨ておけ!」

 アルヴェインは片腕にミナトを抱き込み、もう片方で手綱を短く握り締めて馬の腹を蹴る。

 吹き飛ばされていた御者はよろよろと起き上がった。近くに駆け寄った騎士が、飛んできた矢を盾で弾きながら御者の腕を掴み、替えの馬へ押し上げる。

 野盗たちを別の騎士が馬上から牽制した。剣が振るわれ、男たちが慌てて後ろへ飛び退く。

 全員が馬車を捨て、土の壁を避け、馬で駆け出す。アルヴェインの馬は先頭の四頭に続いた。


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