13.期待と責務 -責務-
アルヴェインのいる部屋は広かった。中央に大きな机があり、アルヴェインはそこで書類に目を通していたところだった。団長ともなれば、書類仕事も多いのだろう。
机の上には書類と数冊の本、地図などが整然と並んでいる。
壁際には本棚があり、窓際には大きなベッドがあった。執務室兼寝室なのだろう。ミナトたちの部屋とは、同じ兵舎の中とは思えないほど差があった。
「お時間をいただき、ありがとうございました。失礼いたします」
イースは頭を下げて、踵を返した。そして、ミナトに向かってバツが悪そうに小さく肩をすくめる。
その仕草が目に入ったのか、アルヴェインは書類を机に置いた。
「イース」
「はい!」
低い声で名前を呼ばれ、イースは振り返って姿勢を正す。
アルヴェインは肘をついて指を組んだ。
「少し入れ込みすぎだ」
「そのようなことはありません」
「ある」
ぐ、と、イースは喉を鳴らす。力強い肯定に反論できない。
思い返せば、いや、今この時点でも、そう言われても仕方ないという自覚はあった。
アルヴェインはミナトを見る。
「ミナト」
名前を呼ばれ、心臓が跳ねる。
「はい」
「私はお前を危険人物だと判断している」
「……はい」
アルヴェインの口から言われると、気が引き締まった。改めて、自分の立場をわきまえる必要があることが分かる。
「お前を監査局に届けるのが私の責務だ。イースがいようとも、町に出ることは許さない」
「はい」
ミナトは俯く。そこにイースが割って入った。
「俺が、町に行こうと言ったんです。ミナトは何も言っていません」
「イース」
「はっ!」
イースは姿勢を正す。アルヴェインは目を細め、ため息をついた。
「それが問題だ。町に行こうと誘うことも、今、こうして庇うこともだ」
「申し訳ありません、しかし」
「イース。私がお前を世話役から下ろす前に口を閉じろ」
「……!」
イースは悔しげに唇を噛み、口を閉じた。その表情をじっと見つめながら、アルヴェインは冷静な声色で続ける。
「私は彼の能力を危険だと思っている。しかし、彼自身を敵だとは思っていない。協力的で、こちらの指示にも従っている。だからこそ身体的な拘束をしていないし、水浴びも許可した。分かるな?」
アルヴェインの言葉に、イースは静かに頷く。
「我々の目が届く範囲なら自由にしていい。だが、町は駄目だ。目の届く範囲ではないし、魔法がそこら中にある。ミナトにとっても危険だ」
言い聞かせるように、一つ一つ言葉を積み重ねるアルヴェインの声は静かだ。イースは深く頭を下げる。
「自分の責務と状況を理解しておりませんでした。申し訳ありませんでした」
「ああ」
アルヴェインは慰めもせず、肯定だけして、再び書類を手に取る。話は終わりだとでも言うように。
「失礼します」
「失礼しました」
イースは厳しい表情で踵を返す。ミナトもそれを追った。
「イース」
部屋のドアを開けた時、アルヴェインが声をかけてきた。二人は足を止めて振り返る。
「駐屯地内なら好きにしていい。中庭なら気分転換にもなるだろう」
「……! はい! ありがとうございます!」
イースの表情が明るくなる。
ミナトも、胸の中で何かがほどけるような感覚があった。
建物に囲まれた中庭は、外から見た駐屯地の印象とはまるで違っていた。
中央には丸い石造りの噴水があり、水が静かな音を立てながら流れ落ちている。夕暮れの光を受けて、水面が淡くきらめいていた。
噴水の周囲には低い花壇が設けられている。赤や黄、紫の花弁が風に揺れ、小さな白い花が地面を彩るように咲いていた。
石畳の小道は花壇の間を縫うように伸び、所々に若木が植えられていた。枝葉はまだ大きくないが、木陰を作るには十分だ。
木の下には木製の長椅子がいくつか置かれていた。装飾は少ないが、角が丸く削られていて座り心地は悪くない。
イースとミナトはそこに並んで座る。
「悪かった。あんたまでアルヴェイン様に怒られて」
「いいえ。ちゃんと叱られるの、何だか久しぶりで」
申し訳なさそうなイースに対して、ミナトは少し嬉しそうだった。イースは怪訝な表情でミナトを見る。
「なんで機嫌がいいんだ?」
「アルヴェインさんって、理想的な上司だと思って」
「理想的な上司ぃ?」
イースは顔をしかめる。ミナトは楽しそうにクスクス笑った。
「判断が早くて、感情で動かなくて、説明してくれて、責任を取ってくれて、代替案まで出してくれる」
「あ、あー? それは、そうかも?」
イースは空を見上げて、首をひねる。
「考えたことなかったな。上司はあの人しかいなかったし」
「俺の上司もアルヴェインさんみたいだったら良かった」
ミナトは会社のことを思い出してため息をつく。いつものらりくらりと責任を逃れて、最終的な尻拭いを部下に押し付けてくる上司。今は少し懐かしくも思う。
「まあ、怖いけどな」
「怖かったですね……」
二人は先程のやり取りを思い出して、遠い空を仰ぐ。
夕暮れが近づく空に、薄い雲が流れていく。




