12.期待と責務 -期待-
案内された部屋は兵舎の一角にあった。
木製の扉を開けると、ひんやりとした空気が流れ出てくる。
広さはそれほどないが、大人二人が一晩過ごすだけなら十分だった。壁も床も木で、余計な装飾は見当たらない。窓は一つだけ。差し込む陽光が、室内を静かに照らしている。
壁際には小さな机と椅子が置かれ、反対側には簡素なベッドが二つ並んでいた。藁を詰めたマットレスの上には清潔な麻布のシーツが敷かれ、薄い毛布が畳まれている。荷台に比べれば雲泥の差だ。
窓の外からは人の話し声や馬のいななきがかすかに聞こえてくる。だが兵舎の中は静かで、厚い壁のおかげか騒がしさは感じない。
イースが何も言わず出口側のベッドに腰掛けるので、ミナトは奥側のベッドに腰掛けた。
二人とも、支給された軽装に着替えていた。
ミナトは駐屯地内の一番小さいサイズを借りたが、それでも明らかに大きかった。
生成りの麻のシャツは肩が余り、本来ならイースのように肘を隠す程度の袖も、ミナトが着れば手首近くまで下がる。胸元は大きく開き、革紐で編み上げられていたが、きつめに締めてどうにか形を整えている。
ズボンもまた緩かった。借りたベルトを一番奥の穴まで締めても心許ないので、結局は紐でくくって、ずれないようにするしかなかった。
その姿に、イースどころか初対面だった兵士にも「たくさん食えよ」などと言われてしまった。
ミナトが「一般人と鍛えている兵士を同じ指標で考えるのは違うと思います」と主張しても、彼らは優しく微笑むだけだった。
「明日は森に入るからな。あんまり整備されてないし、どう足掻いても尻が痛くなるぞ」
「あと三日ぐらいですか」
「ああ。それぐらいだな」
ここが折り返し地点のようだ。三日後にはイースともお別れだ。ミナトは膝の上で指を組んだ。
不安と、少しの寂しさを抱えたまま、未来のことを考える。
「魔導監査局って、どんな場所なんですか?」
先日も似たような質問をしたが、その時は答えてもらう前にイースはいなくなってしまった。今ならゆっくり聞けそうだ。
「どんなって……魔法を管理、研究する場所ってぐらいしか知らないな」
「管理と研究って、具体的には?」
「そのまんまだよ」
イースはベッドに寝転がり、腕を枕にする。
「魔法を使う登録をしたり、危ない魔法を調べたり、新しい魔法を研究したりだな」
「登録?」
「魔法を使えるようになったら監査局に届け出る。魔力の量とか、どういう魔法が得意かとか、そういう情報を記録するんだ」
ミナトは少し首を傾げた。
「免許とか資格みたいなものですか?」
「そこまでかしこまったものでもないんだが……そもそも日常魔法は皆使うからな。ほとんどは小さいうちに親が届け出るから、結果的に国民の情報が集まる。その管理って感じだな」
本来の目的は別にあるが、状況としては戸籍みたいなもののようだ。ミナトは管理という意味を理解し、納得する。
「それで、研究っていうのは?」
「研究なぁ……」
イースは考えるように視線を天井へ向ける。
「珍しい魔法とか変な現象とかは何でも調べるってぐらいしか知らないな。魔法陣が暴走したとか、新しい呪文が見つかったとか」
「じゃあ、俺も研究対象ってことですね……」
「いや、どうかな。アルヴェイン様はあんたの症状は聞いたことがあるって言ってたし、監査局ならすでにそういうのを把握してることかもしれないだろ。魔法に干渉するってやつもさ」
「そう……」
「それなら、どうすれば安全かも分かるわけだし、今まで通り普通に暮らせるって」
イースは明るく励ましてくれる。
だが、その言葉がミナトの胸に重くのしかかった。
今まで通り、という言葉。
この世界のどこにも、ミナトにとっての『今まで通り』はない。
ミナトと同じ症状の人というのが、同じように異なる世界からこの世界に来た人であるなら、もしくは――。
黙り込んでしまったミナトの横顔を見て、イースは自分の発言が良くなかったことに気づいたように息をつく。
「今は考えるのは止めとこうぜ。答えなんて出てこないんだからさ」
「ん……そう、ですね……」
イースの言う通りだ。想像を巡らせたところで正解はない。
それでも、思考が勝手に動いていく。
元の世界に戻れるだろうか。仕事はどうなっているだろうか。
無断欠勤が続けば、実家にも連絡が行くだろう。心配するだろうか。それとも憤慨するだろうか。勝手に家を出たうえに、今度は行方不明だと連絡が来て、また迷惑を――
「よし!」
イースは勢いよく身を起こし、パンッと手を打った。
「夕飯まで時間がある。町に行くぞ」
「駄目だ」
「……そうですか……」
アルヴェインの部屋をイースと訪れ、町へ行く許可を得ようとしたが、即答で却下された。イースは眉を下げる。
なんてスピーディーな展開だろうと、ミナトは少し感心した。




