10.川辺の休憩 -勘違い-
頭まで水をかぶり、服も身体も洗って川から上がると、鎧を着ていない騎士がミナトから洗濯物を受け取った。
「それも脱いでください」
スーツパンツを指され、ミナトは借りた布を腰に巻いて、その下で脱ぐ。
「器用だな」
隣でイースが感心している。
最後に下着も布の下で脱いで渡すと、騎士は小首を傾げた。ただのボクサーパンツだったが、この世界では馴染みがない形なのだろう。
騎士が離れるとイースもついて行こうとしたが、ミナトのことを思い出して足を止めた。魔法に近づけないミナトを連れて行くことはできない。
「あー。どうするかな」
「あ……」
ミナトは返事に詰まり、目を伏せた。
またしても迷惑をかけている。謝るばかりでも、それはそれで申し訳ない。
「お前は行け」
不意に、横から声がかかる。ローデリクが立っていた。イースに言っているようだ。
「しかし」
「監視なら私がついている。さっさと乾燥させて戻って来るんだ」
「承知しました。ありがとうございます」
イースは姿勢を正して頭を下げると、ミナトを一瞬だけ見てから騎士の後を追った。
残されたミナトに、一気に緊張感が押し寄せる。ローデリクを前に、腰に布一枚だけというのはあまりにも心もとない。そんな気温ではないのに、じわりと寒さを感じた。
ミナトはローデリクに背を向け、布を肩にかけ直して身を包む。そしてすぐ近くの丸い大きな石に腰掛けた。大きな布なので、体育座りをすれば全身を隠すことができる。
ローデリクはミナトの斜め後ろに立った。姿は見えないのに、そこにいることだけははっきりと伝わってくる存在感だ。
川はさらさらと流れ、水面はきらきらと光っている。空は青く、遠くには緑の丘が見えた。のどかな風景なのに、背後だけが怖い。
「あの……」
沈黙に耐えかねて、ミナトはローデリクを振り向く。ローデリクはずっとこちらを見ていたようで、すぐに目が合った。
「すみません、監視役をさせてしまって……」
「お前はイースにも同じことを言ったのか?」
「あっ、いえ、言っていないですね……」
イースは世話役と言っていたが、やはり監視役も兼ねていたようだ。ローデリクの言う通り、それについて謝ったことはない。
またしても沈黙が落ちる。ミナトは川に視線を戻した。気まずすぎる。
背後で、ローデリクが大きく息を吐く音が聞こえた。
「……仕事だ。イースも私もな」
「仕事……」
イースは気さくに話しかけてくれているが、それも仕事だからなのだろうか。
気にするな、という意味だったのかもしれない。けれど、そう言われると少しだけ寂しかった。
その時、不意に残像のような文字が頭の中に入り込んでくる。文字をはっきり読むことは出来ないが、その代わりに頭痛は起きないし、吐き気も無い。
普通に生活していたら気づかないレベルかもしれない。何が記されているのだろうかと、意識を向ける。
「具合は問題ないのか」
「えっ、あ、はい。今は何とも」
突然話しかけられて振り返る。ローデリクは川上の方を見ていた。
「なるほど。これぐらいの距離なら問題ないのか」
同じ方を見ると、遠くにイースたちの姿があった。顔の判別がギリギリできる程度の距離だ。騎士の手元から風が発生しているようで、前に立つイースの髪が逆立っている。
文字はあの魔法のものだったようだ。
「共有しておく」
「お願いします……」
新しい発見だった。もっと離れれば、文字の影響も無くなるだろう。これで不自由を強いられる人が減ると思うと、少し気持ちが軽くなる。
「それにしても」
ローデリクがミナトに視線を戻していた。
「痩せ過ぎではないか」
「ええっ?」
まさかローデリクからそんな話が出るとは思いもしなかった。思わず大きな声が出てしまい、慌てて振り返る。
「肋骨が浮いていた」
「あ、え……」
布一枚だけ羽織った自分の身体を見下ろす。見られていたのか、と、じわりと恥ずかしくなった。しかしローデリクはあくまでも真顔だ。
「お前と同じぐらいの息子がいるが、もっと肉がついている」
ミナトは目を丸くする。この相手から身の上話が出てくるとは思っていなかった。息子と重ねてミナトのことを心配しているようにも見える。
「そうなんですか……息子さんがいらっしゃるんですね」
「ああ。十九になる」
「十九……」
一瞬、考えた。自分と同じぐらいの息子が、十九歳。
明らかに誤解をされている。
「あの、俺、二十八歳で……」
「………」
沈黙。ローデリクは無言のままミナトを見下ろし、しばらくして、無表情のまま「そうか」と呟いた。
「ならばもっと筋肉をつけろ」
「はい……」
十九歳の息子と同じぐらいだと思われていた事実に、顔に熱が集まるのを感じながら頷いた。童顔だと言われたことはあるが、そこまで下に見られるとは思わなかった。
ローデリクの意外な一面を見た後は、イースが戻ってくるまで静かな沈黙が続いた。




