09.川辺の休憩 -お節介-
昼過ぎ。
街道を外れた先で、隊列が止まった。いつものような整えられた広場ではなく、草が踏み固められただけの開けた場所だ。
近くには川が流れている。幅はそれほど広くないが、水は底の石が見えるほど澄んでいて、昼の日差しを細かく弾いて輝いていた。
「休憩だ」
誰かの声が上がる。騎士たちは慣れた様子で馬から降り始めた。
ミナトは幌馬車から顔を出す。
「着いたぞ」
イースが荷台の横から声をかけてくる。
「ありがとうございます」
自然に、差し出された手を借りて地面へ降りる。昨日ほどではないが、まだ身体は少し重かった。
「食事の時間までに、俺たちはあっちだ」
イースは川の方を親指で示した。
「水浴びするぞ」
「水浴び?」
「ずっとその格好のままだろ」
言われて自分の服を見る。スーツで森を転げ、馬車に揺られ続けていた。土埃もついているし、汗の匂いも気になる。
「あの……すみません、着替えは貸してもらえるんでしょうか」
「乾かす魔法で……あー……」
イースはミナトを見下ろしたまま、バツが悪そうに眉をひそめた。
「乾くまでは布でも羽織ってるしかないか」
「すみません……」
「そういう体質なら仕方ないって」
どうしようもないことではある。アルヴェインも謝る必要はないと言ってくれた。それでも、気を使わせてしまうことへの後ろめたさは消えない。
イースは荷台に登り、荷物の中から大きいタオル生地の布を引っ張り出してミナトに差し出した。
「乾かしてる間はこれでも羽織ってな」
「ありがとうございます」
ミナトが布を受け取ると、イースは荷台から下りる。
「あなたの分は」
「俺は丸ごと乾かしてもらうから」
「なるほど」
服だけを乾かすものだと思っていたが、どうやら着たままでもどうにかできるらしい。
二人で川縁へ向かう。岸には大小の石が転がり、浅瀬を流れる水が日差しを受けてちらちらと光っていた。
すでに二人の騎士が鎧を脱ぎ、上着も脱いで水の中に入っていた。水は太もも辺りまでの深さがある。バシャバシャと上着を洗っている二人の身体は立派な筋肉に覆われ、傷だらけだった。
「あいつら汚いからな。少し上流にしよう」
そう言いながら、イースは自分の鎧の留め具を外し始めた。
ミナトは周りを見渡す。遮るもののない川辺で、離れた場所では騎士たちが平然と作業を続けている。
ここで一人だけ躊躇っている方が、かえって目立ちそうだった。
意を決し、ミナトもジャケットを脱ぐ。それを岩の上に置き、ワイシャツのボタンを外す。ジャケットは普通に乾かせるのだろうか、傷まないだろうかなどと考えながら、ワイシャツを脱いでワイドネックのインナー姿になった。
「おまっ、痩せすぎだろ」
イースが素っ頓狂な声を上げた。ミナトはびくりと肩を震わせる。
目を丸くして、イースがミナトの身体を見ていた。ミナトも自分の身体を見下ろす。確かに細くはあるが、痩せすぎだと思ったことはない。
「普通の人はこんなものですよ」
「普通ってなぁ」
イースは呆れたように言う。イースも立派な筋肉を備え、傷痕だらけだった。自分だけでなく周りもそんな人間ばかりなのだから、感覚が麻痺しているに違いない。ミナトは不満げに口を尖らせる。
「あなたたちと一緒にされても困ります」
「それにしてもだろ」
イースはブツブツ言いながら、脱いだ上着を持って水に入っていく。先にいた騎士たちより少し上流だ。流れを見て、洗い水が被らないようにはしている。
ミナトもインナーを脱ぎ、ベルトだけ外し、靴を脱ぐ。そしてベルトと靴以外の脱いだものを抱えてイースの後を追う。
横に並ぶと、イースが服を洗いながらジロジロと見てくる。
「いや、やっぱり細いっていうか! 肋骨浮いてるじゃねえか」
「見なくていいです!」
別に見栄を張りたいわけではないが、身体を見られて細い細いと言われるのは普通に不愉快だった。
ミナトはイースの視線を意識的に無視し、他の人たちに倣って上着を洗い始める。
ふと自分の身体を見下ろすと、腹にも胸にも筋肉らしきものは無い。そんなことは分かっていた。
肋骨と言われていたので、そろっと胸の下あたりを指先でなぞってみる。デコボコの肋骨の形状がダイレクトに指先に伝わってきた。
「肋骨……」
「ほらぁ」
イースはミナトの呟きを聞き逃さず、呆れ顔だ。
「ここでは食い物に困らないからな」
「食べ物に困っていたわけでは……」
イースは何やら誤解をしているようだ。
しかし、考えてみれば、食生活は最低限どころか最低だった。会社で過ごす時間が長かったため、コンビニのサンドイッチや菓子パンで済ませることがほとんどだった。一日一食や、何も食べないという日もあった。
うまく反論できず、服を洗うことに集中する。
イースは「安心してたくさん食えよ」と、まるで子供を見守る親のように呟いた。その言葉には、からかいよりも心配の色が濃かった。




