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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
断章3.希
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希

約4年半ぶりの更新みたいです。

本話(断章3)の大方は以前にできており、勢いで加筆しました。

曖昧な記憶を頼りにその時々の情緒に任せて不定期更新を再開します。

何分過去の着想から作り出したものなので、話の作りは粗く、引き返さない為に文章も粗くなるかと。


もしよろしければ、小説家になろうへの投稿以外の活動につきまして以下URLよりご参照ください。こっちも現状は細々なのですが。

URL:https://torinakorann.com/

「プラット、すまない。逃してしまったようだ」


屈強な男はこうべを垂れる。僕みたいな柔な男に、このような人が真剣に謝るというのは、どこか面白かった。面白がっている状況ではないのに。


「そうですか。……残念ですが、仕方ありません。組織の規模は大きくなりましたし、人員を割きます。顔を知っている人を追手に送りましょう。ネイハムさん、お疲れ様でした」

「わかった。……悪いな。足止めの野郎に少し苦戦した。歯牙にもかけていなかったんだが、なかなかやるやつだ」

「アヴァとブラムの幼馴染らしいですからね。彼にも何か特別な力があるのかもしれません」


アヴァは死者を蘇らせる異様な力を、ブラムは年の割には優れた戦闘能力、それに殺気のこもった目つきを持っていた。

同じ出身地だと言うのなら、何か同じ源泉があってもおかしくはない。


「いや、ブラムは凡人だ。アヴァの力は人智の及ばぬ何かだが、ブラムは人並みの努力をしてきただけだ。それはわかる。あのオッドとかいうのも同じだ」


ネイハムの見立ては信用している。彼が言うのなら、その通りなのだろう。であれば、やはり彼女だけが特別だったのだ。


「そうですか。……真面目な子たちだったんですね」

「まあな。それで、足止め野郎の処遇はどうするんだ?」

「彼は人質にします。もしかしたら、アヴァ達がどこへ行ったのか知っているかもしれませんし、懐柔出来ればとも思いますが、難しいでしょうね」


僕たちの預かり知らない絆があるのは確実だ。それが一朝一夕でできる様なものであったなら些事だったが、あいにく、現状からはそう判断できない。


「そうだな。信者とはまた違う意思の硬さがありそうだった。俺たちは、あいつらのことを何一つ知らなかったが、一体なにがあったんだろうな」

「さあ。僕たちには、それを知る必要がありませんでしたから。何一つ、知ることはなかったですね。……聞きたいこともあったのですが」


アヴァが持っていたという首飾り。見覚えのあるそれを、彼女はどこで手に入れたのだろうか。


「聞きたいこと?そりゃ、なんだ?」

「いつか、お話しますね。今は、被害状況の確認と、負傷者の回復を優先しなければなりません」

「ああ、そうだな。優先はそっちだ。第一戦は退けたが、俺たちの戦いはこれからが始まりだからな」

「ええ。アヴァを失ってしまったのは痛手ですが、今更止まるわけにはいきません。叛逆の時です」


まずは、復興から始めて、それにも金と人員が必要になる。今回の戦いで味方に引き込めそうな騎士も増えた。すぐにとはいかないが、戦力の差は埋められたはずだ。


「叛逆の時か。あのお方は無事だろうか」

「どうでしょう。しかし、枢機卿らもおいそれとは手を出せないはずです。無事を祈りましょう」


両手を合わせると、ネイハムは鼻で笑った。特に不快感はなかったが、彼の方に目を向ける。


「枢機卿に逆らおうってのに祈るなんてのも皮肉な話だな。じゃ、俺は見知った顔触れが無事か確認してくる。それに、足止めしてた、オッド。ヤツとも話がしたい。行ってくる」

「わかりました。お気をつけて」


ネイハムが部屋の外に出て行くと、体を思い切り椅子に預けた。これまで必死に慎重に、この組織を大きくしようとしてきたが、今回の騒動とアヴァ達の逃げ出しで、一気に疲れが来てしまった。しばらくは、動き回るのも避けたい。

まあ、そうも言ってられないのだが。報告が来るまで、少し休むか。

そして、視界を闇に閉ざす。すると、ジクジクとした痛みとともに、まぶたの裏に赤い髪の少女が浮かび上がる。

エフィー、君は今、どこで何をしているのだろうか。……生きて……いるのだろうか……。


***


ずっと忘れられないでいることがある。赤い髪の少女、彼女が今の僕を形作ったと言っても過言ではない。


当然のことだが、僕は幼い頃から両親を見て育った。壁の内側の世界しか知らず、この中にある価値観こそがこの世界の全てであった。

壁一つ挟んだ外では、病に喘ぎ貧困を嘆き、それらを忘れるために悦楽へ走る、そんな劣悪な環境下が広がっているとは思ってもみなかった。

いや、情報としては知っていたのだ。しかしそれは、子供を脅すための恐怖譚のように語られ、壁の内側の子供たちは、外側に広がる世界を恐れることしか出来なかった。


僕の両親、延いては大人たちも、そのようにして育ったのだろう。そして、今いる環境を失わないために、子供たちに行かせないために、ある種の親心、思いやりのようなつもりでいたに違いない。


だからこそ、エフィーという少女は不思議だった。


彼女に初めて会ったのは、散歩をしていた帰り道。外の世界では快楽こそが娯楽になっても、内側ではそれほどの娯楽もなく、散歩のような軽い運動や読書が、子供たちに与えられたささやかな娯楽であった。


「なんで価格が違うのよ!」


歩いていると大きな声が聞こえて、僕はその出元であるお店に入ってみた。


「お嬢ちゃん、悪いがこういう定めなんだよ。諦めてくれんかな」

「だって、男か女かだけで値段が違うなんておかしいわよ!」

「そうは言われても決まりだからねえ」


お菓子を持った少女が、店主と思われるおじさんに詰め寄っていた。それだけで状況は掴めた。


この国には内側と外側がある。そして、内側の世界では徹底的な男尊女卑が横行していた。それが影響してか、多くの店は品物の値段を男性には適正に、女性には高めに販売する様にしていた。


女性が店を継ぐことは「出来ない」、それが転じて「させない」為の決まりがいつの間にか出来ていたのだろう。それは自然にまかり通っていた。


僕ですら、女性を貶め男性を高める様なその考えには嫌悪感があっても、その決まり自体は仕方ないものだ、という考えを持っていた。いや、子供心に教育、洗脳されていた、とでも言い換えるべきか。


「なら、君からお金を借りて僕が買うよ。それなら問題ないですよね」


丸く収まる利口な提案だと考えてそう言ってみたのだが、何故か店主ではなく彼女が納得しなかった。


「私はね、この品物を安く買いたいってわけじゃないの。男女で値段が違う事がおかしいって言ってるの!問題を見失わないでくれる?」

「だけど、そういうものじゃないか。そうしているのはここの店主さんだけじゃないのに、店主さんを責めるのは可哀想だよ」

「そんなのわかってる。でも、問題を問題として認識しなければ、解決に繋がるはずがないの。だから、私はこの人が私に適切な価格で販売してくれるまで、納得しないわ」


なんともまあ屁理屈を述べるものだと、僕はいっそ感心してしまったし、店主は一層困った表情を浮かべていた。

確かに彼女の言っている事は最もな事の様に思えたけれど、その方法が適切なのかは疑問だ。その場で店主が男女平等に同じ値段で売ったから問題を認識、解決したとは言い難い。だから、屁理屈だと思った。


「それにね、今あなたが私からお金を借りて適正な値段で購入したとする。でも、次からはどうするの?いつでもあなたが近くにいるの?そんなのお断りよ。どうして買い物を1人で自由に出来ないの?おかしいわ」


そこまで言われると、僕も返す言葉がなくなった。彼女が意地だけで言っているのではなく、きちんと考えた上で行なっているというのが理解できたからだ。


ただ、彼女には力が無かったんだ。おかしなものをおかしいと捉えて逆らわなければならない。そう思い至ることは出来ても、その手段がなかった。

だから彼女はお店の前で喚くしか出来ない。それが合理的ではないと理解していても。


「なら、先延ばしにするだけだとは思うけど、今日のところは僕に買わせてくれないかな。そして、少し君と話がしたい」


提案の内容はさっきと変わらない。ただ、次は遠くに見える衛兵の方に視線をやった。

察しの良い彼女は理解してくれた様で、渋々ながらも僕にお金を渡す。


「面倒を掛けてすみません」


店主に謝罪の言葉を掛けながらお金を渡すと、何も返事はなく、気の毒そうな表情と商品だけが返ってきた。


「さあ、行こうか」

「どこへ?」

「話をできる場所へ」


僕は彼女を自宅に招き、そして、彼女の名前を聞いた。

エフィー。赤髪が特徴の少女。

僕から見て、彼女は利発で、誤ったことは誤っていると指摘する事を恐れない人で、憧れを抱く対象であった。


望まないものを受け入れない。それはただの我儘なのかもしれない。だけど、彼女のそれは、もっと高潔な、信念のようなものに感じられた。


「私は、いつかこの国を変えるわ」

「大それた目的だね。それができたのなら、君はこの国の大いなる敵か、あるいは欠かせない盟友となっている事だろう」


正統な血筋を持たない人間に、この国を治める事は出来ない。その仕組みがある以上は、国を変えるという大言を実行する手段は限られている。


「あなたの中にある常識すらも、変革してみせるわ。だけど、もし、もしも私が、為すことができない場合には──」

「場合には?」

「意志を継いでほしい」


エフィーの揺らいだ瞳に、僕の心も揺らいだ。

彼女の不安が、僕には許せなかった。彼女が不安を抱くなんて、あってはいけないことだと思った。


「ここまで宣った君なら、何かを為せそうな気はするよ」

「そのつもりよ。だけど、先の事は見通せない。意志は残し、継がなければならないの。そうでなければ、連綿と続いた文化や価値観を壊すことなんてできないわ」


しかし、彼女は自信の無さから言ったのでも、諦める為の言い訳を残したわけでもなかった。

ただ、彼女は戦う為に、それが必要だと判断しただけだ。


「わかったよ。僕も君の意志をこの身に灯そう」

「ありがとう。今日、あなたに会えた事に感謝を」


光とは、闇の中でしか存在を示すことができない。僕はこれから、全ての見方を変えなければならない。

エフィーと出会ったのはたった一度きり。この日だけだった。しかし、そのたった一回の出会いで、僕の目は開かれ、閉じる事を許されなくなった。


その後も意志を継ぐ為に、エフィーの動向だけは追っていた。そんなある日、エフィーら家族が失踪し、彼女らの財を雇われ人が引き継いだ。


表立って不自然な点を暴く事が出来ず、帰還を待つだけでは駄目だと、エフィーの意志を途絶えさせてはいけないと、僕は自ら動き出した。


そしてネイハムさんとの出会いがあったり、不満を持つ人々を次第に集めることもできて、大きな力を作る事ができた。


継いだ意志は最早、すっかり僕のものとなり、皆のものにもなった。だから、彼女がいなくてもやっていける。その事実は変わりようがない。

ただ、彼女がいれば、きっと、アヴァの様な存在がなくとも、と思わずにはいられない部分もある。


僕はひたすらに希う。

いつか、意志が成就される事を。

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