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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
3章.人々に望まれたもの
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3-16

 明かりのない夜の森。アヴァとブラムには慣れたものだが、他の人々にとってはそうではなかったらしい。

 ところどころで転びそうになり声を上げる侍女であったり、不安定な足場で身につけた鎧の重さも相まりよろめく騎士たちの姿を見て、ブラムは一人余裕を持っていた。

 道はできているとの話だったが、舗装されているわけではなく、道中の木々から伸びる枝を切り落とし、地面は背の高い草を刈っただけの簡単なものだった。それでも、目的地までの導としては十分な役割を果たしてはいるため、道という表現は間違っていないだろう。

 ただ、これはブラムにとって嬉しい誤算であった。周りが夜道に不慣れであるため、アヴァの足取りがぐらつかないのを不自然に思われないし、もしかしたら逃げ出す余裕まであるかもしれない。そんなことを考えることができる程度の現状だ。


 しかし、二人で逃げるだけなら今すぐにでもそれを選んで良いが、今はオッドの合流を待たなければいけない。他の騎士と違い、ネイハムや彼が選んだ騎士と同様、優先的にこちらへ向かう仲間。そして、アヴァを守り続けられるか自信を失いつつあるブラムが、その役目を託せそうな後継者。オッドは、アヴァとブラム両者にとって、彼らの思っているよりも貴重な存在だった。


「みんな大丈夫ですか?」


 ブラムにとって、言葉を交わした数の少ない相手が多いが、気遣う風を装ってみる。


「なんとか。こちらはこちらで気をつけているので、ブラムさんはアヴァ様を」

「わかりました」


 オッドはどれほどで来るだろうか。心に余裕が生まれたブラムは、そちらに想いを馳せる。道がどこまで続いているのかはわからないが、オッドがこちらへ来るまでは待機と準備が必要だ。そして、相手が鎮圧される前に逃げ切る必要がある。

 追手を振り切って、ネイハムや騎士らと共に合流するオッドは、かなり機会を見出すのが難しいはずだ。


 森の中を照らさぬ月夜を見上げ、ブラムが考えていると、一瞬、空が照らされた。

 照らされた方向は真上でも向かう先でもなく、来た方角だ。そして、一筋だった灯りは、数筋になりやがては束となり飛んでいく。それを見ていたのは、今この場ではブラムだけだ。


「まずい」


 思わず、ブラムはポツリと呟く。


「どうかしましたか?」


 虫のさざめきと草の揺れ音しかない場所に、その呟きは響いたらしい。


「おそらく、元いた場所が火矢を撃たれている。来るとしても、まさかそんな風に出てくるとは思っていなかった」


 オッドとの話し合いの中で、火を使うというのは、この町での宗教が火で悪を浄化するという方針を持っているがために、罪をなすりつけられるのではないか、という話も出たことだ。

 それをこちらがするまでもなく、枢機卿側が行うことも、当然考えられはした。しかし、この辺りは森であり、被害がどこまで広まるかわからない。枢機卿らがそれを恐れなければいけないのは、食料を賄うための家畜がこちらの方面で飼われているからだ。

 しかし、忘れていたのか考えていないのか、そうでなければ、かなり恐れていたのだろう、火は放たれてしまった。それも無数に。


「火がどこまで広まるかわからないが、急ぐ必要が出て来た。先にアヴァを連れて進んでもいいか?」

「は、はい。そういうことであれば」


 まだ燃え広がっているわけではないが、橙色に照る空を見て、納得してくれたようだ。


「騎士たちは何をやっているんだ?」


 アヴァの手首を掴み、ブラムは馴染んだ闇の中を駆け出した。

 火矢を放つなどという事態になれば、当然その場で騎士たちが止めるべきだ。しかし、実際に矢を放たれたということは、それが出来なかったということ。あるいは。


「枢機卿側の方が優勢なのか?」


 こちらの規模はそれなりに大きくなり、この町の騎士も引き込みつつあった。しかし、計画だと多くの騎士は反乱と共に仲間に呼び入れる手筈だ。それは、ブラムが実際に体験したこともあり、成功を疑っていなかった。

 だが、今回は枢機卿側から攻めに来た。それにより、仲間にする機会自体が失われたのかもしれない。


「お兄様、オッドは無事かしら……」


 舌を噛まないよう、口を開いての声はブラムの耳に届く。後続の騎士や侍女と離れ、見計らって絞り出したアヴァの不安な気持ちだ。


「わからない。場合によっては……いや、あり得ないな。必ずオッドを待つ」


 オッドを切り捨てようという判断は浮かんだのに、驚くほど早くその考えも頭から離れた。そして、それがアヴァの様子に関係なく、自分の意思のみで捨て去られた選択肢であることに、ブラムは何より驚いてもいた。


「……お兄様はそれでいいの?」


 そこに衝撃が重なる。他の誰もがそれを唆すことがあっても、その口からその言葉が出るとは思えなかったからだ。


「……もしものときは、二人で逃げよう」


 ブラムは、いっそ揺らいでいなかったはずの決心を揺すられたような気がした。元々は、アヴァと二人、幸せに生きること。それだけで良かった。それさえ守れば良かった。騎士のように正道を行かなくとも、アヴァだけを護る戦士になりさえすればそれで。


 ブラムは、思い出した。忘れたのではなく、押し込めようとしたその原点を、掘り出したのだ。


「ええ」


 アヴァの辛そうな、しかし耐え切れてしまった声音に、ブラムはキュッと唇を結ぶ。


 * * *


 アヴァはブラムに手を引かれ、二人は形ばかりの道を走り抜けた。その先にあったのは、木製の建築物だ。あちらの建築物と違って、目立たないことを意識しているのか、小ぢんまりとしている。また、辺りの木が間隔を空けて切られた跡があることから、周囲の景観からすぐに場所が割り出されないようにもしているようだ。

 そもそも、迷い込んでこんなところまで来ることもなければ、何の用意もなしにこの森の中心部へ来ることもないはずなのだが、プラットの慎重さ故なのだろう。それに、襲撃中の騎士が道に見えない道に気づけば、途端にバレはする。非常用というのは、その通りのようだ。


「中に入るか」


 扉というものはなく、長方形状の入り口があるだけだ。あまり清掃されているわけでもないらしく、中には土や落ち葉が入り込んでいる。風に攫われたのだろう、部屋の奥まで入ってもいるようだった。


 窓がなく光も射さない部屋だったが、目が慣れていたために簡単な内装はわかる。木の椅子が三脚に、長机が一脚、部屋の隅に木箱が一つ置いてある。


 木箱の中は見ずとも、保存の効く食料などが収められているのだろうとわかる。あとは、耳を澄ませばせせらぎの音がする。衛生上の懸念はあるが、水分の補給にも問題はなさそうだ。


 武器や衣服の替えまでは用意されていない。非常用の場所であるため、人の管理もあまり行き届かないのかもしれない。


「まずは、騎士と侍女が来るまでは待とう。あいつらだけなら逃げ切れるというのはわかった」

「うん」


 ブラムは門の奥側にある店で見かけたことがあったが、二人は時計を持っていない。存在だけブラムが知っている。精密機械というものがこの付近では存在しておらず、たった一品だけ販売されていた大型の時計は、かなり値が張っていた。おそらく、枢機卿辺りになると徴収により保持しているだろう。


 しかし、この場にない物を求めても仕方がなく、行動でしか時間を決めるということはできない。


 ブラムは耳を澄まし、アヴァは顔を伏せて壁にもたれかかる。そうして変化を待っていると、木々がざわめく音がした。


 アヴァを手で制し、ブラムはそちらへ目を凝らす。何人かの人影が見える。やがて、飛び出してきたのは、侍女と騎士だった。付いてきていたのは、それぞれ2名ずつ。その数は変わらない。


「やっと追いつけた」


 よろめいた侍女に騎士が手を貸す。もう一人の騎士がブラムの姿を認め、表情を崩した。


「まだネイハムさん達は来ないのか」

「みたいです。こちらから様子を窺い知ることは出来ませんが、声は聞こえてきたので、戦闘中でしょうね。うまく抜け出せれば、心強いのですが」


 苦戦しているようなら、むしろネイハムはこちらへ来ないかもしれない。そうなればオッドと逃げ出すのも楽になりそうだが、そう上手くいくだろうか。


「ひとまず、小屋の中に入りましょう。外にいては遠目からでも姿が目立ちますし、気をつけなければ」


 ブラムは鎧の一部を身につける軽鎧だが、他の騎士は重厚な鎧を身につけており、月光を反射しているため確かに目立つ。


「そうするか。あとは、野生の獣に襲われなければいいが」


 大体の野生動物であれば、これまで狩って来たこともあり、ブラムの敵ではない。一度、刃がボロボロになって来た時などは苦戦したが、今は装備も万全だ。


「そうですね。火の手が上がってますから、あそこからこちらへ逃げてくる生物もいるかもしれません」


 ブラムが心配していたのも、正にそこだった。時間の余裕もないため、ここで野生動物対策に火を焚くわけにはいかないが、大勢の野生動物が混乱で襲ってくれば対処も面倒にはなる。


「眠っていることを願うしかない。とりあえず、小屋の中にいれば入ってくることもないだろう」


 ブラムは騎士らを招き寄せ、小屋の中はアヴァとブラムを含めた6人でほとんどの空間が失われる。少しの間、外からは慌ただしい鳴き声が届く。しかし、それほど多くはない。ブラムは、今のところ森への被害は少ないのではないかと考えた。


 そして、時間は経過する。決して長い時間ではない。抗争の決着がついてしまえば、逃げる隙も無くなってしまうのだ。ただ、何もすることのない時間というのは、アヴァとブラムの神経を擦り減らす。

 オッドは来ることができるのか、その不安と心配が少しずつ大きくなっていく。そして、ブラムがアヴァにひっそりと呼び掛けようとしたところで、動物のものでない足音がした。


「皆さん、いますか?」


 アヴァとブラムには聞き覚えのある声。ブラムが率先して外へ出ると、そこには血や炭で汚れた鎧を着ている、オッドとネイハムが立っていた。


「オッド、それにネイハムさんも、来たんですね」

「ああ。念のためにな。騎士たちなら手間取らないが、枢機卿の奴らが外から暗殺者でも雇っていたら、それはわからん。検問の結果は、今じゃ枢機卿が管理してるだろう。外から招き入れていたとして、俺たちにそれを知る術もない。今夜の襲撃だって、どこから情報を仕入れたのやら」


 すぐそばにいる、オッドの仕業とは疑っていないらしい。目立たないとはいえ初期からいた仲間で、相手の動き出したこの時期とは噛み合わない。それでなくとも焦っている現状では、疑いの目が向くことはないだろう。アヴァやブラムにしても、彼らからすればこの安全な環境を守られている兄妹が脅かすとは思えないだろう。


「内通者を探すのは後だろ? 優先はアヴァの無事を確保することだ」

「お前はそうだったな。俺たちとしてもそうだが、今は組織の維持だ。いくらでも人を集められるなら別だが、そうじゃない。だからこそ、減らさないというのが重要だ」

「アヴァの役割は終わった、ってことか?」

「いいや、そうは言っていない。信仰の維持にアヴァの存在は必要だし、神の代行者として、教祖様を支えてもらわなければいかん」

「改めて聞くと、利用し尽くすつもり満々だな」

「……どうした? 苛立つのはわかるが、その敵意は俺にじゃなく、枢機卿に向けてくれや」


 焦りのせいか、ブラムの感情が漏れ出していた。


 この場には騎士が2名とネイハムが一人に加えて侍女が2名、そしてアヴァ側はブラムとオッド、戦力で考えた時、敵が3で味方が2だ。


 逃げ切れるだろうか。


 不安定な足場を活かせば、騎士二人は撒けるかもしれない。だが、ネイハムはそうもいかない可能性が高い。


 考え込むブラムだったが、オッドが近づいてくる。


「僕が不意打ちします。ネイハムさん以外なら逃げ切れるでしょう」

「……待て、全員で逃げるんだ。それか俺が残る」

「無理でしょう。よく考えてください」


 耳打ちしたオッドが、訝しげな顔をする。全てはアヴァ優先じゃなかったのかと。

 ブラムは、そのつもりだ。だからこそ、オッドを連れて行かなければならないと考えていた。唯一の肉親である己ではなく、ただの幼馴染だったオッドこそと。だが、それに違和感を覚える。どうして、肉親でなくオッドを逃がそうとしているのかと。


「……どうして、俺はそんなことを」

「混乱しているみたいですね。しっかりしてください。僕は、ブラムさんに、アヴァを任せます。幸せにしてあげてくださいね」


 オッドはブラムから離れ、ネイハムに近づいていく。ブラムは、咄嗟に手を伸ばしそうになるが、それを抑えてアヴァに近寄った。


「逃げるぞ」


 軽く耳打ちし、ブラムはアヴァの手首を掴む。


「おいおい、相談事は皆でやってくれや」

「ええ、今ブラムさんと話をしました。……ただ、内密にしたいので、ネイハムさん、そこで止まっててください」


 ネイハムは警戒心を露わにした。その警戒心が、何に向けられたのかは判断がつかない。ただ、オッドの意図は、さっきネイハムが軽く触れた内通者を思い起こし、それを伝えようとしているのではないかと思わせるものだった。


 オッドがゆらりゆらりと、殺気を見せずに一歩ずつ近づく。そして、ネイハムを間合いの中に捉えたと感じた瞬間━━


「おい!」


 ━━ブラムは走り出した。振り返ることもせず、一心不乱に。直後、高い金属音が響き、「追え!」というネイハムの怒声がした。

 引っ張っているような感覚だったアヴァの手首が、途中から付いてきているように感じられる。背後には足音と剣の風切り音がする。少しでも視界を良くしながら追うつもりか、ネイハムへの印残しか。どちらにせよ、そんなことをしている間に、足音は遠ざかっていった。


 体力に限界はある。運動量の少ないアヴァでは、騎士よりも走れる距離は短いだろう。だが、軽鎧のブラムとローブと衣服のアヴァに対して、重鎧の上に視界を開きながら進む騎士たちでは、速度の差が体力を上回った。


 直進していた二人は途中で道を外れ、しばらく進むと足音は消えていた。方角も現在位置もわからないが、それでも追っ手は消えたと、それだけを二人は自覚した。


「はぁ……はぁ……」


 殺していた息遣いも、次第に開放していく。進む速度も緩め、肩で息をするアヴァに歩幅を合わせる。


「……兄様。……オッドは」

「……いつか、また会える」

「……うん」


 呼吸の間を縫った問いに、確証もないほつれた答えを返す。返した答えは、望んだものだった。


「オッドの願いを無駄にしないためにも、絶対に逃げるぞ」


 アヴァが何か返答をすることはなかったが、ブラムは掴んだ手首に浮かぶ硬い意思を感じた。


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