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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
3章.人々に望まれたもの
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3-15

かなり更新間隔が空きましたが、エタりません。

 作戦が始まるまで、夜には三人で集まる日々。それは、さながら悪戯を企む子供達のように、密やかで楽しげな時間であり、アヴァの心休まる日々でもあった。しかし、溢した心を掬い上げていくような休息は、前触れをもって終わりを告げた。


「ブラム、入るぞ」


 早鐘のように部屋の扉を叩く音がして、返事も待たずプラットが部屋の中に入ってくる。ベッドに座っていたアヴァは、紐から放たれた操り人形のように、途端に顔を俯けた。


「アヴァは……まだ駄目か」


 反応を事細かく観察すれば、アヴァの回復には気づいただろう。しかし、見るからに焦りのある表情を浮かべ、更には疲れが出ているやつれた顔を見れば、プラットにそんな余裕がないことも窺える。


「どうかしたのか?」

「気づかれたらしい。逃げるか戦う時が来た」


 ほとんど間を入れずの返答。その内容も簡略化され、解釈する中で補完が必要だった。その補完が早くできたのは、オッドが動いたのだと知っているからだ。


「どうするんだ?」

「逃げる、と言いたいが、襲ってくるなら戦うしかない。それにもう、簡単に逃げる選択肢を選べる規模でもない」


 この組織は、町の内外合わせて、仲間はかなりの数に膨れ上がった。それに比例して、建物内にいる人間も多い。その全員で逃げるのであれば、事前の準備が必要だ。


「なら、戦うか」

「そうなる。ただ、戦場になる前にアヴァは逃したい。変事に備えて、離れたところに建物を用意してある。そこに連れていってくれ」

「俺一人か?」

「いや、ネイハムさんと他に数名、少数精鋭で行こう。大きく動けば気づかれるし、相手の戦力がどの程度かわからないが、戦力の分散を細かく考える余裕すらない。とりあえず、強い人間をお前たちの方にやれば、心配事は減る」


 ブラムにとっては、想定と異なる案だった。プラットの思考能力が、焦りによって冷静なものでないのは良かった。そこに隙を見出せると考えていたからだ。

 しかし、プラットは組織を守ることよりも、悩む要素を減らして冷静さを取り戻そうとした。そして、アヴァへの守りが厳重になってしまったのだ。


 ブラムらにとって最高の展開は、まず枢機卿の軍勢が押し掛けてきてから、プラット達が対策を練ること。だが、それはもう崩れた。枢機卿側に潜り込んだ仲間に優秀な者がいたのだろう。おかげで、事前準備もできず、混乱の中でアヴァを逃がす作戦は失敗だ。


 ならば、次はプラットが籠城を考えることだ。迂闊に外を戦場にするよりも、慣れたこの建物周辺で戦闘を行う方が地の利を得られる。仕掛けてくるのが夜であれば、更に強い立場だ。そのため、籠城を選んでくれさえすば、この建物に火を放ちアヴァを仕方なく逃がす展開にできた。しかし、これも打ち切られる。


 冷静さを欠いているにも関わらず、プラットは最善、ブラムらにとっての最悪を選び取ったのだ。


 もしも、護衛が少数精鋭でなければ、例えば数がいるだけならば、アヴァが逃げ出しただけで混乱が生じる。そうなれば、うまく戦うことで一対多の形は有利にも働く。周辺は拓かれつつあるが、森の中だ。足元も悪く、相手に傷を負わせにくい追っ手の方が不利である。

 そして、ブラムへの信用が強く護衛が少数であれば、ブラムだけで道を簡単に切り開けた。


 しかし、相手は精鋭だ。ブラムは、相手がただの騎士であれば、そうそう負けない実力を得たはずだと自負している。前の試験でも、一対一で騎士を追い詰めたし、それからネイハムに修行もつけてもらっている。ただ、そのネイハムに勝てたことはない。きっと、追っ手は一対一で消耗させつつ、ブラムを追い詰めていくだろう。


 まさか、プラットがそこまで考えているとは思えない。ただ単純に、彼は戦闘の有利だけを考え、アヴァには少数精鋭で十分だと判断したのではないかとブラムは考える。ならば、まだ逃げられる可能性はある。


「その護衛に、仲間を一人入れて欲しい。最近、ここへ来させている奴なんだが」

「ああ、構わない。他の人員はネイハムさんに任せてもいいか? まだ仲の良かった奴がいるなら、選んでもらってもいいが」

「……いや、それだけでいい。いつ出発する?」

「向こうに干物や干し肉などは備蓄しているし、食べられる実が生る木も生えている。持ち物は最低限でいいから、すぐにでも、と言いたいところだけどね。今頃、枢機卿は騎士の編成をしている頃と思うから。

 まあ、僕らの仲間はその編成に紛れ、いざ戦闘になればこちら側の味方になる。争い自体は、勝てると踏んではいるんだけど」


 自分でそう言って、プラットは余裕が出たのか口を緩めた。

 そうなると、やはり混乱を招かなければ逃げる余裕もなさそうだ。騎士の編成の中に、オッドもいるだろう。こちらへ来てから火を放ってもらうか。


「すぐにでも、と言いたいところってことは、無理なのか?」

「ああ。実はネイハムさんも、他の人に呼びに行ってもらっているところなんだ。ネイハムさんが護衛を選んでも、それを戦闘中に伝える余裕があるかは、わからないしね」


 オッドも含め、他の騎士と一緒に向かうのでは、結局、先にアヴァを逃がすということはできない。プラットの考えからは外れる。それは、ブラムにとっては好都合だが。


「……うん、今すぐ行ってもらおう。ここにいる戦力が心許ないけど、幸い、この部屋の見張り騎士がいる。彼らと侍女を連れて、先に向かってくれ。

 整備した一本道があるから、道なりに進むだけでいい。戦闘が始まったら、他の騎士や君らの友達も向かわせよう」

「わかった」


 仕方ないが、理想通りにはいかなそうだ。この後の最善は、ネイハムや他の騎士が護衛に来るよりも早く、オッドと合流することだが、それが困難であるのはすぐにわかる。


 呼びに行った誰かがネイハムを連れてくるのと、編成された大勢の騎士がここへ到達するのと、どちらが早いかは明白だ。仮に、この組織の仲間が道中で暴れ出し戦闘になり、編成の動きに混乱を招いても、そこからオッドが逸早く抜け出してくるのは、不可能だろう。そもそも、互いの戦力が不透明な道中で、戦おうと考える騎士はいないだろうが。


「よし、準備が出来次第そこへ向かおう。プラットも、もうここはいいぞ」

「わかった。それと、アヴァの容姿は伝わっているだろうから、隠すための衣服も用意した。あとで持ってくる。……信じてるぞ」


 プラットの言葉に、何か含みがあるのではないかと考えてしまうが、ブラムは逃げられさえすれば問題ないと振り切る。


「皆、聞いてくれ」


 ブラムは、扉の外に控えていた騎士や侍女を招き、準備を促し、建物の入り口に集まるよう指示した。準備のためプラットが立ち去るまでは、アヴァに一切話しかけることはしない。指示を終えると、アヴァと二人きりになり、ようやく話しかけることができた。


「なんとか、プラットには快復がバレなかったみたいだな」

「うん。わたしは、短剣だけ持てばいいかしら。お兄様が持たせるとは思わないだろうし、あまり荷物を持つのも怪しいかもしれないわ」

「それがいいな。護身用に鞭も持てたら良かったが、出来そうなら入り口に向かう途中で俺が取ってくるよ」

「お願い。……ここの皆には、酷いことをしてしまうわね」


 アヴァは目を伏せる。アヴァにとっては、ここにいることが脅威だと、強く実感できてはいない。ただ、自身が再び心を失ってしまうことを、あの状態になることを恐れているだけで。だからこそ、逃げることの責任を自分に求めてしまう。


「仕方ないさ。それに、俺たちがいなくなっても、これだけの組織だ。そう簡単に、無くなったりしない」


 アヴァの力による功績は多かっただろう。しかし、ここまで膨れ上がってしまったのだから、アヴァ一人がいなくなったところで、問題はないだろうと、ブラムは考えていた。

 戦力ではネイハム、知力ではプラット。元々、この二人で十分であったはずなのに、アヴァという存在が成長を早めただけだと、彼は軽く分析していた。ブラムにとって、アヴァがいなくなった後のこの組織は、あまり興味がないものなのだ。今は抜け出すことしか考えていないため、おざなりになってしまう。


「そうかしら。……そうだといいけれど」


 アヴァは、伏せた目を部屋の壁へ向ける。

 この町で過ごしてきた孤児院のことを思えば、アヴァは自分が消えた後の組織が、この町を変えてくれるよう願うしかない。


「お前のやるべきことは、十分に果たしたはずだ。……いつか、またここへ来れば良い。フィンを迎えに行かないといけないしな」

「……うん」


 それを最後に、失われた静けさの中で二人は沈黙を守った。そうしていると、扉を叩く音がしてプラットが入ってくる。腕を組んで、そこに布を載せている。


「これをアヴァに。それと、全てが終わったら聞きたいことがある。これまで、ずっと我慢してたんだけどな」

「今じゃダメなのか?」

「ああ。決意が揺らがないように……。なんとなく、答えはわかっている気がするんだ。ただ、それを先延ばしにしているだけで。……俺もお前らも、無事にまた会おう」


 プラットは持っていた布をブラムに渡す。両手に持って広げてみると、頭巾のついたゆったりとした長い服だった。


「これで髪や顔を隠せるし、体型も隠せる。一応、ついていく侍女たちにも着せるつもりだ。一人だけだと、万が一見つかった時、逆に怪しいからな」

「わかった。ネイハムに聞いたことがある。影武者ってやつだな」

「そういうことだ。そろそろ行った方がいい。……窓を作らなかったのは失敗だったな」


 おそらく、万が一にも逃げられないようにと、慎重さ故にこの部屋には窓を取り付けなかったのだろう。アヴァがいたからアヴァにあてがわれた部屋だが、元々は軟禁のため用意された部屋なのかもしれない。ブラムはそう考えていた。


「さっき、他の部屋から外を見てみたんだが、すぐにわかる明かりの群れがあった。街の方からこっちへ近づいてきている。余裕のある内に、早く」

「わかった」


 短く返し、ブラムはアヴァにローブを被せる。無反応な振りをしているアヴァには、文字通り被せるだけで、着せることはできない。首元の紐を結んでやると、マントのようになった。


 そのまま、ブラムはアヴァの手に荷物を詰めた袋を握らせ、その手首を掴み引いていく。


「じゃあな」


 部屋を出る間際、ブラムは横目でプラットを見ながら、別れを告げる。


「無事でいろよ」


 プラットは真顔で、先行きを案じるような声を出して、身動きせずそれを見送った。

(この後書きは読まなくても良いです)


金色のガッシュを最近少し読んだのですが、感情と能力の関係、という点が酷似していて、既に使われていたのか、と。名作だけに、もっと早く気付けば、と思いました。

物語は全く別物になると思うので、不定期更新になるやもしれぬ代物ですが、付き合ってくださる方々はよろしくお願いします。

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