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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
3章.人々に望まれたもの
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3-14

時間は開きましたが、更新停止はしません。大丈夫です。するときは、お知らせします。

「落ち着いた?」

「……うん、ありがとうオッド」


 オッドはアヴァの元から体を離し膝を折ると、アヴァの目線に合わせながら様子を窺っていた。


「アヴァには、お礼を言わせたくないな。僕は、アヴァのことを許さない、なんて言ってしまったんだ。それに、追い出す原因を作ったのも僕で、君こそ絶対に許せるはずがないのに」


 オッドは目を逸らしつつ、口元に薄い笑みを浮かべた。アヴァは、そんな様子のオッドに乗り出すようにして、顔を近づけた。


「でも、昔のことじゃない。昔のわたしは確かに悲しかったけど、今のわたしは、助けられているから気にしないよ」


 オッドは、アヴァの言葉を受けてゆっくりと目を瞑ると、そのまま動作が止まる。アヴァが不安げに首を傾げた頃に、オッドは瞼を開いてアヴァに向き直った。


「そう。それならいいんだ。ただ、大丈夫かい? 君は男が苦手になったとブラムさんに聞いてたけど」

「あ、うん。オッドも、平気みたい。優しいから、かな?」


 アヴァも、オッドに言われて、ようやく頭痛を覚えていないことに気づいた。ブラム、キーファ、オッド、今のところ怖くないのはこの三人だ。その三人の共通点としてアヴァが思いついたのは、優しい、くらいしかなかったのだ。


「優しい、か。さあ、どうなんだろうね。あんなことできるような奴が、本当に優しいんだろうか」

「そんなに引きずることないわ。だって、家族が襲われて、それも子供の時なのだから、誰だって言ってしまうわ。……大人だって、もっと酷いことをしてた」


 忘れていたわけではない。ただ、思い出さないようにしていた、あの時の記憶をアヴァは思い出す。その記憶は想像以上に鮮明で、もっと欠けて()せていると思っていたアヴァには意外だった。


 オッドがアヴァ達を責める。それを聞いていた大人たちが来て、優しかったおじさんやおばさん達が、石を投げて来て。それは、思い起こすと、とても辛いことだった。混乱していたのと、必死だったのと、感情に揺らされる余裕もなくて、だから最後に見たオッドが強く記憶に残っていたのだろう。


「ああ。普段は優しい人でも、あんなことになるんだ。だから、優しい人なんていないんだよ」

「そんなことないわ。だって、悪いことをしたから、皆は怒ってしまっただけで」


 アヴァは、オッドは優しいと言ったのに、それをオッド自身に否定されてしまっていることに、少しショックを受けていた。それはただ、何も変わっていないと思いたかった幼馴染が、全て変わったのだと見せつけてくるのが嫌だったからだ。


 いつもなら、アヴァも大して気にも留めなかっただろう。だが、強制的な変化を経験してすぐのアヴァにとって、人間は変化していくのだということを示されるのが、敏感な反応をしてしまう現象だった。


 それは、先程までアヴァを宥めていたオッドに想像が着くものではなく、また、強過ぎる罪の意識がそうさせるのもあるだろう、自戒と教訓を伝えようとする心は収まらない。


「いいや。アヴァ達は、何も悪くなかったじゃないか! それなのに、僕の言葉だけ聞いて皆は──。だから、僕のせいだし、優しい人を信じてはいけないよ。いつ敵になるかわからない」

「でも、それは、なんだかとても悲しい考え方のような気がするの。皆が敵なんじゃないかって考えて生きるのは、辛いし、寂しいわ」


 アヴァは、ディルに騙され連れられたあの場所で、エフィーという味方がいなければ、すぐにでも心が折れていただろうと思う。きっと、エフィーみたいな優しさを持っていない人と組になっていたら、エフィーを疑ってばかりいたら、わたしは全てを敵だと考えていたはずだ。フィンにも優しくできないで、果物は全て自分のために食べて、そんな寂しい生活だったはずだ。

 信じてきたことに救われてきたから、アヴァは人を信じることが悪いことだとは思えない。


「わたしは、騙されても耐えられる。敵になっても、耐えられるわ。だから、わたしは信じ続けたいの。オッドも、昔から変わらないまま。優しいオッドのままだよ」


 首飾りの宝石が、陽を返して輝いた。その光が目に届いて、オッドは思わず顔を背けてしまった。


「……わかった。なら、僕もアヴァを信じるよ。僕は優しい人間だってね。それに、全ての人が優しい人だって」

「ありがとう」


 花のように微笑んだアヴァに、口元を歪めることもできないオッドは、ただ静かに苦笑をブラムに向けた。ブラムもまた、その苦笑に同じ表情で返す。


「敵わないです」

「俺もだ」


 そんな短いやり取りを経て、ブラムは口ぶりを真面目なものに直す。


「それで、お前は俺たちの味方なんだな?」

「はい。二人が困っているなら助けます。そのためなら、枢機卿たちだって利用します」

「わかった。それなら、俺はアヴァをここから連れ出したいと考えているんだが、どうすればいいと思う?」


 ブラムは、具体的な案を持っていなかった。この部屋は二階にあり、窓から飛び降りて無事に済むとは思えない。しかし、部屋から出れば護衛という名の見張りがつく。ブラムは比較的、自由に動くことはできるが、アヴァは別だ。それに、今のアヴァを外へ出して不用意に晒せば、また蘇生をさせられるに決まっている。


 ブラムにしたって、外に出てしまえばネイハムとの訓練が控えており、それを固辞するには何らかの言い訳が必要となる。不自然な行動は全て、習慣によって疑われてしまうのだ。現状、忙しそうにしているプラットの存在も、冷静さを欠いて良い効果をもたらすか、それとも焦って早まった行動に出るか、どちらとも言えない。


「外になにかを働きかけるなら、それはお前にしかできないことだ」

「そうでしょうね。ただ、僕が動かせるのは、枢機卿くらいのものですよ。まさか、彼らの仲間になるわけにもいかないでしょう?」

「ああ。俺たちは、できれば自由に生活できる場所が欲しい。そして、オッド、お前も一緒に来てくれたら嬉しいが」

「いいんですか?」


 オッドは驚いたような表情を浮かべる。彼には、ブラムが信頼できる者以外、共に行動させるとは考えられなかった。だからこそ、過去、二人を追い立て、更には内通者であることを明かした自分が、信用を得られるとも思っていなかったのだ。


「俺はな。アヴァもいいだろ?」

「うん。わたしも、オッドなら安心」

「……はは。僕はもう、それだけで救われるよ」


 目元を指で拭って、オッドは姿勢を正した。


「なら、僕もついていかせてください。ここから逃げる手段も、一つだけ思いつきます」

「どんな手段なんだ?」

「この組織と、枢機卿をぶつけます。その混乱に乗じて逃げましょう」

「うまくいくか?」

「わかりません。アヴァの守りをいかに手薄にできるか、そして、その状況下で確実に逃げられるかどうか、この二点が重要ですね」


 アヴァの守りが多いとなれば、つまりは見張りも多いということだ。そうなれば、逃げるのは容易ではない。また、枢機卿の手勢は敵となる。守りが手薄な状態になったとして、それらから逃げることができるかどうか。オッドは、それを想定していた。


「守りを薄く、はできるとは思うが、少数精鋭になる可能性もある。ネイハムがアヴァの守りにつかなければいいが、外すことができるか?」

「枢機卿側には、強力な騎士が多くありません。実力のあった近衛騎士らは解散させられましたし、それ以下の実力で信頼のおける者ばかりが味方となっているでしょう。

 となれば、ネイハムさんが出て来なければ対処できないほどの人数が敵であれば。あるいは、早く片付けた方が良い状況になれば、ネイハムさんを引き離せるでしょうね」


 人数、という点では期待できないだろうとブラムは考える。着々と仲間を集めて来たこの組織だ、騎士の人数は多い。戦場の狭さに左右されない程度の人数であるのは間違いない。両陣営の全ての騎士が同時に戦える、というのは考えられない。枢機卿側が攻めてくる構図にするのなら、広域を攻撃できる作戦で考えるべきだろう。こっちは建物を守らないといけないため、無差別に破壊するそとはできない。圧倒的に有利になるわけだ。こちらは地の利しかない。


 広域を攻める作戦のうち、早く片付けた方がよい状況。対処を急がなければいけないものだろうか。相手の戦力より余裕を得てから対処。そうしなければならないものであれば、ネイハムも動かせるだろう。


 そう考えると、こちらが守らないといけないのは、この建物とアヴァ。まさか、アヴァを建物の中に押し込めることはせず、逃してはくれるだろう。いや、それも確実にすべきか? 混乱に乗じるのなら、その方が得策だ。


 そして、考えられる策は一つだった。


「この建物に火を放とう」

「すると、どうなりますか?」

「プラットたちは、アヴァを優先的に逃がそうとするはずだ。そうなれば、移動がしやすいよう、少数での行動になる。だが、消火活動も余裕があれば行いたいだろう。敵に知られたとしても、拠点なのは変わりないからな。

 ならば、戦力を投じて早く差をつけ、余裕が出たら消火へ移行、という動きになるはずだ。俺たちはその隙に遠ざかっていく。プラットのことだから、非常時の逃げ場は確保しているだろうし、逃げ道を知る者も少ないはずだ」


 オッドはそれが実行可能か、考えを巡らせているようだった。その間に、ブラムはアヴァに問う。


「アヴァは、これでいいか?」


 外に届かないよう小声とはいえ、同じ室内のアヴァには全て伝わっているだろう。そう考えて、ブラムは訊いた。ブラムを見返すアヴァの表情は、暗いものだった。


「たくさん、人が死んじゃうのね」

「そうなるだろうな。でも──」

「仕方のないこと、でしょう? 今は、わかるもの。わかって、しまうもの」


 誰も傷つかず、傷つけず、それがアヴァの望みだった。始めに村を出るときだって、狙われているのがクレシダであり、母親がいなくなれば村も襲われなくなると思って出て行ったのだ。彼女は、自分のためなら他人が犠牲になっていいとは、一度も思ったことがなかった。


 しかし、知識を得て、感情を失った彼女は、合理的な思考というものを経験してしまった。知識がなければ、それは短慮でただただ自分勝手な考えだとしか思えなかったことだろう。そうであれば、否定も容易い。だが、知識に裏打ちされた考えだとわかっているから、それを否定することが難しくなった。受け入れざるを得なかった。


「きっと、たくさん考えて、悩みに悩んで、そうすれば、誰も傷つかない方法はあると思う。無いのかもしれないけど、無いなんて思いたく無いだけかもしれないけど。

 だけど、今は時間も余裕も無いから。時間が掛かれば、わたしはプラットに蘇生をやらされる。でも、それは、それだけは嫌だ。皆を助けられるのに、助けたいのに、これは、悪いことなのに」

「悪くなんてないさ。アヴァには、選ぶことができる。助けたい人も、助けたくない人も。きっとアヴァは、全ての人を助けたいと言うんだろう。でも、それはできないとわかったんだ。アヴァが本当に助けたい人だけ助けるのが、正しいことだよ」


 オッドはアヴァの両肩に手を置いて、説き伏せるように頷かせた。正しいも正しくないも存在しないのに、アヴァを前に進ませるために。


「全ての人を助けたくても、アヴァにとって全ての人が同じじゃないだろ? 毎日、蘇生を願いにくる見知らぬ奴らと──エフィーだったら、エフィーの願いを聞きたいはずだ」

「……うん」


 ブラムは、その辺りにいる人間との比較対象に悩んだ上で、エフィーの名を出した。自分の名前は不適当な気がしたし、オッドがどれだけ信頼されているかはわからない。他の親しい人間をと考えたら、やはりエフィーが浮かんでしまった。


 おそらく、燃え尽きてしまったであろう、あの少女の名前を出すのは憚られた。アヴァだって、もう会えないことは悟っていると考えて。その逡巡は、アヴァにも読み取られたらしく、頷くアヴァはしゅんとした表情を浮かべていた。


「僕には、そのエフィーという人はわからないけど、その人だってアヴァが苦しむのは望んでいないだろう?」

「うん。……それに、神様を殴って欲しいって、頼まれたから」

「神様を!? そりゃ、面白いことを言う人だね。なら、アヴァはそれを果たすために、ここで止まっちゃいけない。神様を探して、殴ってやらないとね」

「うん」


 アヴァの返事に、変化が無くなってきた。全てわかっていたのだから、あとは決めるだけだったのだ。今のアヴァは、入口の前に立って右往左往しているだけで、見ているのは、ちゃんとその先だ。


「作戦の決行も、すぐにできるわけじゃない。ただ、アヴァは、この部屋にいてくれればいいけど」

「俺もアヴァの付き添いだ。急に誰か来ても困るしな。……そうだ。アヴァ、フィンはどうする?」

「……フィン」


 アヴァは目を伏せる。それも当然のことだとブラムは思った。アヴァは、ブラムに対してだが、フィンのことをひどく言ったのだ。友達であったフィンを忘れ去って、都合のいい動物であると捉えたのだ。それが、アヴァの心を傷つけていないはずがない。


「ごめんなさい。今は、あの子に合わせる顔がないわ。もしも、ここを逃げ出すまでに来なければ置いていって、間に合えば連れて行く。今のわたしといるよりも、あそこにいた方が幸せだから」

「そうか。だが、もしかしたら、もう会えないかもしれない。それでもいいのか?」


 ブラムがそう言うと、アヴァは目を泳がせた。口を小さく開いたり閉じたり、項垂れてみたりもしてみるが、答えは変わらないらしく首を縦に振った。


「多分、何を言っても言い訳になると思う。わたしは、きっと、あの子から逃げたいだけ。自分の嫌なところを見たくなくて、それで」

「アヴァ、正直に全て言う必要はないよ。僕もブラムさんも、今のアヴァがどんな考えを持っていたって、それを受け入れるから」


 オッドは、今の、というのを強調するようにして言った。もう十分だとも思ったが、念のため蘇生を使わないように釘を刺したのだろう。今のアヴァにとって、オッドとブラムだけが頼りであり、見捨てられるとわかっていることはしないはずだ。そう考えて。


 さっきから自分の印象を悪くしようとしているのだって、わたしはこんな人間だから、もしひどいことをしても、考えても、幻滅しないで欲しいと、そういう思いから来ているのだろうと、オッドは考えていた。


「そうだな。俺もオッドと同じことを思ってる。たった一人の家族だしな」


 言ってから恥ずかしかったのか、ブラムは頭の後ろに手をやった。


「とりあえず、進め方は決まったな。その通りに進むとは限らないから、情報だけは集めておこう。万が一の退避策があるのか、俺が聞いても不自然ではないはずだ。オッドも枢機卿に働き掛けてくれ」

「わかりました。アヴァの心を支えるため、という名目で、僕も毎日、この部屋に来るようにします。来れないときは、なにかがあったということで、数日間ほど音沙汰がなければ、怪しまれたと思ってください」

「ああ、気をつけて行動をしても、見張りはいるかもしれないしな。じゃあ、決行日が決まったら教えてくれ」

「はい。わかりました」


 その後、三人は昔話を語らった。話をすることは、楽しいばかりではなかったが、それでも、失われていこうとしていた明るい記憶を取り戻す時間にもなっていた。ブラムは、久方ぶりにアヴァの自然な笑顔を見た気がした。


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