3-11
「この子は、幼馴染なんです。何もない村で、皆どこかへ行ってしまって、子どもなんて僕らくらいのものだった。だから、仲も良かったんです。だけど、流行り病に当てられて。
いつも、頑張って笑いかけてくれる彼女を見てると、僕の胸は痛くなりました。病なのかとも思いましたが、きっとそんなものではなかったのでしょう。それに、僕のそんな痛みより、彼女はもっと苦しく辛い痛みを抱えていたに違いありません。
村の人たちは、諦めろと言ってきました。彼女を治す方法はないと。病に伏せないよう気をつけることが大切で、なってしまってはもう遅いと。中には、悪いことをしたから病に冒されたんだと言う者までいました。あいつの親が病になったとき、つい笑ってしまいました。今では後悔しています。彼女だって、そんな僕を見たら病になった自分を恨むでしょうから。
彼女との日々は、代え難く楽しかった。なんにもないところですから、彼女と森に入ってみたり、外へ行った人たちはなにをしているのかなって考えてみたり、そんな日々です。笑いますか? なにが楽しいのかって。いいです。それでも、あの日々が変わるわけではないから。
その日々を取り戻すことは、悪いことでしょうか?もう、死んだように生きる日々は嫌です。毎日、彼女の手に縋ってから耕す畑は嫌です。最後、彼女はなんと言ったかわかりますか? 咳をする彼女の手を握る僕に、彼女は忘れてくれと言ったんですよ?そんなこと、できるわけがないのに!
僕は、すぐに首を振りました。できないと伝えて、彼女に残ってもらおうと思いました。なのに、できなかった。彼女のその言葉は、最後の言葉だったんです。生きる力を振り絞った、最期の言葉だったんですよ。僕のために、残った体力を使い切ってまで遺した言葉が、忘れてくれだなんて、ひどく残酷だ。
僕は彼女を許しません。その言葉だけは、絶対に許せません。僕を残して、僕に遺したその言葉を、絶対に変えたいんです。忘れてくれなんかじゃなく、ありがとうと、それだけで僕は救われたのに。一緒にいたことは無駄ではなかったのだと、思えたのに。忘れてくれだなんて、酷すぎる。彼女には、僕が彼女のことを忘れられると思われていた、それも許せない。
そう。僕は、きっと、もっと早く気付くべきだったんだ。その喪失感に。喪失感の正体に。僕が彼女を好きであるということ、それに気づいて、伝えるべきだった。でも、その機会は失われて、二度と来ない。そう、思っていましたが。しかし、あなたが、あなたという存在を知った! 僕はもう、なにも手につかなくなりました。無くなってしまうのが嫌で、誰も近づこうとも埋葬しようともしない彼女を、連れてくる他になかった。
だから、お願いします。どうか、本当に、僕の命を捧げてもいいから、お願いします。たった一言の機会を与えられるなら、僕は自分の命だって投げ出せる!それだけの覚悟があります。決意してきましたから、揺らぐことはありません。だから、だから━━」
ずっと話していた青年の言葉が、唐突に止まる。その口は開いたままで、目はパチパチと瞬きを繰り返す。
「そんな、そんなことが、本当に、起こるなんて」
「わたしは。ここは、死後の世界?」
上半身を起こした女性は、青年の姿を認めると、顔を歪めた。
「そんな、あなたまで死んでしまうなんて」
「違う、違うよ! 君が、生き返ったんだよ!」
青年の足が曲がり、膝が床につく。良かった、良かったと呟きながら、彼は噛みしめるように拳を強く握っていた。
「生き返るなんて、まさか。信じられないわ」
「でも、本当です。どうぞ、あの人と一緒にどこへでも行ってください」
「……夢かしらね。死ぬ前の、ほんの間際。それが今なのかもしれない」
未だに蘇ったということが信じられないらしい女性は、そう言って微笑むと、青年の元に近寄った。
「これが夢なら、醒めるまでは楽しもうかしら?」
「大丈夫だよ。夢じゃない。その夢からはもう、醒めさせやしないよ」
「そう。なら安心ね。さあ、急ぎましょう?」
「急ぐ必要なんてないんだよ。ゆっくり、歩いて行こうよ」
二人は手を繋いで、どちらも恥ずかしい様子ではあるが、共に歩いていく。どちらが置いていかれることも、置いていくこともなく、この先は同じ歩みを進めていくのだろう。
「幸せそうね。わたしの力は、無くなったわけじゃないみたい」
「そうだな。なにが悪かったのか、それとも良かったのか」
ブラムは、アヴァの表情を窺ってみる。そこに笑顔は無く、なにもないと言ってもいいほどに、その顔に浮かぶものはなかった。
そしてその日、この女性を最後に蘇らせることができた人間はいなかった。
* * *
「原因は不明か」
「ああ。年齢ではないし、当然、全て死体だった。共通の何かも見つけられなかった。ただ、アヴァから力が失われた、そう考えるのが正しいと思う」
「でも、一度は成功したんだろう?」
「それは否定しない。だが、あれが最後の力だったのかもしれないな」
アヴァとブラムは部屋に戻った後、訓練などは行わずネイハムに報告を行った。プラット、ネイハム、ブラムとアヴァ、今はこの四人が部屋にいた。
「しかし、困ったな。旅人の蘇生が成功してからは、外に話を広める人も増えて、ここまで仲間ができたっていうのにな」
仲間は増えた。町の人間のほか、少しずつ外部の人間を取り入れた結果、組織はそれなりの規模になっている。しかし、人材が増えたわけではない。旅人や外部の人間らは滞在可能であれば組織で共に行動をするが、多くは再び外へ出て行く。目的は話を広めることと、武器や財力など外部からの力を引き寄せることにあった。
プラットは、あくまでもこの町の戦いである以上、外部の人間を直接巻き込みたくはないと考えているようだった。それは最早、戦争に他ならないからと。
「まだ力は足りないのか?」
「そうだね。この速さなら、あと半年以内には実行可能になるかとも思ったけど」
そのプラットの言葉にブラムは苛立つ。彼にとって重要なのはアヴァのことだけだ。毎日毎日、アヴァの力を使って多くの人々に会ってきた。その彼ら彼女らが仲間になってなお、力が不足しているということなどあるのだろうか。
「かなり仲間は増えたはずなのに、本当に必要なのか?」
「勝つ、ということに拘るのであれば、五分以上の力はあると思うよ。ただ、ここまでの規模になって、俺は理想を見ている。誰も傷つけずに上をすげかける、それを目指せるんじゃないかって。それを実行するには、この町のほとんどの人間を仲間にしなければならないけどね」
苛立ちは募るばかりだ。ブラムが焦っていたのもあるし、その苛立ちの半分は自分にも向けられていた。これまで平和にいた中で、唐突に不穏な空気が流れ出したのだ。アヴァの様子さえも、気にすることを疎かにしていた。昼には訓練、夜にはオッドと会話。アヴァと接する機会は明らかに減っていた。
「現実を見ろよ。アヴァの力もなくなって、狂信的な人間だっているはずなのに、そんなのできるわけがない。それに、俺はアヴァに害があれば、この話からは降ろさせてもらうつもりだと言ったよな」
「ああ、言ったな。だが、まだアヴァは元気だ」
「違う! 今のアヴァを見て、そんなことが言えるかよ。アヴァはもう、笑ってないんだぞ!?」
ブラムがただ一つ気づいた変化は、それだった。これまで、アヴァは蘇生を終えた後はいつだって満足そうな笑みを浮かべていたのに、今日はまだその微笑みを見ていない。それどころか、前に笑うところを見たのはいつだろうかと、ブラムはそれが昨日や一昨日ではないことにも気づいてしまう。
「それは、楽しくなければ笑わないだろう?」
「なら、アヴァを笑わせてみろよ」
「それは、また難しい話だが」
プラットは困ったような顔をしながらも、これまで大人しくしていたアヴァの方に向いてみる。そして、ギョッとした表情を浮かべる。ネイハムもその様子に気づいてアヴァを見るが、その後の反応はプラットに似ていた。
「えっと、あ、アヴァ、だよな」
「ええ。わたし、お兄様とプラット達に喧嘩して欲しくないわ」
「そ、そうだな。喧嘩は良くない。穏便に、話し合おう」
作り笑いを浮かべて、プラットは視線を外す。そして、ブラムに小声で話しかけてくる。
「表情がないだけで、別人に見えたのは初めてだ」
「冷たいだろ? 休息が必要なのかもしれない」
「同意だ。疲れているのかもしれない。能力が使えなくなったのも、そのせいかもな。とりあえず、笑えるようになるまでは休んでもらおう」
「助かるよ。ネイハム、特訓もしばらく休みたいんだが、構わないか?」
「ああ。それより、アヴァを元に戻してやれ。こいつは酷い」
ネイハムにしては珍しく、目には憐憫の情を湛えていた。それを見ると、やはりこれは一大事であるのだというのが、気のせいでないと認識させられる。妹だからと大袈裟に捉えているわけではない、そう理解できる。
「それと、許可が欲しい。実は騎士の中に、同郷の人間がいる。もしかしたら、アヴァの力になるかもしれないし、この部屋に招いてもいいか?」
「素性を確認するから、名前を聞かせてくれ」
「オッドだ。それと、フィンのことも、頼む。孤児院にいるはずのネズミのことだ」
今のブラムには縋れるものや頼れるものなら、どんな者の力でも借りたかった。自分の力だけでは補えなかったのだと、これだけ理解させられては、そう考えるしかなかった。いつまでも焦るばかりでは、本当に自分のいる意味がなくなってしまう。アヴァを守るという、ただ一つの生きる意味を失ってしまう。
「頼まれた。オッドという騎士については、確認が取れ次第、問題ないか伝えるよ。その後は、好きなようにしてくれ」
「ありがとう」
「アヴァ様のため、だからな」
プラットとネイハムは、共に部屋の外に出て行った。足音が遠ざかって、少ししてからブラムはアヴァに近づく。
アヴァは、ベッドに腰掛けたまま、一歩も動こうとはしない。なにを考えているのか、なにも考えていないのか、空を映したように綺麗なガラスの蒼い瞳は、ただ一点だけを見つめている。
さっきまでは、ブラムとプラットの間を、緩やかに動いていたようだったが、今は映すものはないと判断しているのだろうか。いつもなら、近づいてくるブラムを見上げたはずの瞳だが、その首は固まったように動く気配がない。
「どうして、こうなったんだ?」
呟くと、ようやくアヴァの首は上に向いた。その瞳には、ブラムが映っているのに、映っていないように思えた。何も言わぬまま見上げてくる顔に、ブラムは責められているような気がして顔を背けた。そのまま、自分のベッドに戻っていく。
「俺は、間違えたんだな」
母の手紙に従うべきだったのだ。力など、使わせるべきではなかった。今では、アヴァがこんな状況になってしまったのが、あの力のせいだとしか思えなくなっていた。なぜなら、あの手紙は忠告していたのだから。
その力は、使うべきではない不幸の力であると。
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いつもありがとうございます。
三章が完結したら、前に遡って工事したいなと思っています。話の大筋は変わりませんが、二章の終盤以外は雑に扱ってきた印象が強いので丁寧にしたいです。
既に敷いてある以上の伏線も作りません。が、ここまでに至る展開の細かい部分を導く、後出しの伏線は張るかもしれません。工事するという宣言自体が詐欺になる可能性もあります。




