3-10
更新かなり遅れてしまい申し訳ありません。後で取り戻す予定です。
また、更新停止は今のところ、現実での不慮の事故に遭うかアカウントのデータが消える以外ではない予定です。一年以上音沙汰のないまま更新が無ければ、その可能性があります。
「本当に、できるのでしょうか。その、蘇生、ということですが。私は、娘を助けられるなら、なにを差し出しても構わないつもりです。ですが、本当にそんなことができるのですか? あの子が、帰ってくるんですか?」
「大丈夫ですよ。必ず帰します」
震えている手を両手で包みながら、アヴァは自信をつけるようにそう言った。これまで様々な人と会ったからなのだろうか、人を安心させる仕草、声音というものが、板についてきたようにブラムは思った。
「では、始めます」
アヴァは、いつもの通り手を当てて、蘇生を行う。その不思議な光景に、女性は目を丸くしている。大体いつも、こんな感じだ。驚く者ばかり。時には、怯えるような様子を見せる者もいて、そうしたときにアヴァの表情が歪んでいるのを、ブラムは確認していた。
「うーん」
アヴァが手を離すと、女の子が寝惚けたような声を出す。そのまま、不安そうに辺りを見回して、泣いている母親の姿を認めるとパッと笑顔が咲いた。
「お母さん! ここどこ? なんで泣いてるの?」
「なんでもないの。大丈夫、大丈夫だから」
少女は強く抱き締めてくる母親の感触に驚いたのか、始めて会ったアヴァとブラムの方に、説明してくれとでもいうように助けを請うた表情を浮かべる。
「あのお姉さんに、ありがとう、って言うのよ」
「なんで?」
「私たちを、助けてくれたからよ」
「そうなの? お姉ちゃん、ありがとう!」
意味はわかってないだろう。ただ、素直に感謝を述べる少女に、アヴァは微笑ましそうな笑みを返した。
「首飾り、綺麗だね。触ってもいい?」
どこにいてなにをしていたのか、なにもわからない状況ではあったものの、母親の存在と兄妹が敵ではないことを感じ取って安心したのか、少女は気になったらしいことを問う。
「ごめんね。これは大切なものだから、見るのはいいけど触っちゃ駄目。もう、絶対に離さないの」
アヴァは表情を暗くしてそう返す。少女も嫌だということは感じ取ったらしく、拗ねた様子もなく首を縦に振った。
「それでは、私たちは戻ります。本当に、ありがとうございました」
「ありがとうございましたあ」
「いえ、これからも元気に過ごしてくださいね」
アヴァとブラムは、親娘を見送る。手を繋いで楽しそうに歩いていく少女に、ブラムは過去の妹を重ねて、少し寂しくなった。
* * *
「調子はどうだ?」
「なにが?」
「鞭だったり勉強だったり、だな」
蘇生を終えた後は、二人の騎士と女性を従え、アヴァとブラムは部屋に戻っていく。以前は騎士がポツポツとしかいなかった廊下だが、今は旅人など住居のない者も増えており、すれ違う度に挨拶をされる。ほとんどが蘇生の関係で一度は顔を見ているが、覚え切れてはいない。故に警戒心も解かない。
「鞭はちょっと難しいかな。モノだったらいいけど、人にはなかなか当てられない。怖いのもあるけど。勉強は楽しいわ。知らないことが、たくさんあるもの」
部屋の中にいてばかりいても退屈だろうと、ブラムはアヴァに教育や自衛の機会を与えていた。それが上手くいっているようで、内心ホッとする。
「そうか。それは良かった」
ニンマリとした笑みを浮かべるアヴァに、ブラムも心なし砕けてきた柔い表情を浮かべる。
未だ、ブラムに暗殺の仕事は無かった。それだけ慎重に仲間集めが進んでいるということだろう。裏切り者が本当にいないのか、不安になることもあるが、外で怪しい動きもないことから、いないことは窺える。
その間、ブラムはネイハムの元で修行をする日々を過ごしている。強くなっている実感と、この穏やかな日々のせいか、ブラムの剣呑としていた表情が顔を見せることはなくなってきていた。平和に慣れたとでも言えばいいだろうか。
「夜はまた、大丈夫か?」
「うん。お兄様も、忙しいのでしょう?」
「別に、そういう訳じゃないんだが。ただ、俺が側にいると安全って感じがしないと思うしな」
「そんなことないけど。むしろ、守ってもらえそうだから」
「そういう考えを辞めさせたいんだ。幸せになるなら、身の安全なんて考えなくていい環境がいい」
ブラムは、自身がいることで周りに危険があるのでは、と思わせることを危惧していた。という建前で、ここ最近は夜はアヴァの元から離れていた。
「わたしは、そんなの気にしないのに。お兄様は、気を使い過ぎよ?」
「そうでもないさ。じゃあ、ここで。ネイハムさんのところに行ってくるよ」
「わかった。怪我しないよう気をつけてね」
ブラムは手を振ってその場を離れて行く。振り返ってみると、騎士や女性と楽しそうに話している妹が目に入り、ブラムの口角は緩く引き上がった。
* * *
「悪い、待たせたか?」
「いえ、大した時間じゃないです」
夜は深まり、窓からは丸い月がよく見える。
長い卓と向かい合う二つの椅子。その片方に男が座っていたが、そう広くない部屋にある家具は、それだけだ。卓の上には液体の入った瓶が置かれ、乾いたパンのようなものと干し肉が皿の上に揃っている。中央に立ったロウソクが、室内を優しく照らす。
「なら良かった。いつも、俺より早いな」
「こちらは規則的な動きしかしていませんから。そちらは訓練なのだから、仕方ありません」
ブラムは苦笑して、部屋の中に歩みを進める。先に座っている男は、オッドだった。向かい合う形でブラムも席に着き、上半身を卓に被せた。
「お疲れですか?」
「まあな。強くはなれているから、いいんだけど」
「昔を思い出しますね。アヴァからよく、父親の訓練で疲れ切ったブラムさんの様子を聞かされましたから」
「はは。そんなときもあったな。昔は本当に、疲れるだけで特訓なんて嫌だった」
ブラムは過去を回顧する。手加減してくれない父親の特訓は、厳しいものであった。その必要性を理解していても、使う機会の見当たらなかったあの頃は、褒めてくれることだけがブラムを支えていた。なにもかも上手くいかず、褒められる機会さえなければ、彼は腐心してさっさと辞めるか手を抜いていただろう。
「今は違うんですか?」
「ああ。実際に、守るための剣術が必要になったからな」
「でも、ブラムさんじゃなくても、誰かを雇うことだってできますよね」
「信頼できないからな。一度、痛い目を見てる」
その後は、許せるようにもなったし、ディルから貰った剣だって常に携えてはいるが。ブラムは、ディルを許せた理由は、ディルが折れなかったからだと考えている。あの環境にいながら、立ち向かおうとした。彼一人の力ではないにしても、その点でディルへの印象が変わった。それに、ディルよりも酷い悪人の存在を知ったから、というのもあるだろう。所詮ディルは、その人間が作った仕組みに従って動いていた人間でしかなかった。
「山賊の話ですね。ブラムさん達は、僕よりも、よほど過酷な道を歩いて来ましたね」
「かもしれないな。お前が、どうやってここへ来たのかは知らないが、話してもくれないんだろ?」
「まあ、話したくないので」
「なら、俺だって聞こうとしない。このやり取りも、何度か繰り返したな」
ブラムとオッドの夜会話が始まったのは、オッドの父親の蘇生に失敗した、その数日後からである。たまたまブラムはオッドと遭遇し、オッドを味方だと認識していたブラムは、この時間を企画した。
ブラムは、昔を懐かしむ、そんな時間が欲しかった。そうでなければ、悪夢と人を切ることへの抵抗のなさが、だんだんと自分を壊していく気がしたからだ。
「何度か、と言えるほどになりましたか。最初は時間が合えば、でしたが、今の僕は時間を合わせにいってますよ」
「それは嬉しいな。俺としても、気軽に話せる相手がいて助かってる」
「僕もですよ。あの頃の楽しかった思い出を共有できる人は、限られて来ますから」
灯火に浮かぶオッドの顔は、切なさを感じるものだった。取り戻すことのできない過去を、抱き締めるかのように。
「でも、俺たちと違って、村には戻れるだろ? 母親だって、置いて来ているんだろうし」
「さあ、どうでしょうね。ただ、僕にはもう、戻る気はないです。その理由も、話したくはないです」
「なら聞かない。でもな、手に取れるのに取らないっていうのは、贅沢なんじゃないかとは思うよ」
「取れないんですよ。察してください。どんな想像も、訂正はしませんから」
困ったような表情だが、投げやりな様子だ。きっと、どうでもいいと思っているのだろう。どう思われようが、そんなものは関係ないと。
オッドがそう思える理由は、ブラムがどんな想像をしたとしても、それが現実の真実には及ばないだろうと考えてのものなのだろう。
「わかった。まあ、ここで暗い話はなしだ」
「それがいいです。アヴァの様子はどうですか?」
「気になるか?」
「幼馴染ですから」
「俺は、お前にならアヴァを託してもいいと思ってるけどな」
アヴァを守る存在。それは自身が担っている。自分がその役割に適当であると、自負もしている。それでいながら、アヴァの幸せの邪魔だとも考えている。だから、アヴァが幸せになったら、彼女の元を去ろうとしていた。
しかし、仮にアヴァを幸せな環境に導いたとき、そのときに身を引くのでは、遅いのではないかとも考え始めていた。その幸せな環境の中に、自分が入ってしまうのではないかと、そう考えてしまう。
本来なら、それでいいのだろう。家族が一緒にいて幸せを得る、そのことに何の問題もないのだから。
しかし、ブラムにはそれを肯定できない。それほどまでに、彼の罪は、悪夢は、彼の心を縛り付けている。
「アヴァのことは、ブラムさんが最後まで守り切るべきでしょう」
「そうすべきなのは、わかってるんだ。アヴァの兄である以上、それは。ただ、俺は、許されないことをした。それは必ず、アヴァを傷つけてしまうだろう。だから、アヴァを幸せにはできない」
「よくわかりませんが、そこまでのものなんですか?」
「仮に、一度で済む傷ならいいんだ。切り傷や擦り傷、時間が経てば癒える怪我くらいなら。でも、後遺症まで残してしまうような病や大怪我、そんなものを与えられはしない」
「それは、かなりのものですね」
「ああ」
ブラムが重く考え過ぎている、というのはあるのかもしれない。どちらかといえば、その罪はブラムの心に深く突き刺さっているからこそ、アヴァの心にも刺さってしまうだろうと結論づけている節はあるだろう。ただ、ブラムには重く見えている以上、それを吐き出すことはできない。つまり、吐き出した結果を見ることもない。彼には、その罪を隠して共に過ごし、折を見て去ることしかできないのだ。
「悪い。元々は、アヴァの様子を尋ねてたんだったな。大丈夫だ、元気だよ。いつも通りだ」
「それなら、良かったです。そうでなければ、困りますけど」
「そうだな。もしもアヴァになにかあれば、俺たちは無理にでもここを脱出しなければならない」
問題の解決ができれば、それで済むのかもしれない。しかし、ブラムはこれまで、その手段を取ったことがない。村で責められたときは、母に従い村を出て行くしかなかった。山賊たちに囚われたときは、協力し反逆することで壊滅させ、その場を後にした。騎士たちに追われたときは、逃げるだけで、その根源は解決しようとしなかった。
どちらも、それを考える余裕がなかったとも言える。ただ、可能であれば逃げるというのが最も犠牲の少ない手段だとも、彼は考えている。
「ここを脱出することになれば、協力しますよ」
「いいのか? いや、そもそも、お前はここにいる理由もないのか」
「まあ、そうですね。蘇生に失敗した以上は、そういうことになるのでしょう」
「なら、遠慮なく助けを求めるよ。こうして考えると、俺が裏切り者みたいだが」
「別に、裏切ってはいないでしょう。ブラムさんは元々、アヴァのためにいるのだから」
「まあ、そうなんだけどな」
ロウソクが短くなっていくと共に、夜は更けていく。黄色い炎を揺らめかせる一本の細いロウソクが溶け消えかけた頃、二人は部屋を後にした。
* * *
「噂を聞きつけて来たのですが、まさかこんな少女が」
「驚きましたか?」
「ええ、まあ。ただ、容姿など関係ありませんね。できるかできないか、それに尽きます」
「そうですね。では、遺体を」
男性が棺桶を開く。すると、その中には美しい女性の死体があった。青白い肌は透き通るようで、白いシックな装いをさせられていた。保存状態はよく、腐ってはいないようだ。病死だったのか、外傷もない。
「妻のものです。残しても、どうにかなるものではないとわかっていましたが、それでも残したかった。妻の姿を忘れてしまいたくなくてね。綺麗でしょう? たとえ蘇生できなくとも、私が死ぬまでは、このまま残したいと思っています」
ブラムはその男性に、少し気味悪さを覚えた。それはおそらく、執着心に対してなのだろう。喪ってしまったものを諦めきれずに、いつまでも残しているその行動が、様々なものを喪ってここまで来たブラムには受け入れられなかった。
「もちろん、あなたが蘇らせてくれるのならば、次は共に心中しようかと思っていますが」
「命を粗末にはしないで欲しいです」
アヴァの声は落ち着いていた。何度も蘇生をしてきたために、慣れてきたのだろうか。それにしても、これまでとは違うようにブラムには思えた。
時は経ち、遠方からも訪れる人が増え、一日の蘇生人数も増えた。様々な死体とその物語に触れて来たからか、アヴァは段々と冷静になってきているようにブラムは感じた。初めの方こそ、蘇生を終える度にやり遂げた、とでもいうように笑みを浮かべてくれた妹だが、今は兄にそれを向けることもなくなった。
「ええ、ええ、大切にしますとも。しかし、人はいずれ朽ちてしまう。それに逆らうことは、できません。いえ、あなたにはできてしまうのかな?」
「それは、わたしにもできません。生の終点に辿り着けば、そこが終わりです。道半ばで転んだ人は助け起こせても、終点には先がありませんから」
「なるほど、面白い話です」
アヴァの言わんとしていることは、男性にも伝わったようだ。アヴァには、存在しない死体の他にも、天寿を全うした人間は蘇らせることができないとわかった。そうした人間は誰も彼もが高齢で、殺されたわけでも事故死でもなく、また若くしての病死でもなかった。体が衰え、どうすることもできなくなった、安らかな死を迎えた人々だ。
「そろそろ、蘇生を始めましょうか」
「確かに、あまり話していては他の人に申し訳ない。では、よろしくお願いします」
男がその場から一歩退くと、アヴァの影頭から足が退かれた。意識はしていなかったのだろうが、意識していないということがアヴァを見くびっているということでもあった。
アヴァの影が訪問者の方を向くのは、組織の意図的なものだった。その意図は影ではなく、アヴァの背中から太陽光が射すという点にあり、演出の一環だった。
アヴァは前に進み、上半身の影が男の足を覆った。両の手は棺桶の中で眠っている女性に当てられ、アヴァは瞳を閉じる。
そのまま、わずかに時間が経った。しかし、何も起こらない。
これまでなら、赤く眩ゆい光が湧いて、妹の手を伝っていくはずなのに。それが起こらない。ブラムは不思議に思った。
だが、それは妹も同じようだった。ブラムの方を振り向き、薄く困惑した表情を浮かべる。
「どうかしましたか?」
「いえ、いつもならこのまま蘇生できているはずなのですが、それができていないんです。アヴァ、どうかしたのか?」
「わからないの。いつもは、力が湧いてくるの。体の中を伝って、手を通って、相手に伝わるような感覚があるの。それなのに、今は何も感じないの」
戸惑いが大きすぎるのか、却ってアヴァの様子は落ち着いているように見えた。ブラムは、この場は一旦置いておくべきだと考える。
「すみません。アヴァの調子が悪いみたいです。一度、お引き取り願ってもいいでしょうか?」
「ふむ。いや、私は構わない。そもそも、信じていなかったのだから、奇跡などあるはずもないのだ」
「いえ、力は本当です。ただ、調子が悪いだけで」
「冗談だ。何人もの命が救われたという話は聞いている。ただ、命に執着がない私と違って、期待を削がれた他の者がどう思うかはわからない。くれぐれも、警戒するといい」
男性は棺桶の蓋を戻し、鎖を手に持った。その手は肩越しに体の前に持ってきて、引きずる態勢が整ったようだ。
「まあ、命を狙われるなんてことは、そう珍しいことでもない。忠告は要らなかったかな」
「いえ、ありがとうございます。妹のこと、気をつけておきます。もしも力が戻ったら、そのときはまた」
「そういうわけにもいかないよ。長く滞在する気は無かったし、蘇生がなければ仲間になる必要もない。さっきも言った通り、彼女の生死に執着はしていないんでね。彼女は死んでいても美しい」
男はそう言い残して、棺桶を引きずり遠ざかっていく。ブラムは、好きにはなれないと思ったが、騒ぎ立てなどを起こされなかったことには感謝した。
「お兄様、わたしどうしたのかしら?」
「それは、俺にもわからない。そもそも未知の力なんだから。次の人たちには、日を改めてもらうか?」
「ううん。本当に力が使えないのか、確かめたいから。まだ、何人かの人は受けてみる。さっきの人には申し訳ないけど」
「そうだな。まあ、仕方ないさ。あの人も気にはしないだろうしな」
「うん。そうね」
どことなく冷えて感じる声音に、ブラムは違和感と得体の知れない焦りを感じていた。来る時が来てしまったような、そんな感覚と、引きもどせなくなりそうな、そんな焦り。
光だけは強く刺さり、アヴァを神々しく照らし、彼女の影は大きく部屋に映し出されていた。




