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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
3章.人々に望まれたもの
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3-9

「息子を、お願いします! あの奇跡のように、お願いします! 俺たちの、たった一人の息子なんです!」

「わかりました」


 男の懇願に、アヴァは悲しみを湛えた眼差しを浮かべ、力強く頷いた。

 ここにいるのはブラムとアヴァ、そして夫婦。ブラムたちと夫婦の間には、男の死体が横たわっていた。死体は身綺麗にされてはいるが、土気色の顔面や肌からは命の輝きを感じ取れない。皮膚にも土や泥がついているし、身体を洗うまではできなかったのだろう。


 今いるのは、アヴァが蘇生を行うための部屋だった。プラットに案内されたこの部屋は、建物一階の左奥にあり、以前に大勢の前で行ったときの右奥とは対照的だ。

 ここは二十人ほどが余裕で入れそうな広さだが、その道中は一度に大勢の人間が入ってこれないよう、狭い廊下になっている。


 アヴァが死体に手を当てる。いつもの通り、赤い光を帯び始める。ブラムは、やはりその赤に不吉な感覚を覚えてしまう。クレシダの手紙との約束は、破ってしまっている。力は使わせないようにと、そう書いてあったはずなのに。


 アヴァの発する赤い光が弱まるにつれ、男の顔には朱が差していく。ブラムはその光景を見て、アヴァからなにかが委譲されているように感じた。


「あれ。俺は」


 不思議そうに上体を起こした男性に、夫婦は抱きついた。何度も名前を叫び、そこにある感触を確かめるように身体をさする。困惑しきる男性を余所に、これでもかというほど確認して、三人の家族は外へと出て行った。

 その背中を見て、アヴァはブラムの方に笑顔を向ける。


「わたしの力が、こうやって誰かを喜ばせられるなら、それはとてもいいことだと思うの」

「さあ、どうだろうな」


 ブラムが安易に同調せずにいると、アヴァはわずかに寂しげな表情を浮かべ、家族の去って行った方を見つめる。


「この力があれば、いつかまた、家族みんなで過ごせるときがくるのかな」

「変な期待は持たない方がいい。裏切られたときに、辛くなるだけだ」

「そうかな。……そうかもね」


 顔を(うつむ)かせるアヴァの萎んだような声に、ブラムは罪悪感を覚える。しかし、ブラムには到底、そんな期待を持つことができなかった。だからこそ、否定してしまう。

 きっと、アヴァもわかっているはずだと、そう考えて。

 アヴァのことを幸せにはしたいが、砕けるかもしれない幻想よりも、辛い現実を乗り越えさせたいと、ブラムは思っていた。その先には、必ず幸せがあるはずだと、そう信じていたから。


「この後は、部屋で待機だな」

「うん」


 一日で二人から三人の蘇生。力に制限があるように見せるのは、プラットの考えだ。回数を絞ることで、その行為には価値が生まれる。また、アヴァの行動に融通も出てくる。アヴァに不自由させない時間を確保するためにも、ブラムは賛成した。


「さあ、行きましょう? お兄様」

「ああ」


 小さき親友の行方も生死もわからず、寂しさと不安もあるはずの妹が、気丈に笑みを浮かべ手を引いていく様から、ブラムは目を背けたくなった。


 * * *


 避けようと考えていた。しかしそれは、現実的に考えて難しいことだった。

 ブラムは、アヴァと一緒に向かい合う騎士を見て、そう思い返す。

 まだ仲間の少ない中で、なおかつ蘇生を求めている人間。それは大勢いるわけでもなく、遅らせるにしても限界があった。


「僕の父親を蘇生して欲しいんです」

「わかりました」


 アヴァはまだ、目の前の騎士がオッドだということに、気づいてはいないようだった。鎧によって身体的特徴はわからないし、顔も兜で多少は見えにくい。ただ、彼はこれまで蘇生を懇願してきた人間と比べて、異質さがある。

 これまでの数人は、それこそ請うようにして、縋るようにして、過去を遡り伝え、死者がどれほど大切な存在であったのかを話し続けた。

 しかし、オッドの表情は、どこか諦念の見えるもので、感情が露わにもなっていない。アヴァもそこを訝しげに思ってはいるようだ。


 オッドは布袋を取り出し、アヴァに差し出した。


「この中に、父親の灰があります。できるのならば、蘇らせてください」


 どこか投げやりげな言葉。アヴァは両手で、布袋を受け取った。


「わかりました。試してみます」


 アヴァは布袋の口を開いて、その中に手を伸ばしている。その中は、サラサラとした手触りの粉が詰められている。ときどき、石のように硬いものにも手が触れる。


 ブラムは側でそれを見守る。そして、袋の中に入っているだろう灰を想像して、あることを思い出した。それは、エフィーの話だ。

 彼女は、死体を燃やすことが、罪の浄化になると行っていた。もしもそれに、意味があるとしたらどうだろう。

 アヴァのように蘇生を行った存在は、この町の物語では悪として扱われていた。一方で、死後の処理は燃やすことと指定され、更には浄化されるとまでいう。

 もしかしたら、燃えてしまった死体は、蘇らせることができないのではないか。あるいは、対象のわからない死体。たとえば、死体が目視できなかった母。それが死体だと言えるものがない場合、アヴァは蘇生を行うことができないのかもしれない。


 ブラムには、アヴァの力の正体が全くわからない。だからこそ、その発想は、一つの理解を得たような気がした。はたしてそれが正しいのか、アヴァの成り行きを見守ってみるが、いつもと違いうまくいっていないようだった。


「あれ、どうして……」


 アヴァも不思議だった。伝わるのは、灰と骨の手触りだけで、いつも体から湧き上がる異様な力が伝わってこない。


「できないみたいですね」

「そんな。なんで、どうして? 待って、もう少しやってみますから」


 焦るようなアヴァを見て、ブラムはオッドに近づき小声で言葉を交わす。


「なあ、これはアヴァが対処できない死体かもしれない。アヴァの力は本物なんだ」

「別に、疑ってませんよ。ただ、対処できない死体というのは?」

「この町は、アヴァのような存在を恐れていた。つまり、蘇生を。そう考えると、無闇に蘇生されないよう、偉い人間は死体に何らかの処置を施そうと考えるはずだ。そして今、この町では死体を燃やすことで罪が浄化できると伝わっている」

「なるほど。言いたいことはわかりました。俺の父親は、不運だったってことですね」


 オッドは残念がる様子もなく、ただ淡々とその事実だけを受け入れているような様子だった。


「お兄様、どうしよう? 力が使えないわ」


 ブラムとオッドの会話にも気づかないほど、アヴァは動揺しているようだった。声は震え、顔からは血の気が引き始めている。ブラムは、そんな妹の肩に手をやり励ます。


「大丈夫だ。きっと、制限があるだけだ。他の死体なら、問題なく蘇生できるはずさ」


 と、そこまで言ってからブラムは失敗したと考える。このまま、アヴァの力が使えないことにしておけばよかった。

 今の立場を得られるのは力あってのものだが、力そのものの存在は証明されている。ならば、これを機に、自分には力が使えなくなったとアヴァに信じさせ、周りにもそう思わせておくべきだった。なにかがあってからでは遅いのだ。今のうちに、使えないようにできるなら、それがいい。これまでのことからも、アヴァは言っても聞かないだろうと、ブラムは考えていた。


「本当に? それなら、あの、ごめんなさい。わたしには、蘇生できなくて」

「気にしないでいいよ。僕も、そんなに期待してなかったから。……と、失礼しました」

「あの、もしかして、あなたは。もし、そうだったら、言いたいことがあるの」

「人違いでしょう」


 オッドは踵を返し、何歩か進んでその足を止める。振り返らないまま、呟いた。


「もしも、伝えたいことがあるなら、代わりに伝えましょう」


 ブラムは、アヴァを見つめる。妹が一体どんな反応を示すのか、それが良くないものであれば、すぐにでもオッドを追い返そうと思っていた。

 アヴァは、トゲの刺さったような、ちょっとした痛みを覚えたような表情を浮かべ、なにか言葉を発しようとしてためらうような素振りを見せる。しかし、意を決したように息を飲み込むと、一気に言葉を吐き出した。


「ずっと言いたかったの。あのとき、わたしは怖くて、何も言えなくて。だから、本当に一言。ごめんなさい。いくら言葉を繋げても、最後にはそれが続いてしまうから。だから、それだけ、伝えてください」


 アヴァは腰を折り、頭を下げる。オッドには目視できていないだろうが、この静かな部屋に響くわずかな音から、なにをしているのかは察しただろう。


「わかりました。伝えておきます。ただ、僕と似たその人は、きっとこう言うでしょう。『こちらこそごめん』とね」


 その言葉の後、オッドの一歩とアヴァの手が伸びた瞬間は、ぴったりと重なっていた。だが、アヴァの手は萎れた植物のように途中で折れ、オッドには届かないばかりか遠ざかっていく。アヴァの表情は、感情がないまぜになった複雑な様子で、ブラムには何を思ったのか理解できなかった。


「ありがとう」


 ただ、アヴァが小さく、そう呟くのだけは聞こえた。だから、ブラムはオッドのことを、味方だと判断することにした。もしも、オッドが望むのであれば、アヴァと仲良くさせようと。語らわせようと。そう思った。

 無いものを懐かしむような表情で白い薬指を撫でるアヴァを横目に、ブラムはオッドに感謝を覚えていた。


 * * *


「失礼します」


 ノック音のあと、部屋に入ってきたのはプラットだった。いつも何をしているのか二人は知らないが、今日の彼は疲れて見えた。


「なにかあったの?」

「いや、報告をね。ネズミなんだが、おそらく君がいた孤児院にいるようだ。仲間の騎士がそこの見張りについたとき、ちょっと話をしたようでね。連れ出せそうなら、試してみる」

 あと、蘇生の話を広めるために、三人の少数団を組んで三隊ほど出してみた。これから、君の力を頼ってくる人間は増えてくるだろう。主に外からね」


 今のところ、計画通りといったところだろうか。元々、アヴァの力はないはずのものだった。そのため、水面下で慎重に進めていく計画だったのが、急に動き始めたとも言えるが。それでも、動き始めたのは内部ではなく外部でのことだ。枢機卿らが把握するのは、旅人が不自然に増え始めた頃になるだろう。それも、町の見張りを仲間に引き込むか、町を介さずここへ連れてくるだけで解決できる。


「フィンのことは良かったです。期待して待ってます。人が増えるのも、わかりました。忙しくなりますか?」

「きっとね。一日の蘇生人数が、増えるかもしれない。ということで、あらかじめ君の警備も増やしておこうということになったわけだけど」

「それなら、俺から推したい人間がいる」


 ブラムはアヴァに顔を向ける。それだけで、アヴァは察せたようだ。彼女は心を落ち着かせるように胸に手を当て、それからゆっくりと頷いた。それを確かめてから、ブラムはプラットに向き直った。


「騎士の中に、俺とアヴァの同郷がいるんだ。信頼できると思う」

「なるほど。わかった、検討しよう。他にはいるかい?」

「俺個人としては、受付の女性みたいな人がいるといいな。今アヴァについている女性は、きっと戦えない部類だろ? それなら、鞭で戦える方がいい。それに、アヴァが望むなら自衛として鍛えて貰うのもいい」

「わたしは、わたしの身を守るためのものなら、学びたいわ」

「らしい。大勢いるだろう騎士と違って、ああいう女性はそうそういないだろうし、これは可能であればでいい」


 そもそも、アヴァに戦わせること自体、ブラムは望んでいない。ただ、近距離で急所を狙った戦闘か、不安定な投擲戦闘になるだろう短剣よりは、距離を取った戦闘のできる武器の方がましだと考えただけだ。


「そうだな。そちらも検討しておこう。まあ、アヴァ様のためといえば、俺らの中では通るさ。こちらからはこんなところだが、そちらからは他にあるかい? 俺から訪ねるということも難しくなると思うから、用があればそちらから呼んで欲しいが」

「今のところは問題ない。アヴァの力が使えない場合については、少しずつわかっていくだろうしな」

「ああ、そうだったな。万能ではないという辺り、人が授かった奇跡らしいとも思うし、俺らにとっても問題ではないよ」


 オッドの父親が蘇生できなかったことを報告した後、ブラム達はアヴァの力がどこまで及ぶのか把握することにした。しかし、試すための死体はこの町では調達できず、結局は毎日の蘇生の中で、例外を集めることになった。

 その中でわかったことの一つは、腐りきった死体は蘇生できないということだった。氷は貴重であり、また失われた知識によって、死体の冷凍保存などは教養や金銭のない一般市民にできるものではなく、遭遇することも少なくなかった。


「じゃあ、こんなところで。ネズミは連れて来られそうなら、誰かに頼むよ。孤児院内でも、見つからないように隠しているみたいだから、まずは信頼を得ないとね。あそことは、君のこともあるし協力もできそうだ」

「うん。先生はいろいろなことを知っているし、いいと思う。皆とまた会えるなら、それも嬉しいけど」

「残念ながら厳しい。事が終わるまでは、君に特別な存在でいてもらわないといけないからね。あまり人前に姿を曝すことは、よして欲しい」

「わかってる」


 プラットは、今ばかりは哀れむような表情を見せたが、すぐにそれも搔き消えた。


「手紙くらいならいいけど?」

「余計に会いたくなっちゃうから、やめとく」

「そっか。まあ、任せるさ。俺は俺のことをやるし、アヴァやブラムもやることをやってくれればいい。しばらく息苦しいとは思うし、俺らの願いのために振り回してしまってるけど、頼むよ」

「大丈夫。逃げたりなんかしないから」

「助かるよ」


 ブラムは何も言わず、そのやり取りを見守る。アヴァが自身の意思を示している間は、そこに介入するつもりはなかった。大きな変化の訪れない環境なのだから、自由にやらせるつもりだった。


「じゃあ、本当に出るよ。また、これからもよろしく」


 疲れを滲ませた笑みを見せて、青年は扉の外へ出て行く。扉が閉まるなり、アヴァは大きく溜息を吐いた。会話で湧いた感情を全て吐き出すかのようだ。そこには、年相応の少女らしさがあった。

 ブラムは、あやすように妹の頭を撫でる。ひとしきり撫でられた後に見上げて微笑んでくる表情は、ブラムの疲弊した心もまた癒しているようだった。

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