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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
3章.人々に望まれたもの
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3-8

「裏切ってなんかねーよ」


 ネイハムは、調子の変わらないまま、開口一番そう言ってのけた。


「なら、最初から仲間じゃなかったってことか?」

「いや、違う。お前は試験に合格したってだけだ」

「試験?」

「そう、試験さ」


 新しい声の方向へ顔を向けると、茂みからプラットと、鞭を持った女性が現れた。その女性は、確かクェントと共に受付にいたのをブラムは思い出す。


「鞭、ごめんなさい。でも、危なかったから」

「別に、納得できればいい。誰か説明しろよ」


 ブラムは痛みを堪えて立ち上がるが、二本の足が地に着くなりよろめいた。それを、地面に剣を突き立て体重を預けることで耐える。

 ブラムの態勢が落ち着くのを見計らったように、プラットが話し始めた。


「裏切り者は、いない。こんな早い段階で、そんな存在が混じるのは危険だよ。俺たちは、ある程度の規模になるまでは、隠れていないといけないから、慎重に進めているんだ。

 そこにうまく、枢機卿の息が掛かった人物を取り入れる、なんてことはそうないだろう」

「それでも、万が一、ということはある。ならば、その裏切り者を始末できる人間が必要だ。

 アヴァ様を身近で守れて、鍛えた騎士に匹敵する力を持ち、更には時間的な束縛もない存在となれば、候補はお前くらいのもんだ」


 ネイハムが引き継いで説明する。ブラムはそこで、自分はその素養があるか試されたのだと気づく。


「どうして、クェントを標的にしたんだ?」

「顔見知りを斬れるかの試験だ。問答無用が最高だったが、まあ、会話をしても斬ることを選んだし、及第点だろう。

 相手が格下だとわかっているなら、情報を聞き出すくらいの余裕を持ってもいいが、不明なら不意打ちで仕留めるべきだ」


 顔見知りの中では実力が不明で、かつ正面から戦えば同じか格上のクェントは、ブラムの試験にちょうど良かったのだろう。人選も、ネイハムがしたのだろうし、実力で言えば適切な人間を選んだに違いない。


「いやあ、それにしても、会話を選んだ時点で、俺は見逃されるか勝てるかって思ったんだが、追い詰められるとは思わなかったぜ」


 剣を支えにクェントも立ち上がっており、丸盾を背中に装着し、首を左右に曲げながら彼はふぅっと息を吐く。


「ああ、戦い方は良かった。騎士らしくない戦い方っていうのは、実戦を積んでない騎士には特に有効だろう。総合的に、お前は合格だよ」

「嬉しくないな。俺が得たものといったら、足の痛みくらいだ。あの場面で的確に鞭を打ち込んだ辺り、かなり強いんだな」


 訓練生の特訓でも、鞭や弓相手の立ち回りを学ぶとき、相手取ることはあったが、そのときは狙うところを言われてそれに対処する、というものだった。

 その程度の対処しか学ばないのは、基本的に鎧に対しては鞭の打撃力が通用しないことが挙げられる。この町には金属製の鞭を作れるものは存在せず、想定される相手も革鞭のみだった。

 ただ、ブラムは身軽になるため、膝当てと手甲ぐらいしか防具を装備していない。帯剣を減らせば、より身軽にもなるが、ディルの剣もガルトの剣も、彼は外したくなかった。

 結果的に、今回の試練ではそれが功を奏したようだったが。


「まあ、騎士の相手になれる程度には、訓練してるからな。彼女らは鞭や弓の扱いの他は、主に動体視力を鍛えることになる。俺の師匠が、弓や鞭を使う旅人に頼み込んで、教えてもらったものを受け継いで来ているらしいが、流石だと思うぞ」


 ネイハムはどこか誇らしげに、寂しさを(にじ)ませた顔で話す。だが、ブラムはそんな様子に気づかず、浮かんだ疑問を放つ。


「女性が差別されてるのに、それが許可されたのか?」

「教主様は、すぐに頷いたらしい。枢機卿らも、殺傷能力がないと聞いて渋々、といった感じだったと聞いている。実際、騎士の力は上がったし、何の危害も加えられてない。枢機卿も、今じゃ口出しはしないだろう」


 話し振りからして、どうやら教主と枢機卿は対立していたらしい。補佐係とはいえ、そんなことがあっては、結託して教主を引きずり降ろそうと考えるのも不思議ではない、か。ブラムは、ネイハムの考えが、ようやく飲み下せてきた。


「試練については、もう良かったか? ブラム、悪かったな。騙すような真似をして」


 プラットは首を垂れて、謝罪をする。言葉だけのものだが、ブラムとしては満足している面もあった。


「いや、慎重さと真剣さは伝わったからいい。全部、アヴァのためだもんな。なら、今すぐ許せはしないけど、受け入れはするさ」

「そうか。ありがとう。この後は、夕食を運びに行くだけだが、まだ聞きたいことはあるか?」


 この際、いろいろ知っておくか。

 ブラムは、まだこの組織のことをほとんど知らない。仕組み、立場。クェントが裏切り者だと言われ、素直に処理しようとしたが、言われた通り、もう少し疑問に思った方が良かった。必要なのは、情報だ。


 もしも、この組織から脱け出すことになったとき、それは必要になる。まずは、ここで聞いてもおかしくはない疑問から進めていくか。


「クェントは、どうしてこの組織に入ったんだ?」

「お前、標的じゃなくなったのに、言葉遣い直さないのな。いいけどよ。

 で、理由だが、言わないってのは、ナシだよな。こんだけ迷惑掛けてるし。プラットのせいだけどよ」

「悪いけど、答えてやってくれませんか?」

「ああ、まあ、いいよ。わかった。(こころざし)ってのは、確認しておかないと不安だよな。よし、話す」


 ブラムは、こうして話してみると、受付で話した時とは印象が違うものだな、と感じた。もしかしたら、受付では故意に態度を悪くしていたのかもしれない。


「俺はな、騎士になってから訓練生の受付役を勤めることになった。それで、そのときから、そいつと一緒に受付だ」


 クェントは、鞭を持った女性を指差す。ブラムが最初に受付で会ったのも、この女性だ。


「ってなるとな、本当に一緒なんだ。なんせ、受付だ。なにもないときなんか、暇でな、話し相手を求めてみると、隣にいるそいつが丁度よかった。で、話しているうちに、それが楽しくなって来た」

「もしかして、色恋沙汰か?」


 ブラムは、まだ経験したことがなかったが、訓練生になってからは他の訓練生からそういう話を振られたり、聞いたりすることが多々あった。


「ああ、そうだよ! 恥ずいな」


 ブラムには、その感情がうまく理解できなかった。彼の見てきた恋愛は、両親のものだけであり、そこに恥ずかしさを見たことはない。ディルとエフィーの関係も、恋愛として見てはいなかった。


「でも、それが組織に入ることと、どう関係してるんだ? 愛を訴えてはいるが、それだけか?」

「いや。この町を変えないといけない、そう思ったんだ。俺が彼女と交際を始めた後、気づいたんだ。彼女はいつも、卑屈になってしまう」


 クェントは、女性の方に目を流した。女性は受けると、受け止めることはせず、その目を伏せた。


「俺は彼女と対等でいたい。話し相手から始まった関係なんだ、それくらい当然の望みさ。

 それなのに、この町は神話によって女性差別が行われている。宮殿側では、悪魔の正体が女性だったという話があるから、余計にな」


 その話は、道中でプラットからも聞いていた。この組織は、それが悪魔ではなく、神の裁きを与えにきた代行者であると考え、アヴァを崇めたてている。


「だが、そのせいで、多くの女は卑屈になる。生まれつきのものじゃない。立場の強い父親が、そうなるように押し込めるんだ。なにか目立とうとすれば叱り、兄弟より秀でていれば褒めるどころか(けな)す。……そんな話を聞けば、反対したくもなるぜ! おかしいって、思うに決まってる!」


 クェントは、握る手に力を込めている。片手に握られているのが木剣であれば、砕けてしまっていたかもしれない。


「だから、俺たちはこの組織の味方をすることにした。ネイハムさんが、誘ってくれたお陰だ」


 それを聞いて、ブラムはネイハムに尋ねる。


「どうして誘ったんだ?」

「訓練生を引き込むのに、クェントは有利な立場にいた。訓練生の情報が手に入るし、訓練を直接見に行くのにも融通が効く。ブラムの情報を得たのもここからだ」

「なるほどな。新しい仲間が見つけやすくなるのか。他には、どんな奴らを引き込んでいるんだ?」


 深く訊いてくるブラムの様子に違和感を覚えたのか、プラットが軽く手を挙げる。


「ブラム、そんなことを知ってどうするんだ? アヴァ様の警護には関係ないだろ?」

「この組織が今、どれだけの力を持っているのか知りたいだけだ。警戒心については安心したが、総合的な力も安心できる程度か知っておきたい」


 プラットは、その言い分に納得したらしい。おかしいところはないし、その情報が生ずる不利益が思い当たらなかったのだろう。それならば、情報を与え信頼を得た方がいいと考えた。

 プラットの他には違和感を覚えた者はいないようで、組織で最も警戒心が高いのはプラットなのかもしれない。


「騎士は、元近衛騎士のネイハムさん。訓練生の情報を得られるクェントさん。その他、ネイハムさんやクェントさんが、宮殿側出身の騎士を十名ほど勧誘した。その他に、生まれがここではない騎士や訓練生が数十名。仲間の騎士は、四十近くいるだろう。アヴァ様の見張りに、交代でついているね。


 金銭面での出資者は、宮殿側に在住している方が数名。宮殿側に住んでいるのは、信仰心が高い人々や金銭で表した人々だから、特に慎重にしている。そこで、町を出て外で暮らしていたイゴールさんには、かなりお世話になったよ。他の兄弟の方々にも、仲間になってもらえたら心強いが、きっと遠くにいるだろうね。


 最後に、知識面だ。これは、歴史研究をしていた人が十名程。元々、正しい歴史を訴えようとして、枢機卿たちから追放された人々だよ。もちろん、それぞれ研究分野が多少は異なっていたのもあって幅があるし、旅で集めた知識を持つ人もいる。知力は全員で考えればいいし、なかなかの人員が集まっているとは思っているよ」


 こんなところでどうかな、とプラットは首を傾げて手を広げる。

 ブラムは、その話を聞いて驚いていた。保持している実力にではなく、プラットが組織の力を把握していることにだ。どんな力を持つ個人、その把握は当然のことだろう。人によっては英雄扱いするネイハムなど、記憶に残って当然だ。

 だが、プラットは組織内の人員が、どれくらいのものか、おおよその人数も表した。それはつまり、名前などわかっていなくても、何人いるかはわかっていることだ。顔くらいなら、覚えているかもしれない。

 おそらく、警戒心によるものだろう。慎重にしていると言っていた。知らないうちに、覚えのない人間が混ざっても、気づけるようにしているのだろう。


「安心した。聞くのは、これくらいでいいだろうな。仲間増やしじゃ力になれないし、あとは任せた」


 さっき、プラットに少し疑われてしまったことを省みて、ブラムはこれ以上踏み込むことはやめておいた。あとは、別の機会か、日常観察で気づいていくしかない。


「ああ、任せてくれ。ブラムはアヴァ様の警護と、万全にしたいところだけど、裏切り者の始末。頼むよ」

「ああ。当然だ」


 プラットが頷いて、手を差し伸べてくる。ブラムは、握ってやろうと思ったが、鞭の痛みがまだ残っている。引いては来たものの、皮膚の内側が燃えているみたいだった。


「悪い。怪我してたんだったな」


 プラットは笑って、ブラムの目の前まで来ると、剣の柄に乗ったブラムの手に、自身の手を乗せた。ブラムは両手のうち右手を引き抜いて、プラットの手の上に乗せた。


「じゃあ、俺らも」


 クェントが手を乗せ、ネイハムも乗せる。離れたところから見守っている女性に、クェントは手招きをする。女性は何度か首を振ったが、するとクェントが手首を取って引っ張ってきた。そして、そのまま彼女の手も上に乗せる。


「町を良くするため、頑張るぞ!」


 プラットの妙に張り切った掛け声に、誰も応答はしなかった。ただ、その場の意思が統一されているのは、手を重ねた全員が感じていた。


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