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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
3章.人々に望まれたもの
48/60

3-5

 ブラムがアヴァの部屋の方へ戻ると、騎士二人とお付きの女性、そしてプラットの四人が扉の前にいた。


「なにしてるんだ?」

「ほら、アヴァ様は男性が苦手でいらっしゃる」

「ああ、それでか。さっきの話は、ここではできないのか?」

「ん、一応、中がいいね」


 プラットは、そう言いながら手をプラプラと振る。ブラムの方には、その手の中に紙片が握られているのが見えた。


「わかった。じゃあ、入るか」

「頼むよ。今のところ、アヴァ様に信頼されているのは、君だけなんだから」

「ああ」


 だから今、ブラムは重宝されていると言ってもいい。しかし、いずれ、アヴァにもっと仲のいい誰かができれば、あるいは、アヴァが気兼ねなく話せる人物が多くなれば、アヴァとは距離を離されるかもしれない。ブラムは、そう危惧していた。


 アヴァはここで、一番偉い人間になるのだ。いくら親族だとしても、アヴァとブラムは別個の人間で、組織内の人間からブラムへ向く感情は、全てがアヴァのついででしかないだろう。


 ブラムの肩書きは、騎士の訓練生であり、元近衛兵であるネイサンの養子であり、アヴァの兄。彼自身の力で得たものは、訓練生という立場と、ネイハムの養子である点だが、ブラムはそれらの肩書きを弱いものだと考えていた。


「アヴァ、入るぞ」


 ノックもせずに、ブラムは扉を開けた。アヴァはベッドに腰掛け、足を揺らしている。家具こそあるが、他にはなにもない部屋では、やることがないのだろう。

 着替えは済ましたようで、さっきまでの豪奢な衣装は、黒染めの長シャツと藁色をした膝下まで丈のあるスカートに変わっていた。


「着替えたんだな」

「だって、動きづらいんだもの。ガルトさんに貰った短剣だって、引き抜くのに一苦労よ?」

「そこは、心配してなかったんだけどな。逃げるのは向かないと思うが」


 護身用として足のホルダーに装備させている短剣だが、ブラムは使う機会がないことを望んでいる。出会うのは、自分の力で振り払える火の粉まででいいと。


「さて、アヴァ、少しいいか?」


 ブラムの一歩後ろに待機していたプラットは、ブラムの一歩先に出た。


「プラットさん。さっきのは、あれで大丈夫でした?」

「十分だよ。蘇生の力も見せてもらったしな」

「なんか、プラットさんがしてた、さっきまでの仰々しい話し振りを思い出したら、笑っちゃうね。わたしが知るのと、全然違うもの」


 アヴァなりに、気の抜けるところを探していたのかもしれない。ブラムには、アヴァが孤児院でどんな生活をしていたのかわからない。だが、同年代の子供たちに囲まれる日々と比べれば、大人ばかりのここは居心地が悪いはずだと考えていた。


「全てはアヴァ様のために、ってことさ。用事なんだが、捜すのを頼まれていたネズミについては、まだ見つけられていないよ。君が最後に別れたと言っていたところには、いなかった」


 アヴァは、明らかに残念そうな表情を浮かべた。なにもないこの部屋に拘束されることを考えれば、アヴァにとっては、今こそあの友人が欲しいところだろう。


「あの子は頭がいいから、わたしがいた孤児院にいるかもしれないわ。もし行くことができたら、探してみてください」

「わかった。警戒はされてそうだから、しばらくは難しいかもしれないが、できるだけ早く訪ねよう」

「うん。お願い」


 ブラムも、アヴァに同感だった。一緒にいた間、フィンの賢さには、アヴァの次に触れていたのだ。もしも生き延びていたのなら、アヴァにも思いつくところへ避難している可能性はある。


「用事はそれだけです。アヴァ様には明日から、蘇生をやってもらいますので。今日と同じく、一日に二人までとしましょう。

 蘇生させるのは、この町の不条理を経験したことのない、旅人が優先とします。まずは、味方を増やすことを目標にしたとき、この町の人々の方が仲間にはなりやすいはずですからね」


 要するに、アヴァの力を餌にして、外部の味方を増やそうという作戦だ。ブラムはそう分析し、口出しをする気は無いが、アヴァの保護者として気になることは確かめておく。


「外のよく知らない人間を相手にして、アヴァの安全が保障できるか? もしかしたら、そのままアヴァを(さら)っていったり、危険だと判断して殺されるかもしれない。外の人間ほど、味方の振りもしやすいだろう?」


 プラットの背中に、ブラムは疑問を投げつける。プラットは首を回して、ブラムの方を振り向いた。


「うん。慎重な意見だね。しかし、それは、この町の人間も同じようなものさ。少なくとも、こちら側にいる人間は、身元を保証できるものなどないからね。俺だって、この組織を立ち上げ始めた一員という身分しか信頼の保証がない。

 だったら、外の人間も変わらないさ。でも、もちろん、警戒はするよ。アヴァと依頼者の距離は開き、死者を蘇らせてから依頼者の元へ向かわせる。これで、アヴァと接触することもなくなる」


 依頼者が襲撃者だった場合、近接に持ち込もうと考えれば、騎士やブラムが気づき止められる。未知の遠距離武器の使い手だったとしても、アヴァを目視できなければ狙いはできないだろう。


「そうだな。それならあとは、蘇生された者が襲撃者だった場合しか、あからさまな危機はない。襲撃者がよほど強力な場合を除けば、な」

「まさか、アヴァを狙うために一度死ぬなんて、そんなことをする人間はいないと思いたいが。そうだな、死因が毒、あるいは何らかの外傷であるときは、注意してみよう。

 警戒し過ぎては、相手からも警戒を買ってしまいそうだから、やりたくはない。それに、そこには愛がないだろう?」

「俺は、アヴァの安全さえ守られればいい」


 それはブラムの本音だが、アヴァの力を誇示し、仲間を集めたい組織の方針としては、そこまでの警戒心を持てないだろう。だから、ブラムにとっては、外の相手に多少の警戒を持たせるだけで良かった。そうすれば、オッドとアヴァの対面を、遅らせることができるかもしれないからだ。


「そうか。改めて、アヴァを守るために、君の存在は必要だな。きっと君が、アヴァのことを一番考えられる」

「兄だからな」

「うん。これからも頼むよ。じゃあ、アヴァ様、俺の用はこれで。昼と夜は、頃合いになったら食事が運ばれます。出歩くときは、この建物からは出ないでください。

 出歩くのが許されるのも、今のうちです。仲間が増えれば、残念ながら敵も増えます。我々は、厳重に守らないといけませんからね」

「わかった。そうなる前に、友達が欲しいな」

「考えておきましょう。それでは」


 プラットは踵を返し、ブラムとすれ違い際、肩に手を置いてきた。クシャっと、紙が潰れる音がした。


「アヴァ様を頼むよ」


 ブラムは、プラットが手を当てている肩に自分の手を持っていく。すると、プラットの手が離れ、そこには一枚の紙片が置かれている。ブラムはそれを握ると、腕の力を抜いて手を腰のあたりに持ってくる。


「言われるまでもない」


 頼まれたのは、アヴァのことだけではない。それは、ブラムにもわかっていた。裏切り者の始末のことも、言っているのだろう。

 ほとんどの騎士は、普段の業務があるために、動くことができない。交代制でアヴァの部屋を見張るのが限界だ。

 しかし、もしも裏切り者が騎士だった場合、対処にはそれなりの実力も必要だ。さらには、場合によって殺すことも考えられるような存在が。


 ブラムは、養父となったネイハムに、過去の事情を伝えていた。だからこそ、この役目が回ってきたのだろう。

 ブラムは自身の実力が、どれ程のものか、未だ判断がついていなかった。剣術の基礎や、体力作りは、ガルトの元で身につけた。殺す気で攻撃できることからも、訓練生の中では抜きんでていた。

 しかし、実力を認められた騎士たちでは、どこまで通用するのか。一般の騎士程度なら、どうにでもなるとは考えていたが、ネイハムのように、近衛兵になれるくらいの実力には、まだ勝てない。それは、ネイハムとの短い訓練から感じていた。


 おそらく、一般的な騎士よりは強い。が、それより上では、下の方になるだろう。


 まずは、プラットに渡された紙片を確認する。そこには、相手の名前と、この組織の情報を宮殿に流した騎士であること、そして今夜、ある場所へ呼び出したことが記されていた。


 宮殿に情報が流れたということは、この組織は既に認知されているということか。どこまで情報を流されたのかは知らないが、ここまで知られていたとしたら、アヴァの身にも危険が及ぶ。それに、この後も組織を調べるための騎士が送り込まれるだろう。


 裏切り者は騎士である、という点に絞れば、探しやすくはなるのかもしれない。それに、裏切り者が連れてきた者は、裏切り者だと疑うこともできる。


 ブラムは、ため息を吐いた。誰かを疑っていないといけないのは、かなり疲れる。山賊の元で、慎重に仲間を増やしていた日々を思い出してしまうのも、それを加速させそうだ。

 ここでは、愛だのなんだの言っておいて、規模が弱いうちは余裕がないから、裏切り者は消さないといけないのだろう。


 敵が山賊程度のものなら、今の規模でも余裕はあったんだろうが、騎士の半数以上は引き込まないと、戦力的に敵対は厳しいだろう。

 あとは、ネイハムの考えが正しいかどうか。あれは、予感みたいなものだったが。


「お兄様、座ったら? 立っていると、疲れない?」

「ああ、そうだな」


 ブラムは、ネイハムとの日々を回想しかけたが、アヴァの存在を思い出す。そういえば、一人ではなかった。アヴァのいない日々が長かったためだろうか、まだ慣れていない。最近までは、いつも部屋の中で考え込むことが多かった。


「アヴァは、出歩きたいか?」

「今は、いいかな。もう少し休みたいから。それよりも、お兄様の話を聞かせて? 昨夜は、わたしの話ばかりだったから」

「そうだったか? まあ、聞きたいなら話すけど。大したことしてないしな」

「でも、首飾りを取り戻した話だとか、わたしのところへ来た話だとか、簡単にしかされていないわ。それに、ネイハムって人のことだって」

「ああ、そうか。まあ、一応しておいた方がいいか。多分、これから会うことは、もう無いような気もするんだけどな」


 かくして、ブラムは、アヴァと別れてからの日々を回想することになる。彼がアヴァに話すのは、その内容の要所でしかないが。



 * * *



 アヴァと別れた後、ブラムはこちら側と向こう側を繋ぐ橋に向かった。そこで、ブラムが倒した騎士に、訓練場まで連れて行ってもらうことになっていた。


「こちら側の中央は、商店や住居が並んでいる。右の方は騎士の訓練場と宿舎があって、左側は由緒ある金持ちや、金を持った旅人、そして狂信者が住んでいる。

 立場としては金持ちの方が強いんだが、行動に移すと狂信者の方が強いから、扱いに困ってる感じらしいな」


 こちら側に比べて、向こう側であるここは、明らかに活気が違って見えた。商店には人々が押し寄せているし、品数は少ないが、見たことのない食材などが販売されている。どこかから取り寄せているのだろうか。

 また、建物の多くは背が高く、基本的に二階建てだったこちら側とは異なる。

 同じなのは石造建築であることくらいだが、人の手で作ったのではなく、元からあった岩石を加工して作られたように感じられた。高さのせいだろうか。


「真正面にあるのが、宮殿だな。あっちの方には、いくつかの神殿もある。騎士は、そこらの見張りが仕事ってわけだ。

 まあ、お前はこれから訓練生だ。しばらくは訓練を積んで、騎士になれれば神殿なり宮殿なり、橋なり入口なり、要所の警護に就くことになるさ」


 宮殿もまた、遠くからでは石造に見えた。しかし、輝いている。その辺りの石と違って、よく磨かれているようだ。太陽の光を反射して眩しく、よく見ることなく目を背けた。


「こちら側と向こう側の位置は、逆にした方が良かったんじゃないですか? あれを先に見たら、がっかりしますよ」

「別に、見世物って訳じゃないからな。それに、持つものを持ってるやつは、こちら側で過ごしたくないってなる。そうすりゃ、どうしても向こう側に行きたいからって、なんでも余計に出すもんさ」

「どういう奴らが来るんだ?」

「事情があって国を捨てたやつとか、安全な場所に泊まりたい旅人とか、そんなんじゃねえか? 橋でこれまで見た奴らは、そんなもんよ。たまに、他の国から使者が来たこともあったな」

「へえ、そうなんですね」


 会話をしながら、二人は訓練場へと向かって行った。距離はそう遠くなく、他に聞いた話は、この町の騎士を取り巻く事情くらいであった。


 訓練場へ着くと、机越しに二人の人がいた。片方は女性で、その場に立っている。机の高さは、女性の腰より上の辺りまである。もう一人は騎士で、椅子に座っているようだ。机の上に、顔だけが覗いている。


「なにかあったか?」


 受付の騎士が、ブラムと連れて来た騎士に気づき、剣呑な声を掛けてくる。


「今日来た旅人なんだが、騎士にしてやりたくてな。訓練生に入れてくれ。ちなみに、俺は負けた。ほら、証拠として、橋の警護をしてた騎士の証だ」


 ブラムを連れて来た騎士が渡したのは、一枚の紙だった。本来は、訪れた者を記録するために使うものなのだろう。今は、橋にいた騎士の人数分、名前が書かれている。


「ふん、なるほどな。それが本当なら、なかなかの実力だろう。金を握らされたのでなければな」

「おいおい、疑い深いな。まあ、それは訓練場で確かめてくれ。あとは、騎士になりたいっていうこいつに任せるさ。名前はブラムって言うらしい」


 連れて来た騎士は、ブラムの紹介をすると、そのまま橋の警護に戻ろうとし始めた。ブラムは一礼して見送り、受付に向き直す。


「ブラムです。どうすれば、騎士になれますか?」

「力と信仰心があれば、なれるさ。もしも、腐敗を期待しているなら、そういうことは一切ないぞ。一般騎士なら、金で動く者もいるかもしれないが、審査は信頼を得た実力者が行なっている」

「それでいいです。まずは、訓練生から始まるんですよね」

「そうだ。おい、紙出せ」


 騎士は、隣の女性にぶっきらぼうな口調で命じる。女性は、それが自然なことであるかのように従う。膝を折り屈むと、机の中を漁り、紙と墨い棒、そして黒く汚れた手袋を取り出す。


「こちらに、判名(はんな)を含めたお名前と、出身を書いてください」

「すみません。俺は両親が死んでしまって、判名を知らないのですが」

「なら、要項を満たしてないってことだ。諦めるんだな」

「でも、騎士にならないと、収入がありませんよね。俺は、妹を養わないといけなくて」

「……そういう事情か。まあ、この町には腐るほどいるわな。そういうときは、実力を示せ。騎士に欲しいと、思わせる力をな。で、俺は自分の目で見たものしか信じない。ついてこい」


 ブラムがついていくと、宿舎に連れて行かれる。そこで騎士は大声を発し訓練生を呼ぶと、男性と少年が合わせて十人近く現れた。


「こいつらと一対一で手合わせして、力を見せてみろ」

「わかりました。どうしたら勝ちになりますか?」

「真剣は危ないから、木で作った剣を使ってもらおうか。相手に膝か、尻から上を床に付けさせる。それか、三回攻撃を当てる。これでいい」

「じゃあ、それでやりましょう」


 その後、ブラムが勝ち抜けたのは同じくらいの年が一人、十歳も離れていないだろう青年を二人、大人を二人勝ち抜いたところで、打ち負けた。技術では勝っていたが、体力が続かなかったのだ。

 それでも、訓練生になる素質は認められ、晴れて訓練生になるのだった。


「そこのお前」


 訓練生同士での打ち合いをしているとき、ブラムが呼ばれた。

 訓練場は、足元が草原、荒地で二分されており、その手入れもまた訓練生が行うことになっていた。また、草原も荒地も、対人でなくとも打ち込み練習ができるよう、丸太が立てられてもいた。

 騎士が使うのは剣のみであり、扱いを覚えるのも剣のみ。代わりに、弓や鞭などの遠距離武器の存在と、それらの武器にどう対処すればいいかは、教わることになる。実技になると、女性が弓や鞭を使用し、対人模擬戦を行うことになっていた。

 弓や鞭を使用する女性は、交代で受付を担当しているという女性であったり、騎士を親に持つ娘であったりした。


「なにか、ありましたか?」


 訓練中は、数人の騎士が見張りに就くことになっていた。毎日、その顔ぶれは変わり、ブラムがオッドを最初に目にしたのは、この時だった。


 今日の見張り騎士は三人。いつもより少なかった。若い騎士が二人と、三十代ぐらいの騎士が一人。その一人は、他の二人に比べて豪奢な鎧をしており、眼光は鋭い。目だけで、人を殺すのではないかと思うほどだ。


「こっちへ来い」


 ブラムを呼んだのは、その様相が違う騎士であった。その騎士がいるだけで、いつもより見張り騎士が少ないにも関わらず、空気が張り詰めていた。しかし、それは気のせいではなかったのだろう。

 実際、ブラムは呼ばれた瞬間に声の方を振り返ったのだが、その際、目に入った何人かの訓練生と、二人の騎士は怯えて見えた。


「わかりました。今、行きます」


 ブラムは、その騎士の元へ向かう。彼にとって、自身に及ぶものであれば、怖いものなどなにもなかった。恐れているのは、アヴァの身に危険が行くことだけ。

 訓練生になってからは、掃除や整備などにより、宿舎に閉じ込められるような生活になっていたため、アヴァの元へは行けなかった。抜け出そうかと考えたこともあったが、なにかあれば、あの先生から話もあるだろうと考えていた。本当にそんなときがくれば、彼はキーファを斬っていた可能性もある。


「訓練が終わり次第、俺の家に来い。お前の部屋に、地図を置いておいた。話は通してあるから、宿舎は出ても問題ない」

「……なぜ、俺は呼ばれたんですか?」

「その理由は、ここでは言えない。お前の反応によっては、斬らなければいけない話をするつもりだからな」

「なら、その話を聞きたくはないのですが。俺はまだ、死にたくありません」

「……殺しておいてか。お前、人を殺したことがあるだろう。俺にはわかる。そんなお前だから、話したいんだ。

 もしも、斬られることに恐怖を覚えるなら、来なくてもいい。そのときは、全て忘れて、ただの騎士を目指せばいい」


 目の前の男は騎士のはずだが、自分のことを人殺しだと気づき、それでもなお、話したいことがあるという。この男は、噂に聞く罪人騎士とやらの一人だろう。

 なんにせよ、話を聞くなら見返りがなければいけない。


「俺が話を聞きに行ったら、見返りはありますか?」

「貪欲だな。だが、それでいい。お前に、力を貸そう。俺の力と、俺の名前の力をな」

「あなたの名前は?」

「ネイハム。元、近衛騎士だ。縁あって教主様を守っていたが、しばらく前に辞めさせられた。あとの話は、俺の家でだ。今日中ならいつでもいい。待ってるぞ」


 その言葉を最後に、話は終わったとばかりに、ネイハムはブラムの胸を突き押した。その上、顎をあげて離れろ、というような態度まで取る。

 ブラムは信頼を持てないまま、訓練に戻った。


 その後、訓練が終了し、騎士たちがいなくなると、近くの訓練生や、多少は話すようになった訓練生から、どんな話をされたのかと問われ、ブラムは適当に、もっと腰に力を入れて剣を振れ、と言われたとはぐらかした。


 納得していない者もいたが、ブラムはネイハムという男の情報を集めることにした。

 そこでわかったのは、ネイハムは一般騎士の立場から、初めて罪人騎士になり、罪人騎士という概念を作った存在だということだ。

 規律を重んじる騎士らしくはなかったが、戦士であるその姿は、まるで英雄譚のように一部の間で語られているという。

 また、その武功から、教主様を身近で守る近衛騎士の立場にまで昇り、教主様から判名も賜ったらしい。


「うさんくさいな。そこまで、うまくいくのか?」

「ばっかお前! それだけの実力があるっていうことだよ」


 周りからそこまで言われると、ブラムも信用してみようかという気にはなった。それにあの男は、自分のことを人殺しだとも見抜いていた。


「行ってみるか」


 部屋の中で地図を手にして、ブラムは呟いた。久方ぶりに真剣を二本、帯剣する。ガルトの剣と、ディルの剣。未だに獣を斬ったくらいしか出番はないが、できれば人を斬るというのは、したくない。ブラムはそう思っていた。


 しかし、ブラムはまだ、直接殺した人間は一人もいない。腕を斬ったり、脚を斬り落としたり、そのまま放置すれば死んでしまうような重傷を負わせはしたが、その死に目には遭遇していなかった。

 ただ、彼はそれらの行為も、人を殺したのだと、そう思っているからこそ、そうした雰囲気が、わかる者にはわかるものとして表れているのだろう。行為そのものに、殺意が乗っていたことに変わりはない。


「アヴァのためなら、力は必要だ」


 呟いて、彼は部屋を出る。受付を通り過ぎるとき、なにも言われることはなかった。ひとまず、話を通してあるというのは真実のようだ。

 あとは、どんな話をするつもりなのか。斬られそうになれば、先に斬ってやる。

 右手を柄に触れさせたまま、ブラムはネイハムの家に向かっていった。



***

数話前に名前間違いがありました。

×ネイサン ○ネイハム です。

混乱させてしまった方、すみませんでした。

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