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人々の感情が高まった空間を、ブラムは見回していた。そこにいる人たちは、格好も容姿も全く異なる者たちだった。しかし、今は志を共にしている。山賊への反抗勢力と、なにも変わらない。
しかし、それは、ブラムの望むところではなかった。反抗勢力は、山賊を根絶やしにする勢いで、恐ろしいことを行った。自身だって、道を作るためだけに、道中にいた山賊の腕や足を切り落とし、機動力を奪った。なんの罪悪感もなく。
正義の恐ろしさを、ブラムは知っていた。しかし、この集団の中には、それを知る者が少ないだろうとも考えていた。
せいぜい知っているのは、正義の元で戦う経験のある騎士くらいのものだろう。しかし、この町の騎士たちは、戦の場であっても、人を殺すことが禁じられている。あくまでも、相手の武力を削ぐことに特化しているのだ。
それは、宗教上の問題であった。この町の宗教の特徴は、女性が差別されていること。教主と、その下にいる五人の枢機卿が町を治めていること。生き物を殺すことが、大きな罪であること。これらだ。
その中で、生き物を殺すことが罪であるという決まりがあるために、騎士は殺人を許されていない。また、この町には女性差別から、女騎士も存在しない。
この町の騎士たちを取り巻くのは、そのような状況だ。しかし、例外もある。この町の騎士は、過去に戦が重なったため、力を求めて旅人やこちら側の人間も取り入れ始めたからだ。そうなると、向こう側出身の騎士や一部の旅人たちは、教養の差から、こちら側出身の騎士に指示を下す立場へと変化した。
一方で、既に生き物を殺した経験のあるこちら側の者たちは、戦場での殺人も宗教上は許される罪人騎士として、一部の騎士を除いた向こう側の人間からだけは差別される存在となっていた。
その戦を体験した騎士らの中には、ブラムの知る正義の恐ろしさを知り、それでも無視する者だっているのかもしれない。だが、ここ数年は、この町が戦を体験していないということも、ブラムは知っていた。
人々は皆、それなりに身なりが整っている。しかし、髪質や傷ついた手、あるいは体格などから、こちら側と向こう側の人間に見当はつく。それらを除き、騎士の格好をした者を確認する。その中でも戦を経験したことがなさそうな、若く見える者も除く。
ここまですると、少なくともこの場には、正義下で行われた戦争を知る者は、数人ほどしかいないように見えた。あとは数少ない彼らが、行き過ぎた正義の歯止めとなるか、それとも無視するか。
考えながら、ブラムは見知った顔を見たような気がして、若い騎士に焦点を当ててそれを探した。そして、見つける。
どうして、ここに。よりによって、お前が。
ブラムは、寂しさとも怒りともつかぬ感情を持て余し、アヴァの目に入ってはまずいと考える。
「アヴァを部屋で休ませる」
「お兄様、わたしは大丈夫よ?」
確かに、アヴァは力を使った直後こそ、原因不明のふらつきがあったが、今はブラムの支えがなくとも自分の足で立っていた。
「いいから、休んでおけ」
「俺も賛成だよ。アヴァの姿は、教主様のことからして、あまり見せるべきじゃないし、力だって無限に使えると思わせない方がいい。制限のあった方が、特別な力だと思わせられる」
三人の声は、人々のざわめきで、外へはかき消されていた。ブラムは焦りや不安、アヴァはただ自分にできることをしようと、プラットは組織にとって打算的に、三者の思想は統一されていないが、結論としてはアヴァが負けた。
「皆さま、アヴァ様はお休みになられます! 蘇生の続きは、また明日からになることでしょう。我々は、この力と思想を人々に伝え、この町を真なる神の意志下に取り戻すのです!」
プラットに促され、ブラムとアヴァは壇上から左側へ退場していく。ブラムはその出口扉しか見ていなかったが、アヴァだけは人々を無視するのもどうかと思い、人々に向けて少し笑いかけてみた。
すると、アヴァの予想外に大きな反響が湧く。主に、若い男性からのものだった。アヴァは受け止められず、最後だけ早足に退場していく。
「お疲れ様でした。部屋へご案内します」
「頼む」
「あれ、お兄様は?」
「俺は、用事ができた。あとで部屋に行くよ」
二人の騎士とお付きの女性にアヴァを委ね、ブラムはそこに留まった。アヴァはブラムの言葉を疑うことなく、騎士らと部屋に向かっていった。
アヴァ達の姿が見えなくなると、ブラムは壇上への扉を開けて、様子を窺う。プラットが何かを言っている。愛という単語が幾度か聞こえたため、組織の教義を再確認しているのだろう。
愛を支柱にまとまった組織とはいうが、ブラムには最早これも一種の宗教だとしか思えなかった。教主と教えをすげ替えようとしているだけで、この町の仕組み自体は何も変わっていないように思えた。
ただ、ブラムは何も言う気はない。アヴァが幸せになればいいのだから、アヴァが一番偉い立場になれば、それもまた幸せなんじゃないかと考えていた。現に、今だって手厚い待遇を受けている。結果が出るまで、あるいはアヴァに危害が及ぶまで、彼はこの組織に介入する気はない。
しかし、危害になるかもしれない存在が見つかれば、その限りではなかった。今さっき、その一つを見つけたのだ。
プラットが一礼する。どうやら、話は終わったようだ。ブラムは扉の先へ進む。壇上の左側には、人が待機するためのものであろう、幕が掛かっていた。右側には扉がないため、そもそも幕も要らない。ブラムは左幕の陰に隠れ、人々の様子を窺う。
熱気冷めやらぬ、といった感じだが、意識は壇上から離れたようだった。ブラムは、出来るだけ足音を忍ばせ、壇上から人々の間に降りる。周囲の人々が驚いたように視線を向けてくるが、人混みの隙間を縫って、目標の人物の元へ急ぐ。
一人だけ流れの違うブラムは目立ってしまうが、少年らしくない険しい表情を見てか、誰も声を掛ける者はいなかった。あるいは、死者が蘇るという夢のような体験の感慨から、覚めたくなかったのかもしれない。
部屋の出入り口に近づいてきた。壇上から離れたこの空間近くには、人々もそう多くはなかった。だからこそ、人混みを抜けてきたブラムからすれば、そそくさと出口へ向かおうとしていた人物は、余計に目立って見える。
「おい、そこのやつ!」
ブラムは呼び止めようとしたが、気づいていないのか、それとも無視しているのか、歩みは止まらなかった。
仕方なく、ブラムは歩く速度を更に早める。人混みからは抜けていたため、それは容易だ。しかし、相手も同様に速度を上げた。
「気づいてるなら止まれよ」
呟きながら、呼びかけることは諦めた。代わりに、会場を出た途端に走り出し、走るには至らない速度で逃げていた男の腕を捕まえる。
「なんですか?」
振り返りもせず、彼は用件だけを聞いてきた。ブラムは、なにをしらばっくれているのかと考えたが、思い直す。おそらく、相手は本気でそう思っているのだろう。ただ、追われたから逃げただけ。
「どうして、お前がここにいるんだ?」
「いたら、悪いですか?」
「いや、そうは言ってないが。でも、お前は━━」
ブラムは、アヴァの男が苦手になった要因は、山賊達との暮らしが理由だと考えていた。しかし、壇上でこの男を見つけた時から、もしかしたら、この男が原因のではないかと思い始めていた。
だから、ブラムが聞きたかったのは、どうしてここにいるのか。そして、アヴァと会わないように頼みたかった。
「お前は、アヴァが嫌いなんじゃないのか? いや、俺のことだって、嫌いだろ?」
だから、今までは騎士としての存在を知っていながら、声を掛けることはしなかった。しかし、今はもう、向き合わなければいけない。
「……別に、今は。許せは、しませんが。ただ、あれは、アヴァやブラムさんだけが、悪かったわけじゃないと知りましたから」
そう言って、彼は振り向いた。ブラムは、騎士になった彼を、初めてまじまじと見つめた。
昔は、ひょろっとしていて、あどけなさの目立つ少年だった。それが今は、身長に見合った体格に成長し、ブラムの握っている腕も固く、筋肉がついているのがよくわかる。その顔はもう、笑顔を浮かべたとしても、少年らしさを見せはしないだろう。それ程に、鋭くなっていた。
彼はそのまま体ごと捻り、ブラムの方へ向き直ったため、ブラムは掴んでいた腕から手を離した。
「オッド……その、成長したな」
「ありがとうございます。ブラムさんも、いろいろ変わりましたね。前はそんな、人殺しみたいな冷たい目をしていませんでした」
「……言うようになったじゃないか」
オッドの表情は、全く変わることがない。一方で、ブラムは彼に言われた言葉に、自嘲めいた笑みを浮かべながら返すくらいしかできなかった。
妹から言われたときは、妹を守るためだと割り切れたが、昔を知る他人から指摘されると、アヴァから言われるよりもブラムの心に刺さった。
「それよりも、頼みがあるんだ。アヴァのことなんだが」
「アヴァですか。綺麗になりましたね。昔、あんな子と結婚の約束をしていたんだと思うと、ちょっと誇らしいです」
オッドは右手で、何もない左手の薬指を握っている。
「アヴァと、そんなことを約束したのか?」
「はい。でも、アヴァだってもう、忘れていますよ。あのまま、平和な日々を暮らしていれば、そんなことはなかったんでしょうけど」
あまり変わらないオッドの表情が、そこで初めて変わった。彼は今も、あの日の光景に囚われている。それが、ブラムにも伝わった。
「そんな顔をするのに、俺たちのことを恨んでないのか」
「さっきも言った通りです。原因であることは、許せませんが、あの日まではそれでも平和だった。今の僕は、この組織の一員で、アヴァ達の味方です。それに、蘇らせて欲しい人もいます」
「……両親か?」
ブラムには、自分らが逃げ出した後に、村の騒ぎがすぐに収まったとは思えなかった。心の余裕がなく、そもそも村のその後を考えることさえしなかったが、機会を与えられ考えてみると、不思議でしかない。生き残りさえ、いないかと思っていた。
「親父です。母は、親父が死んで、狂ってしまいましたから。今も、村で安静にしてるでしょう。きっと」
「父親の死体は、ここにあるのか?」
「骨と灰ですけどね。袋に入れて、持ってきています。親父が蘇ったら、母も戻ってくれるんじゃないかって、僕はそう思ってます」
表情に、変化は少ない。本当は、あまり期待していないのだろう。それだけ、狂ってしまった母親と接してきたのだろうと、ブラムは考えた。
「わかった。謝っても、どうにもならないが、悪かった。ただ、アヴァに会うときは、気をつけて欲しい。今のアヴァは、俺以外の男に会うと体調を崩すんだ」
「どういうことですか?」
「いろいろあったんだ。アヴァに何があったのか、聞くのもやめてくれると助かる」
「……わかりました。そういえば、クレシダさんは?」
「死んだよ。蘇らせることが、できない状態で。だから、オッドの親父さんも、あまり期待はしないで欲しい」
オッドは目を見開き、そして顔を背けた。クレシダの死か、父親が蘇生できないことか、どちらへの反応なのかはブラムに察せなかった。
「わかりました。そちらも、やっぱり、いろいろあったんですね。……じゃあ、僕はこれで」
「ああ。なにか、できることがあったら言ってくれ。贖罪じゃないが、そんなものだ」
「こっちだって、アヴァのことでなにかあったら手伝います。男嫌いの原因に、僕も入っているかもしれませんから」
オッドは力なく、騎士らしい一礼をして、そのままどこかへ行った。訓練生であったブラムと違い、騎士である以上は、務めもあるのだろう。
ブラムは、オッドとアヴァを会わせるべきか、悩み始めた。まさか、突然オッドが危害を加えるなんてことは、ないだろう。それに、確実に幸せであった、あの村の記憶を共有できるオッドは、アヴァの話し相手としていいような気がした。
ブラム自身は、アヴァを守るためのことに気を回したく、アヴァとの会話に気を取られたくない、というのが本音だからだ。ブラムが思い描くアヴァの幸せの中に、人殺しの自分は入っていない。
しかし、オッドは村を出る間際、村人に追い立てられる要因を作った原因でもある。それは、アヴァの嫌な記憶を掘り起こしてしまうのではないかと、危惧している。いずれ、二人が会うのは確定している。オッドの父親を蘇らせないといけないからだ。いや、死体だけ渡すようにしてもらえば、それも回避できるな。
こんなこと考えないで、アヴァに直接聞ければいいのに。ブラムは、頭を掻き毟る。
だが、アヴァの前でオッドの名前を出して、それだけで記憶を揺さぶってしまうのは避けたい。名前そのものが禁句となる場合もあるのだ。
良い方にも悪い方にも転がらないのは、オッドとは会わせないという道。やはり、これが一番いいだろうか。オッドには悪いが。
ひとまず、ブラムの考えはまとまった。アヴァとオッドを会わせない。なにか動きがあるまでは、その方針だ。
「ブラム、ちょっといいか」
アヴァの部屋に戻ろうと、廊下を歩き始めようとしたところだった。ブラムは、後ろから声を掛けられる。ここでは、アヴァの次に聞いた声の持ち主だ。
「なんだ?」
振り返ると、そこにいるのはやはりプラットだった。その更に後ろの方からは、高揚が治まったらしい人々が、少しずつ出てきていた。
「アヴァを守るお前には、伝えておいた方がいいと思ってな」
彼は声を掛けた場所から、ブラムの方へ近づいてくる。その場でも声は聞こえるのに、なぜ近づいてくるのか。不審に思いながらも、怪しい動きをしたら剣を引き抜けるよう柄に手を当てる。
「身構えるなって。人に聞かれたくない話をするだけだ」
警戒心を微かに緩め、プラットの足取りに気を配る。プラットは真正面ではなく、ブラムの一歩横にずれた位置を歩いている。プラットはそのまま、ブラムとすれ違いざま、小声で囁いた。
「裏切り者を、始末して欲しい」
すれ違い切ったプラットを、ブラムは振り返る。すると彼は、「詳細はアヴァ様の部屋で」と言いながら、ヒラヒラと手を振っていた。そのまま、足取りは変わらず、どこかへ向かっていく。
また新しい厄介ごとだ。そう考えながら、ブラムが立ち尽くしていると、後ろから来た人混みに紛れてしまう。
流れに乗らないと、動けなそうだ。
騎士たちが、これからの業務の話をしていたり、組織の建物を建築しているらしい人々が、ここをこうしたらいいんじゃないかと話していたり、アヴァ様は本当にすごい、などという会話を聞きながら、ブラムも歩いていく。
その後、人の流れが収まった辺りで、ブラムはそこから抜け出して、アヴァの部屋へと向かうことにした。




