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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
3章.人々に望まれたもの
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3-3

 昨夜、アヴァはブラムと話し明かし、疲労が溜まったていたのか、二人は安らかに眠りに就いた。


 アヴァより先にブラムは目を覚まし、扉に耳をつけて聞き耳を立てる。不審な様子がないことを確かめてから、扉を開けてみる。


「おはようございます。どうかされましたか?」

「……いや、別に」


 扉の前には、二人の騎士と、一人の女性がいた。女性はアヴァのために用意されたものだろう。また、騎士は二人とも、ブラムに見覚えはなかった。そもそも、ブラムの記憶に残っている騎士の数は少ないが。


「二人は、騎士をしながらここに属しているのか?」

「騎士が消えていくと目立つからな。消えるのは、こちら側の人間で十分。仕事の振りして、ここで見張りってわけだ。交代制でな。ああ、お前は消えてもネイハム殿がどうにかしてくださってる」

「知ってる。会ったら代わりに礼を言っておいてくれ」

「恐れ多いことを言うなあ。まあ、外から来たんだから仕方ないけどよ。あと、彼女は申請に応えて今日から待機してるからよ」


 女性は一礼した。格好は整っているが、所作から元はこちら側の人間だったのだろうと、ブラムは察する。正式な呼び名がないため、ブラムは貧しい方をこちら側、裕福な方を向こう側と表現している。味方による識別でなく、入り口が手前だったために、呼び方がこちらと向こうになっているのだ。


「アヴァ様はまだ寝ているのか?」

「寝ているよ。まだ寝させていていいのか」

「時間になったら、起こしに来るってよ」

「わかった。ありがとう」

「務めだからな。俺もまだ見たことないし、楽しみにしてるぜ。できれば、容姿もいいと最高なんだが」

「変なこと言うなよ。アヴァをそんな目で見る奴は許さない」

「違う違う。指導者には力が必要だ。蘇生の力だけじゃなく、見た目も揃っていれば盤石(ばんじゃく)ってもんだろ?」

「それは、そうかもしれない」


 ブラムはアヴァのことに関して、軽口も見逃すことができなかった。それは、全ての害意を退けるためであったし、妹が男嫌いだということがわかった以上、更に気をつけなければいけないと考えている。


「規模が大きくなれば、敵も混ざるかもしれない。そのときアヴァ様を確実に守らないといけないのは、一番近くにいるお前だ。どんなことも、警戒するのは大切だとは思うがな」

「アヴァの立場は関係ない。ただ、妹だから守るだけだ。周りのことは、関係ない」

「ああ、それでいいさ。ま、今は部屋に戻ってもらおうか。部屋に入れる人間も、できるだけ少なくしてるんだ。用がないなら近くにいてやれよ」

「わかってる」


 ブラムは部屋の周囲を見回ろうと思っていたが、警戒については万全だと考えた。扉の前に騎士が二人、おそらく、その外にはまだいることだろう。それを確かめたくはあったが、迎えが来るなら、戻って来たときにアヴァと入れ違う可能性がある。


 扉を開け、ブラムは部屋に戻った。


 アヴァは寝息を立てている。夢を見ているのか、ときどき身を震わせるが、起きる様子はないようだった。


 俺は、悪夢ばかりだ。


 ブラムの睡眠は、山賊たちの元にいた頃から浅かった。理由は不規則な生活、そして彼を悩ませる悪夢だった。

 それは、今でも続いている。忘れさせてはくれない、いや、忘れないためなのかもしれない。彼の頭の中には、いつだってその光景が過っている。

 裂かれた人々の血、血、血。皮膚まではすんなりと切れる。しかし、骨まで断つときは力が必要で。血が飛び出して。いつまで経っても、慣れるものではない。ただ、割り切っているだけで。


 しかし、それよりも彼を悩ませている悪夢は。


 ブラムは、髪を撫でようとしてアヴァの方へ伸ばしかけた手を引っ込める。そのまま、髪を掻き毟る。頭を過る記憶は、どうやっても消えなかった。


 他のことに意識を傾けていられたから、最近は思い出すこともなかったのに。安全になった途端にこれだ。


 ブラムは椅子に座り、まだ腰に帯びていない剣を両手で抱え込む。ディルから貰ったものだ。


 俺は、アヴァを守ると誓ったんだ。だから、守らないと。幸せにしないと。アヴァの敵にはならない。害さない。味方でい続ける。いつまでも、ずっと。そのために、忘れないと。忘れてしまわないと。こんな記憶、こんな感情。


 ブラムは剣を強く抱え込む。


 ディル、お前はどうやって。


 ブラムが考え込みそうになったところで、アヴァに動きがあった。ブラムは立ち上がり、剣を腰に装備し、アヴァが起き上がるのを待つ。


「ん。おはよう、お兄様」

「ああ、おはよう」


 アヴァは上半身を起こし、目元を擦る。

 彼女の髪は長く伸びた。以前はボサボサになっていた髪も、孤児院での生活のおかげか輝きを取り戻している。

 体も成長していた。村を出た頃は、幼い少女でしかなかった。しかし今は背が伸び、ふくよかではないものの肉体は確かに性徴をしていた。


 ブラムは、さっきの会話を思い出して、アヴァを改めてよく見る。容姿は整っている。前は可愛いのみだったが、今では美しさの片鱗が顕われているようにも思えた。

 金の髪は肩より下まで流れ、青い目は陽の光を受けて空よりも青く輝く。肌は剣の刀身ほどに白く綺麗であった。


 思わず、意識してしまいそうになって、ブラムは目を背ける。妹として見てきたせいで気づかなかったが、彼女は十分に魅力的だと気づく。アヴァが男を嫌っても、近づいてこようとするものはいるだろう。その危機に気づけてよかったと、ブラムは胸をなでおろす。


「アヴァ、外に女の人がいたよ。なにかあったら、その人に話すといい」

「わかったわ。それで、この後はどうすればいいのかしら」

「呼び出しが来るらしいから、それまでは、この部屋で待機だ」


 待機とは言ったものの、用はあったために二人とも一度は部屋の外に出た。手早く済ませ、戻って来ると、昨日の青年が部屋の前にいた。


「お待ちしてました。アヴァ様にはまず、我々への自己紹介をしていただきたい。そして、数人ほど蘇生をお願いしたい」

「わかりました」


 逆らうことができるはずもなく、アヴァは返事だけは、しっかりと返した。青年の様子は昨日までとは別人のようで、驚いたためにそれくらいしか返せなかった、というのもある。

 その後、部屋に朝食が運ばれた。昨夜と量は同じくらいだが、料理の品は少し変化していた。飽きさせないためだろう。


 料理を食べ終わると、アヴァは身を清めさせられた。お付きの女性と二人で川まで行き、体は女性に湿らせた布で拭かれた。

 ブラムと合流するときには、アヴァの装いも変わっており、どことなく絢爛な衣装を着飾っていた。ブラムの格好は変わらず、動きやすい軽装のままだった。


「一体、なにをするの?」

「朝に言った通り、自己紹介です。アヴァ様は、我々をまとめあげる象徴となるのですから、その存在は知らしめないといけません」


 アヴァはブラムと二人の騎士、お付きの女性を伴い、青年の先導に従って歩いていた。慣れない衣装は動きづらかったが、この町にある礼典用の衣装だということだった。

 中はワンピースに似た服、その上に裾が広く丈は足元まである衣服を羽織っていた。顔以外の肌は全て生地で隠されている。そんな彼女が動きづらい主な理由は、その羽織っている服の重みにあった。


「さあ、そろそろです。アヴァ様が姿を見せるための場所は、教主様の宮殿を参考にしておりますので」


 目の前には扉だけ。ノブはなく、木製のもので、ここだけ真っ白に塗られている。飾り気のないのが、却って神聖さを感じさせた。これを開ければ、もう後戻りはできない。アヴァは、そんな気がした。


「開きます」


 青年は抑えた声で呟くと、扉を両手で押しあける。観音扉になっていたらしい。


 声がした。どよめくような声だ。誰か一人のものではない。複数の音が重なって、大きな音になっていた。


 アヴァは青年に促され、足を進める。ブラムだけがついていく。騎士と女性は、その場から先には進まない。


 アヴァとブラムが進むと、背の高い卓があった。卓は壇上にあるようで、その前方とは高さが違う。また、卓の後方には、薄い布が垂れ下がっている。その後ろには、座るための場所が設置されている。これが、宮殿を参考にした造りというものなのだろうか。


 二人が歩いていくと、卓はアヴァの胸元くらいまであることがわかった。また、卓上には、紙が乗っている。先を行く青年が、卓の前に立った。


「皆さま、お静かに」


 ここで、兄妹は向きを変え人々を前にした。二人が立っているのは、壇上であるため、人々を見下ろす形になる。ぱっと見、多くの人がいるということだけがわかった。講堂はそれほど広いわけではないようだ。それに、人々の間に隙間もある。それでも、話を聞き流しながらブラムが数えてみると、五十人以上の人間がいた。


「私は、我々の始まりが一人、プラットです。今この場にいない者もいますが、まずは我々の強い味方となる人物、アヴァ様を僭越ながら、ご紹介いたします。

 アヴァ様は、死者を蘇生する力をお持ちです。これはつまり、神話に出てきたのは悪魔などという存在ではなく、我々と変わらない者であるということの証明。

 そして、神からの寵愛(ちょうあい)を受けた者である証明。我々は、神の使いの元、正しくこの町を治めることを誓います」


 人々から声が上がった。理不尽に抑圧されてきた者たちがあげるような声だと、ブラムは思った。あのときと、同じだ。


「まずは、アヴァ様のお力を見せていただきましょう。では、死者をここへ」


 二人の人間が前へ出てきた。小さな階段を、ゴトンゴトンという音とともに登ってくる。そして、壇上へ。

 音の原因は、棺桶であった。二人はそれぞれ、棺桶の蓋を開き、話し始めた。


「私の妻です。幼い頃から体が弱く、私が守ってやらなければと思い、夫婦(めおと)になったのです。しかし、子を成した後、大きな病に罹り、そのまま治ることはなく。

 お願いします! どうか、私と妻をもう一度相見えさせてください!」


 両手を合わせ膝を折り、男性はアヴァに祈りかけるような態度を取った。話し終えたのを認めると、もう一人も話し始める。


「私は娘です。夫というのは、ありません。勝手に出来てしまった子です。だけど、あの子は、あの子の笑顔は、いつでも私に元気をくれて……。それなのに、あの子はわたしを元気付けるために花を探しに行って、獣に襲われ……。

 嫌なんです。もう、あの笑顔が見られないなんてことは耐えられない! あの子がいなければ、私はもう生きているのかさえわからない。どうか、どうかお願いします。あの子を、あの子の笑顔を取り戻してください!」


 アヴァは、二人の言葉を受け取った。悲しかった。病で妻を喪った話には、自身の母を重ねてしまったし、娘を喪ってしまった人には、エフィーを重ねてしまう。わたしだって、エフィーがいなかったら、今ここにいるのかもわからない。きっと、この女性も同じだ。


 プラットが死体を抱え、棺桶から壇上へ置く。周りから見えるようにするためだろう。

 男の妻の遺体は、病のせいか腐敗したせいか、体の一部が腐っていた。適切な遺体の保存方法も知らなかったのだろう。

 女性の娘は、顔は恐怖を感じたまま固まってしまったようだった。また、綺麗な衣服を纏っているために気づきづらいが、肩から大きな爪痕が走っているのがわかった。


「わかりました。必ず治します」


 目から涙を零し、アヴァは二人に力強く返す。この人たちは、悪人なんかじゃない。蘇らせるべき人だ。誰かに恨まれているわけでもなくて、すぐに殺されてしまうなんてこともない。


 アヴァはまず、病で死んだ女性に手を当てる。いつもの要領で、力を伝えていく。体から湧いた力が、手を伝って伝わっていく。

 周囲から歓声のような声が起こるが、アヴァは意に介さない。どうでもよかった。


 力は女性の体を巡っていく。そのまま、外へ出ていくこともない。中に留まるだけだ。そして、少しずつ、体が綺麗になっていく。腐っていた部分が活性化し、黒かった皮膚は白くなっていく。しかし、赤く光るアヴァの目には、色の変化は捉えられていなかった。


「あ……私、は?」


 声がした。女性の声だ。


「は、あ。はああ! 本当に、本当に!」


 男性は目を見開き、その目尻から涙が落ちていく。ありがとう、ありがとうと、口の中で何度も呟いている。そんな彼の方へ女性は目をやり、口元を綻ばせながら、どうかしたの?と声を掛ける。


「なにも……なにも、なかったよ。なんとも、なかったよ。ただ、お前がいて、ああ、そうだ。いてくれて、良かった……」


 アヴァは女性から手を離し、娘の元へ向かう。男性は蘇生した女性の元に駆け寄り、抱き寄せていた。困惑した表情を浮かべながらも、女性は満更でもなさそうな表情で抱き返していた。その光景に、何人かの目が潤んでいるのをブラムは認めた。


「わたしのっ、わたしの娘も!」


 待ちきれないといった様子で、女性はアヴァに手を伸ばす。プラットがその間に立ちはだかり、落ち着いてと両肩に手を乗せる。


 アヴァはそんな様子に頓着せず、医者が患者に向き合うような態度で、両手を少女の小さな体に当てる。


 力が湧き上がり、伝わっていく。もう一度、笑顔を見せてあげて。赤く染まった瞳から涙を零しつつ、アヴァは願いを込めて力を流し込む。


「あ、ああ!」


 少女の蒼白な顔に血色が戻っていく。見開いていた目が、少しずつ閉じていく。そして、呼吸を始める。上半身が膨らみ、萎みを繰り返す。肩の傷口も見えなくなった。


「ん、んん。お母さんの声?」


 少女の口が僅かに動き、声を確かに放つ。女性はもう耐えられなかったのか、すぐさま少女に抱きつく。アヴァも手を離して、立ち上がる。少しふらついたが、気づいたブラムが支えた。


「アヴァ、大丈夫か?」

「ええ。大丈夫よ、お兄様。それより、良かった」


 今や、歓声が大きな渦となっていた。祝福と賞賛の嵐。それらが巻き起こす渦は、二人にとってどこか心地よい。しかし、ブラムだけは、拭いきれない力への不信があり、素直に飲み込まれてしまうわけにもいかなかった。


「皆さま! アヴァ様の力はこの通りです! 我々は神の力を味方にした。この力の元、愛を支柱として、差別のない平等な町を目指しましょう!」


 プラットの宣言に、意を唱える者はいなかった。奇跡に対する歓喜と祝福は異様な高まりを生じさせ、人々は誰もが気分を高揚させていた。

 落ち着いてきたブラムと、またなにかを失ってしまったような、そんな感覚を覚えたアヴァを除いて。




***

数年前に作った作品の、改稿転載を開始しました。自殺をテーマとしたミステリとなりますが、良かったら読んでみてください。9/1(土)に完結する予定です。

「吸血姫は死を嫌う」

https://ncode.syosetu.com/n4363ey/

蘇術少女についても、今後ともよろしくお願いします。

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