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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
道程2.神と人の話
43/60

2-1

 石で周りを整備された穴ぐら。大人が手と膝を床につけて、ようやく通れるくらいの広さしかない。そこには、土の香りと腐臭が漂っていた。

 先は見通せず、アヴァにとっては前を歩くブラムの姿だけが頼りだ。それを見失わないよう、ぶつからないよう、先へと進んでいく。終わりもわからないままに。


「わたしたちは、どこに向かっているの?」


 とうとう、アヴァは口を開く。彼女は、ブラムがわかっているようだったから素直についてきていたが、いよいよ不安に呑まれた。


「今の町に不満を持っている人間が、集まっているところだ。前と同じさ。きっとな」


 前、というのが、あの山賊に対抗したときのことだろうとは、アヴァにも理解できた。しかし、彼女はそれに良い思い出がない。確かに山賊達は酷い人間で恐ろしかったが、反抗した人々もまた恐ろしく感じられるものだった。

 その狂気や熱気というのが、アヴァには受け入れがたかったのだ。なにより、蘇生させた人を、あっという間に奪われたのだから。それも、山賊に関わる人間だろうという短慮によって。正しくはあるが、事情も聞かずに命を奪ったというその事実が、彼女には山賊の行為にも及ぶものだと思えてしまっていた。


「今のこの町は腐っている。何年か前から、おかしくなったんだ。だから、この町に住む俺たちが、異常に気づいた俺たちが、この町を変えないといけないんだ」


 ブラムの前方から、声が聞こえた。先導している青年のものだろう。ブラムは彼らのことを知っているようだが、向こう側で出会ったのだろうか。


「そして、一番大事な役になるのが君だよ。アヴァ」

「わたし?」


 これまで関わりなんてなかったのに。急に名前を呼ばれて彼女は驚いた。


「ああ。君は、俺たちを率いてこの町を正しく統治すべきだ。もちろん、皆が支えてくれるだろう。だから、安心してほしい」

「待ってください。どうしてわたしなんですか?」


 この町に来たばかりで、何の縁も所縁もないというのに、自分が指名される理由がわからなかった。


「ああ、そうだな。今のうちに話してしまおうか。神話については、知っているはずだよな。爺さんが話してくれたはずだ」

「はい。聞きました」


 昔、死者を蘇らせる力を持った悪魔が現れて、この町を襲ったという話だ。しかし、その悪魔は神に倒されて、教主様が神様から統治の証をもらったと。


「よし。でだ、その神話は間違っているんじゃないかと考えた人間がいた。ここ数年か、もしかしたら十年以上前からいたかもな。

 そんな奴らが神話について調べているうち、この神話はどうもこの町の話でなく、元々あった大きな一つの国であった話だと考えたんだ。他の町や国に、似た話があったかららしい。この町ほど伝承はされてないらしいが。

 まあ、そもそも、今ある多くの国や町が、全部同じ国だったっていうのが驚きだよな」

「そうですね」


 アヴァはキーファから聞いていたため、そこまで驚くようなことでもなかった。ただ、話の先が気になっていたから、素っ気ない反応を返したのだ。


「それでは、本当の神話はどういうものなんですか?」

「さあな。神話というより過去の事実らしいし、有力な話はあっても、どれが本当の話かはわからない。ただ、この町を除いて多くのところで、悪魔というのは一人の女性、それも神の力を与えられた人間だと言われている。

悪魔なんて言っているのは、この町だけだ。まあ、この町の神話の中でも、悪魔は人間の女の姿を取り、なんて脚色されている話もある。だから、女性は差別されてるのさ」

「そうなんですね」


 その事実に、救われたといえばそうだ。なにか、悪い力ではなかったのだと、それだけはわかったのだから。

 アヴァの目的も、一つ果たされた。自分の力が一体どこから来たものなのか、それはわかったのだから。とすれば、それが本当の話かは置いておいても、有力だと言われている神話は聞くべきだ。さっきの疑問、わたしがこの町を統治する理由は、察しがついてきている。


「本当の神話だと言われている話を聞かせてください」

「あ、ああ。それは、一番多い共通点を合わせたものだ。共通しているということは、長い時間が経っても脚色されていない点、そういうことだからな」


 そう前置いて、青年が話し始めた。


 昔、ある女がいた。金髪で青い瞳をしていたそうだ。彼女は普通の女だった。大人になって男と出会い、契りを交わした。

 しかし、ある日、その男は捕らえられた。理由はわからないが、悪いことをしていないのは確かだ。にも関わらず、処刑された。殺された。

 女は男を喪い悲しんだ。そこへ神が現れ、人を蘇らせる力を授けた。女は男を蘇らせ、他の死者も蘇らせ、国を侵略しようとした。



「大筋は、こんなところだ。最後にどうなったのかはわからない。まあ、今の国や町が分かれた現状が答えとも言えるが。細かいところでなにがあったのかは知らない。脚色されて物語になっていることもあるし、想像するしかないだろうな」


 神話の元になった話。金髪に青い瞳は、アヴァと同じ特徴であり、それは彼女の母であるクレシダもまたそうだった。

 偶然なのか、理由があるのか、今のアヴァにはわからない。


「死者は操られていたのか? 国を侵略するなんてこと、簡単に納得しないだろう。それとも、それだけ当時の国がひどかったのか?」

「さあな。当時の資料がないんだ、知りようもない。技術や知識も国と同様に分かれた。過去を記した資料があるとすれば、大量に蔵書を抱えているらしい、イヒガトだろうな」


 イヒガトといえば、とアヴァはキーファに受け取った封筒を思い出した。外へ出られた時には、イヒガトに行って欲しいと言われたのだ。


「まあ、国が分かれた辺り、国が良くなかったってことじゃないのか? 今の俺たちみたいに、文句を抱えた奴らが多かったんだろう」


 青年は、そう結論づけているらしい。正確な歴史がわからない以上は、憶測するしかない。


「それに、アヴァが死者を蘇らせるんだから、操れるかはそっちの方が詳しいんじゃないか?」

「どうして知っているんですか?」

「鳥を助けただろう。君はリアムに雇われた者から見張られていて、それも仕組まれたことだよ。そして、その情報はこちらにも入っている。同じ人間を雇ったんだ。情報だけ流して欲しいと言ってね。引き受けても、彼は儲けが増えるだけだ」


 リアム。嫌な人だ。エフィーからもらった首飾りを取られたし、もしかして、騎士を呼んだのもそのリアムなのではないか。この町でわたしが蘇生したのはメルだけ。それが仕組まれたことなら、十分に考えられる。

 それに思い至ると、アヴァの中でリアムの好感度は更に下がった。


「俺たちは、少しずつ町の人々を引き入れているんだが、旅人も来る度に目をつけているんだ。だから、彼は君のことを探るのに丁度良かった。君が蘇生の力を持っていたのは、嬉しい誤算だったけどね」


 わたしに、町を統治させるためだろう。かつて、もしかすると、最初に蘇生の力を持った人がしたように。


「わたしがいれば、教主様の証が、疑わしくなるからですね」

「そう。その通りだ。悪魔がいないというなら、証だってあったかわからない。そして、証は神からのものだと証明できないが、君の力は神のものだと信じさせられる。神の力を持った少女が現れ、神を騙った人間に裁きを下しに来た。これが、最終的な筋書きだ」


 なるほど。それなら、確かに教主様よりわたしの方が信じられるだろう。問題は、わたしがそんなことを望んでいないというだけで。

 アヴァは、自分の力のことを知りたいという目的を作り出した。神が存在するということを知り、エフィーとの約束を思い出し、自分の力が神に与えられたものだと知れば、彼女の最終目的は神に会う、ということに定められる。


「わたしは、この町の統治をするつもりはありません」

「それでもいい。ただ、その場合は、教主から統治の力を取り戻す時までは付き合ってもらう。断るという選択肢は存在しないよ。どれだけの人を敵に回すか、想像した方がいい」


 端的に言って、それは脅迫だ。アヴァに人と戦う力はない。アヴァが頼れる最大戦力のブラムでさえ、数に勝てるほどの力を有しているとはいえない。

 殺されることはないだろうが、それでもひどい目に遭うことは避けられないことは、想像に難くなかった。


「全てはアヴァ次第なんだぞ。脅さないで欲しい」

「ああ、すまない。ただ、俺たちも必死なんだ。君たちは、自分達のために大勢を見捨てるような奴らか?」

「……それも脅しじゃないのか。俺だって、話を聞いて気持ちは理解できる。ただ、俺はアヴァを幸せにするために生きているんだ。だから、不幸にするようなら」

「わかってる。君たちには、手厚い待遇で過ごしてもらうよ。逃がすようなことも、逃げさせるようなこともしないよ」

「…………」


 ブラムが押し黙り、三人の動く音だけが響く。声がなければ、音のない暗闇は心細くさせる。アヴァは目の前にいるはずのブラムがいないような、そんな錯覚を時々覚えていた。


「悪かったよ。大丈夫。俺たちは愛を中心にまとまろうとしているんだ。優しさは十分だ」

「愛?」

「そう。この町は宗教でまとまろうとしていた。だけど、これからは愛だ。人々を分け隔てる必要のない、子供を捨てる必要もない。愛と優しさでまとまる」

「そんなことができるの?」


 もしも、できるのであれば、この町はきっといい方に変わるだろう。孤児院の子達みたいに、苦しむ子供は出なくなるし、いいことだ。


「きっとできるさ。なにせ、神が女性に力を与えた理由は、愛だと言われている。神は、その女性を愛したんだ。だから、その女性に蘇生の力を与えたと言われている。いくつかの話でね」


 神が人を愛した。その言葉に、アヴァは不思議な感覚を覚えた。

 神というのは、一体どんなものなのだろうか。姿がないと先生が言っていた気がする。だから、殴るのは難しいと。でも、そんな存在が、人を好きになる。なんだか、よくわからない。神ってなんなのだろう。


「これまでは、人を引き込むのが難しかった。愛を訴えても不可能だとね。でも、これからは君がいる。君の力があれば、仲間を増やすことも楽になるだろう」


 青年は熱が入ったようで、止まることなく話し続けた。しかし、それらの言葉は全て闇が吸い取って、なにも残らない。


「これからよろしく。全ては、ここから始まるんだ」


 遠くに薄く見えた闇の終わり。どこかから光が差している。新しい始まりを告げるその朧げな光は、縋るにはやけに頼りなく、先を見通すにはあまりにも弱々しい。

 そこにあるのは、力を得て光るのではなく、得た力を失った後の光のような、茫々たる輝きだった。

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