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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
2章.心の支え
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2-13

 アヴァは、ジーンから話しかけて来るのを待つことにした。そうして、何日間か、ジーンと一度も話すことがなかった。アヴァの目に映る最近のジーンは、人差し指に留まったメルを、憂鬱そうに眺めてばかりだ。


 傷ついていることはわかっていたが、励ますというのも、少し怖かった。きっと、大丈夫だろうとは思っている。そんな、絶望するほどのことではないはずだから。

 そう考えながらも、瞳から光を失ったエフィーが記憶の隅に過ぎる。いくら声を掛けても届かない。届いたところで、全て暗がりに呑み込まれていくよう。そんな感覚は、もう嫌だった。


 わたしは、自分が傷つくことを恐れている。


 アヴァは、そう思った。何気ない幸せが続いていたような日常に、わざわざ傷をつけることを疎んだ。それならば、ジーンから声を掛けてもらって、適切な言葉だけを掛けることで、自分が負う傷も最小限に。


 少し待てば、この居心地が悪い日々も終わるはずだ。わたしがジーンにどう思われているか、本当のところはわからないけど、きっと、わたしにとってのエフィーみたいなものだと思うのだ。だから、それなら、いつかは相談してくれるはず。だって、わたしならそうする。


 そう考えて過ごしていたら、レイラに声を掛けられた。


「アヴァ、最近ジーンと話してないけど、なにかあったの?」

「レイラ。ううん。そういうわけじゃないの。ただ、孤児の話を聞いてから、どう声を掛けたらいいか、声を掛けることがいいことなのか、怖くなって待ってるの」

「へえ。あなたは、わたしたちとは違うから、そうなるのね。でも、わたしだってあの子の、いや、他の子達の気持ちがわかるわけでもないわ」


 レイラが腕を組む。アヴァは、自然と椅子に座って、レイラの目線より下に降りる。


「レイラは、どうなの? あの話を聞いても、子供を作りたいと思うの?」

「わたしには、関係ないわ。わかってるでしょうけど、わたしは、先生が好き。先生と家族になりたい。それだけよ。親がどうとか、町や国がどうとか、そんなの関係ない」

「そういうものなのね」


 アヴァには、まだよくわからなかった。国や町や、環境は大事だと思う。そもそも、家族を求めているわけでもない。ブラムという家族がいるために、自立してはいないし、アヴァに必要な家族はまだ失われていない。


「わたしの話をしてあげるわ。わたしは普通に棄てられた。産まれてすぐじゃない。親の顔がわかるくらい、育てられてから棄てられたわ」

「その、いいの? わたしがその話を聞いちゃって」

「別にいいわよ。大した話じゃないから」


 そう言って、レイラも椅子に座る。アヴァと視線の位置が並んだ。


「まあ、良い親じゃなかった。記憶には、怖い目で見下ろされたのが残ってる。だから、今でも見下ろされるのが苦手なの」

「ねえ、思い出すの、辛くないの? 無理に話さなくて良いのよ?」

「だから、大した話じゃないわよ。どうでもいいもの。ただ、そんなことがあったから、わたしは幸せな家族が夢なの。優しい先生となら、それもできると思ってる」


 いつも厳しく見えたレイラの瞳が、どこか和らいで見える。それはまさに、夢見る少女とでもいうような、年相応の可愛げが見て取れた。


「でも、皆がどうかは知らない。家族の記憶さえない人だっているでしょうし、先生の願い通り、国を変えるのが先だって思う子もいるかもしれないし」


 レイラは、いつものキツイ表情に戻り、立ち上がる。ただ、視線は下ではなく、前を向いている。


「アヴァ、いろいろごめん。謝ったからって、全てなくなるわけじゃないけど。わたしは、視野が狭くなってたわ」

「なにか、謝ることがあった?」

「どうかしら。でも、なにかあったら、それはわたしのせいかもしれないから、謝っておく。なにもなければ、それでいいけど」


 アヴァに思い当たることはなかった。少なくとも、レイラからなにかをされた覚えはない。

 気になることといえば、外に行くと後ろからなにかがついてくるくらいだが、それもレイラと関係があるようには思えない。


「レイラは、わたしのあとをついてくることってあった? 外でなんだけど」

「いや、わたしじゃないわね。……でも、心当たりがあったら、気をつけておく。アヴァも、気をつけなさいよ」

「ええ。そうしてみる」

「じゃあね」


 レイラが歩き去って行く。キーファのところへ行くのかと思ったが、外へ向かっていったようだ。


 レイラは、前だけを向いている。振り返れば怖いものが見えてしまうのに、それを気にせずに彼女は前だけを見ている。

 視野が狭いと彼女は言っていたけれど、わたしはそれもいいんじゃないかと思う。周りを気にせずに、自分のことだけを考えるなら、それは正しいことだから。


 ただ、アヴァにはそれができない。それは、あの山賊たちが持っていたであろう考えと、似たようなものに思えたからだ。

 正しい面もあるだろうけど、わたしには持てない。


 さて、今日はどうしようか。外へ出るのは、もうそれほど怖くない。とりあえず、何者かは後ろにいるだけで、なにかをしてくるわけではないようだ。それはわかっていた。


「あの、アヴァさん、少しいいですか?」


 考えていると、後ろから声を掛けられた。次は、ジーンだった。メルはいないようだ。


「大丈夫だけど、メルはどうしたの?」

「メルは皆と遊んでいます。フィンもいましたよ?」

「そう。それなら良かった。えっと、話があるなら、部屋に行きましょうか?」

「はい。そうしてくださると助かります」


 なにかを話したいようで、それもあまり聞かれたくない話のようだ。アヴァは部屋へ先導していく。


 部屋は最初に来た時よりも、モノが多くなっていた。二人で使っている机は、半分にアヴァのもの、もう半分にジーンのものが載っている。今は薬瓶やメルの餌がほとんどだ。

 窓の外は、薄い雲が広く掛かっていた。太陽は遮られ、少し暗く感じられる。


 アヴァとジーンは、アヴァのベッドに腰掛ける。隣り合って、アヴァはうつむき気味のジーンの頭に目を向ける。


「それで、話ってなにかしら?」


 ジーンは首を垂れたまま、暫しの間、押し黙っていた。話し出そうとする素振りはあったのだが、なにかが止めるような雰囲気だ。それでも、部屋に二度目の光が差した辺りで、彼女は訊ねてきた。


「アヴァさんは、辛いことがあったとき、どうやって乗り越えていますか?」

「……辛いことね」

「はい。あの、思い出そうとしなくていいんです。辛いことまで思い出してもらうのは、わたしも嫌だから。だから、嫌だったら、答えなくていいんです」


 先ほどから、話を切り出しあぐねていたのは、それが原因らしい。


「大丈夫よ。ジーンの辛いことは、孤児の話かしら」

「その、はい。仕方なく棄てられたのなら、いいんです。仕方ないですから。皆、そう言われてましたから。

 でも、要らない子供だったら、もし、そうだったら、怖いんです。わたし、この孤児院でもそんなに仲のいい子がいないし、誰からも生きることを望まれていないんじゃないかって。

 なんで生まれてきたんだろう、旅をするんだ、かっこいい人と結婚するんだ、そんな軽い気持ちで、気になって、それで先生に聞いて。

 なのに、なのに、皆に辛いことまで知らせちゃって、恨まれても仕方ないし、メルだって家族がいたはずなのに、わたしがここに閉じ込めちゃってるんじゃないかって、そうも考えちゃうし、それに、他にも━━」


 感情が、溢れ出しているようだった。話しながらも、思ったこと、考えたことを、端から端まで口に出しているようだった。

 アヴァ自身、聞きながら全てを理解できたわけではなかった。ただ、悩んでいること、苦しんでいることだけはわかった。


 ジーンは、可愛らしい少女であると、アヴァはそれくらいしか考えていなかったし、メルと仲のいい彼女を見ていて、そんな多くの悩みを抱えているとも思っていなかった。

 あるいは、本当に悩みなど多くなかったのかもしれない。ただ、今回の話が発端となって、全てが反転したり、肥大化したりしたのかもしれない。それは想像するしかない。


「ジーン、落ち着いて。大丈夫。なにも、怖いことはないから」


 まずは、ジーンを抱き寄せた。エフィーにもしたように、腕を回して優しく引き寄せる。小さくて、温かい。


「まず、辛いときは、下を見ないで、前や上を見ましょう? 気分が落ち込むと、悪いことばかり考えてしまうから」


 そして、独りにはならないこと。エフィーがいなくなったときも、フィンがいたから乗り越えられた。今は、わたしがその役目をしないといけない。


「皆、ジーンのことを嫌ってなんかいない。先生だって、孤児のことを話すのがいけないことなら、ジーンにしか話さなかったと思うわ。だから、周りを気にする必要はないの」


 初めに、敵がいないということを、伝えなければいけない。いもしない敵を作って、自分を追い込ませてはいけない。


「それにね、もしも、あなたの両親が、あなたを要らないと思って手放したとしても、今のジーンは要らない人間なんかじゃない。

 わたしにとって、あなたは大切な友達よ。ここに来てから、お兄様とも別れて、だけど、あなたがいてくれたから、心細くならなかったもの」


 次に、ジーンを認めているということを知ってもらう。要らない子なんかじゃない。ここにいていいのだと、いるべきなのだと、気づいてもらう。


「メルだって、そうよ。あなたが拾わなければ、メルはあのまま死んでしまったかもしれない。この世界から、いなくなったのかもしれない。

 メルはジーンに助けられて、ここにいることを選んだの。あの子は、どこにでも飛び立てるのに、それをしない。だからね、あなたのせいじゃない。あなたのおかげで、メルはここにいるのよ」


 最後に、大切な存在、メルの存在を刻む。ジーンのせい、なんてことは一つもない。迷惑だなんてことはない。

 ここまで、アヴァは自然と考えられてしまった。もしかしたら、自分が立ち直ろうとするときは、同じように考えていたのかもしれない。彼女は、そう思った。

 そのままアヴァは、ジーンの背中を優しく撫でる。全て吐き出させるように。


「わたしは、わたしは、いいんですか? このままでも、いいんですか? この先を見ていても、いいんですか?」

「いいのよ。それを決めるのは、わたしではないけど、ジーンが見たいのなら、見ていていいの」


 誰も、妨げるものなどいない。ジーンの意思も、夢も。アヴァは、彼女自身の道だって、きっとそうだと考えていた。

 だから、彼女は約束を結ぶ。


「もしも、わたしがここを旅立つときがきたら、ジーンも一緒に行く?」

「……いいんですか?」


 ジーンが顔を見上げる。澄んだ涙が頬を伝って、落ちていく。水滴は布団に着地すると、潰れてシミになった。


「もちろん!」


 アヴァが強く頷くと、ジーンはまた泣き出して、アヴァの胸に抱きついてきた。

 エフィーとした約束。あれも、本当は、ただの約束なんかじゃなかったのかもしれない。エフィーは、わたしを前に進ませるために。

 アヴァの首が項垂れる。軽い首は、彼女に虚しさを感じさせ、腕に力が込められた。

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