2-12
翌日の夕食後、キーファは何人かの子どもを呼び止めた。アヴァもその中に入っていたが、ぱっと見、止められた子ども達の条件はわからない。ただ、幼い子がいないというのは感じられた。
夜は更け、頼りない蝋の明かりが卓の中心で揺らめいている。食卓を囲む子ども達は、おとなしい。幼い子がいないためだろう。
照らされた子ども達の影が壁に移り、それは今にも子ども達に襲い掛かろうとしているようにも見えた。
「ここにいる皆さんに、お話があります。皆さんは、子どもが欲しいとお考えでしょうか?」
キーファが、前触れなく尋ねた。静かだったからちょうどいい、それくらいの様子だった。
「私は、孤児である皆さんは、子どもを欲しいと思うこともないだろうと考えて、いや、それだけではなく、私の興味が向いていなかったというのも否めません。だから、教えませんでしたが、知りたいという方はいますか?」
アヴァがジーンの方に目を向けてみると、目が合った。軽く頷かれたので、この話はジーンが発端なのだろう。
「悪いことではありません。もちろん、良いことです。ただし、それは正しく育てることが条件です。
皆さんが育てられるかどうかではなく、私は親というものを嫌っていると考えていましたから。
しかし、孤児になった理由も、様々な人がいます。それなら、親になりたいと考える子もいて当然ですよね。私が勝手に思い込んでいました」
キーファは目を伏せ、少しして顔を上げる。首を巡らせ、子ども達を見回した。
「その意思がある子には、教えようと思います。男子は私が、女子は他の孤児院で女性の先生に教えてもらいます。どうでしょうか。興味のある方は、手を挙げてください」
すぐに手を挙げたのはジーン、続いてレイラ。他にも、男女合わせて数人から十数人が手を挙げた。アヴァは手を挙げなかった。
「そうですか。わかりました。では、脅すつもりはないと前置いて、少し話をしましょう。子どものことだけではなく、未来にも関係あるかもしれませんから。
成長した皆さんなら、受け入れられるかもしれません」
子ども達が手を下ろす。キーファはゆっくりと息を吐く。明るい話ではないだろうと、全員が感じていた。
「ここにいる皆さんは孤児です。孤児とは、親を失った子ども達のことです。
中には、親の記憶を持っている子も、持っていない子もいることでしょう。その中でも、記憶を持っていない子に当てはまるかもしれないこと、それをお話します」
それからキーファは、長い、長い、話をした。誰も口を開かず、静かに聞いていた。時折、感情を含んだ声にならない声が漏れるくらいで、あとは蝋燭の溶ける動きだけ。
キーファの話は、孤児の過去であった。それも、生まれて間もなくここへ来た子ども達の。
ここにいる孤児でも、多くの女子は、幼くして向こう側で棄てられたのだという。理由は単純で、この国は宗教上、女性の身分が低く、跡継ぎになっても立場が弱くなるであろう女子は、棄てられる確率が高いらしい。
もちろん、そうした家庭が多いわけではない。しかし、男児が生まれることを願って子どもを増やしたものの、養うことができなくなり棄てることになった場合もあるらしい。
簡単には我が子を棄てない家庭であっても、女子に継がせる気のある家庭までは少ないようだ。
なぜなら、あちら側にいる人間達は、信心の強い者や、金持ちばかりだからだ。特に、信心深さが強い者は、子どもを棄てる可能性が高いとのことだった。
しかし、それだけで孤児が増えるということはない。他にも、こちら側での孤児が生まれる原因について語られる。
一つ目に、子どもなどいらなかった人間に、子どもができること。こちら側は、生きるには退屈な世界だ。そのために、娯楽が不足していた。そして、子どもを作る行為、それが娯楽の一つになっているという。
その中には、両者の合意がないものもある。女性の身分の低さを強引に使って、それが引き起こされることもあるようだ。
基本、向こう側は、こちら側へ関知してこないが、宗教を盾にする者はいるらしい。信仰心のない者への裁き、それは向こう側から運ばれる死体で恐怖づけられている。
それが孤児の増える一つ目の理由。そして二つ目に、子どもを育てる知識がないために、孤児院へ預けるという場合。
これは、こちら側での教養不足と、親の早死にが原因だ。向こう側とこちら側では、教養に大きな差がある。だからこそ、こちら側から向こう側へ行けるような人間は、多くが武力で騎士になるという形で示すしかない。
こちら側で知識を得るための機会がない理由は、それこそ身分差を如実にするためなのではないかと、キーファは考えているらしい。そもそも、この町にとって、宗教とは国を統治するための手段でしかないのではないかというところまで言うが、レイラが収めた。
そして、教養が不足する理由。それは、教える者がいないということだが、先生でなければ親が教えればいい。事実、それがあるから、孤児院だけではなく子どもを育てられる家庭だってあるのだ。
では、何故そんな家庭ばかりにならないのか。それは、病による親の早死にが原因らしい。
まず、この町のこちら側は、衛生観念に乏しい。排泄は一箇所、そして普段は動物の解体を行う。キーファは、こちら側にいると病気に罹りやすいからと端的に述べたが、それは細菌との接触機会が多いからだ。
そして、薬など、もちろんない。あったとしても、金を得ることの難しいこちら側では、手が届くはずもない。それは、山賊のリーダーも語っていたことだ。アヴァには思い出すことはできなかったが。
「この町には、これだけの危機があります。それを知った上で、貴方達は未来を決めてください。
さあ、長くなってしまいました。話が一度で理解できなかった人もいるでしょう。そんな人には、言ってくだされば今度お話しますよ。ではでは、おやすみなさい」
語りきったキーファは、にこやかな笑みを浮かべるものの、いつもより疲れが出ているようだった。アヴァは、よく知る子達の様子も伺ってみる。
ジーンは少し、気分が悪そうだった。肩を落としながら、階段へと足を掛け登っていく。
レイラは、覚悟を固めたような目で、キーファの元へ向かい、おやすみなさいと頭を下げて、部屋へと向かって行った。
他の子ども達も、全体的に落ち込んだ様子だった。励ましていたり、手を繋いでいる子ども達もいる。
おそらく、そこまで気分が落ちていないのは、アヴァのように、親を知った上でここにいるような子どもがほとんどなのだろう。
部屋に行ったら、すぐにジーンを励まさないといけないような気がする。だけど、どうしたらいいのだろう。眠って忘れたらいいとでも、言えばいいの? まさか、そんなの、なんの答えにもならない。
ジーンは、旅に出てカッコいい人と結婚して、子どもを作って、幸せになると言っていた。わたしは旅に出るのなんて反対するつもりだったけど、こんなことなら、ジーンは旅に出るべきだ。そして、それなら、幸せになれるはずだ。
それが、励ましになるのかはわからない。ジーンが、どのようにしてここに来たのかもわからないから、もしかしたら、生まれのことで心に傷を負ったのかもしれないし。
わからないけど、やっぱり、部屋に行ったら、ジーンはなんとか励まさないと。
「アヴァさん、話はどうでしたか?」
気がつくと、ここにはアヴァとキーファしか残っていなかった。
「わたしは、子どもが欲しいと思ったことはないので」
「そうでしたか。ご両親の仲が悪かったのですか?」
「いえ、違います。ただ、わたしはいいかなって、そう思うだけで」
「なるほど。必要ないと思う方でも、必ずしも理由があるわけではないのですね」
キーファは一人納得したように頷く。そして、続ける。
「話は変わりますが、最近、平和という話で質問をされました。戦争で一番強いやつを決めればいいんじゃないかって子からね。アヴァさんが、私に質問するよう言ったそうで」
「え? はい。そうです」
話が変わったことに驚いたが、そういえば、最近そのような話をしたのを思い出した。レイラの目があったから、キーファとあまり話すことができなかったが、それも解けたようなので、今なら気兼ねなくできる。
「アヴァさんのした話も聞きました。わかりやすい、良い話だったと思いますよ。私には、架け橋になって欲しいとしか言えませんから。
昔、国々が一つであったのに分裂した。それには、理由があるはずです。つまり、統一をしても平和は訪れない。
それならば、この別れた国々が、繋がり合うしかありません。私は、一つ一つの町や国が平和になることで、その余裕ができると思っています。今日した話も、実はその目的の一つです」
「それが全てではないと思いますが、そう言われれば納得できます」
キーファ先生は、この国の悪いところを挙げて、それを子供達に直させようとしているのだろう。
だから、皆に勉強をしてもらって、向こう側に行けるようにしている。
アヴァは、そこまで察せられるようになっていた。
「先生は、一体、何者なんですか? 私には、キーファ先生がどんな人なのか、全然わかりません」
「そうですか? ……私は私ですよ。この孤児院の先生、それだけで十分です。他になにか、必要な正体がありますか?」
「……いいえ。ありません」
キーファ先生は、確かにキーファ先生だ。それは言う通りで、これまでのことから、なにかを期待しているわけでも、なにか疑いがあるわけでもない。
たとえ、なにか先生ではない側面を持っていたとしても、それをわたしが見ることは、きっとないんだ。
「では、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
満足げな表情のキーファを残して、アヴァは二階へと向かう。程なくして、ふっという息の音がすると、蝋燭の火も消えてしまったようで、全てが闇に包まれた。
部屋に入ると、月の光が部屋に差していた。
ジーンに近づいてみると、寝息を立てている。そして、彼女の顔のすぐ近くにメルがいた。メルはジーンの両手に、優しく包まれている。
光を反射させている滴を拭って、解けたような笑みを浮かべると、アヴァも眠りに就いた。




