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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
2章.心の支え
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2-11

メルと名付けられた鳥は、孤児院から逃げ出そうとはしなかった。いつもジーンの肩にいて、時折外に向かって叫ぶように鳴く。


その鳴き声の先から、アヴァは不穏な気配を感じるものの、あまり気にしないようにした。


危険に侵されない日常が、居心地良くなっていたからだ。変に意識して、浸透して来ようとする異常を、認識してしまいたくなかった。


お兄様に会えたら、この不安も払拭されるだろうか。そう考えるが、なかなか機会は訪れない。

アヴァは、あちら側へ行けないし、ブラムが来るのを待つしかない。


「アヴァさん、メルのこと、ありがとうございました。最近、この子がいるだけでとても楽しくて。わたし、すっごく仲の良い子っていなかったから」

「どういたしまして。元気になって、良かったわね」


いつかの夜。最近、耳を澄ませると外から声が聞こえることに、アヴァは気づいた。昼には出払っている住人が、戻って来るからだと考えた。今までは全く気にならなかったのだが、いつもはこの時間になるとジーンとの会話に夢中だったからだろう。


「はい。懐いてくれて、嬉しいです。それに、アヴァさんにもフィンがいるし、なんだかアヴァさんに近づけた気がします」

「わたしに近づいても、何の意味もないわよ」

「いえいえ、そんなことないです。わたしも旅人になって、カッコいい男の人と付き合うんですから、アヴァさんみたいにならないと」


最近、ジーンは将来のことをよく話す。アヴァは、これまでの旅路が決して楽しいものではなかったため、心の底から進めたいとは思っていない。だが、アヴァ自身、あの経験は特殊なのだろうとも考えていた。


ガルトさん達や、この孤児院。優しい人は、たくさんいる。


「アヴァさん、気になることがあるんですけど、訊いてもいいですか?」

「ええ、大丈夫よ。どうかした?」

「あの、わたしたちって、どこから来たんでしょう。生まれる、って言うんですよね。お母さんとお父さんなら、知ってるのかもしれないけど、その人たちをわたしは知らないから」


子どもの生まれる過程は、この世界でも変わらない。しかし、アヴァもそれを知る機会はなかった。


この孤児院では、性教育は行われていなかった。おそらく、本来なら両親から伝えられたのだろう。


「わたしも、わからない。キーファ先生なら、知っているんじゃないかしら」

「そうですか。わかりました。明日、先生に聞いてみますね。じゃあ、そろそろおやすみなさい」

「おやすみ」


ジーンは眠るのが早くなった。メルの世話に掛り切りで、朝早く目覚めては餌をやり、肩に乗せて散歩をしているらしい。

一度、物音で目覚めたアヴァが一緒についていくことがあった。しかし、ジーンとメルは心が通じ合っているかのように仲が良く、アヴァは話しかけることもあまりできなかった。

心が通っているような様子は、まるで、アヴァとフィンのようだったが、客観視したことのないアヴァは気づかなかった。


仲睦まじいのは良いことだと思う。ただ、いずれ、別れが来てしまうかもしれない。それは、ジーンに伝えた方がいいのだろうか。

いや、わたしがどうにかすればいい。蘇らせてあげれば、そんな悲しいことなんて起きないのだから。


そんな風にアヴァが考えていると、ふと、夜が訪れた。ジーンとの会話が無くなって、静かな暗闇。しかし、外からの声や音は途絶えない。


なんだか、嫌な音だった。声だった。脳を叩いてくるような。

アヴァは耳を塞ぐ。ジーンを見遣るが、微かな動きが穏やかな様子を示している。気にしているのはアヴァだけのようだ。


どうして、こんなにもこの声が、音が、嫌なのだろう。ダメだ。よく聞こうとしてはいけない。きっと、後悔しかしない。だから、ダメだ。


すると、耳元に聞き慣れた声がした。声の方へ体を動かす。

労わるような高い声音。周りに届かないよう、声は絞られて小さい。


「フィン、来てくれたのね」


ジーンの眠りを妨げないよう、アヴァは小さく呟くと、指でフィンの顎を撫でた。


「外の音が、なんだか嫌なの。理由は、わからないのだけど。大丈夫よ。体調が悪いわけじゃないから」


最近、フィンと一緒にいる機会は少ない。子ども達に溶け込んでいたからだが、興味はメルの方へ向き始め、フィンは解放されるようになってきた。

それでも、どこかへ行っているようで、なかなか姿は見ない。


「お話をするのは、久しぶりね。いつも、わたしが聞いてもらってばかりだったけど。ジーンの代わりに、聞いてくれる?」


アヴァが抱え込んでいる不安や悩み。それらを話せるのは、唯一フィンだけだった。

人語を解しているのかもしれないが、人語を話せるわけじゃない。だから、気兼ねなく話せたというのはある。

アヴァにとって、フィンは話し相手ではなく、話したいことを言うだけの存在だ。その意義は壁と変わらない。もちろん、話を聞いてもらう時に限って、ではある。


ただ、なにを話しても良い、安心できる相手というのは、やはりフィンだけだ。アヴァは心配事を話して、気にかけて欲しいのではなくて、ただ口に出したいだけなのだから。そうすることで、考えもまとまってくる。


「最近ね、外が少し怖いの」


足音は、今でもアヴァの後ろにいる。出歩く用事があるわけではないから、いつもは孤児院の中にいる。だが、どうしても外へ出ないといけないとき、それは仕方ない。


振り返るのはやめた。なにもいないだろうと考えていたし、今更、なにかがいても怖い。

ただ、なにをしてくるでもなく、ついてくるだけ。それ以外はわからない。


「あと、メルにも、あなたにしたのと同じことをしたの。お母様の手紙には、使わないようにってあったけど、仕方ないよね。だって、悲しいもの」


悲しいのは嫌いだ。誰も失いたくない。ワガママだが、アヴァにはそれを可能にする力がある。そう、彼女は思っている。


「それと、子ども。わたしも、フィンも、どうやってできたのかしら。わたしは、お母様とお父様の子どもだから、それだけで十分だったの。ジーンは、どうして気になるのかしらね」


孤児院にいる子ども達は、親を失ったり、捨てられたりした子どもばかり。アヴァは、キーファから、そう聞いていた。


「もしかしたら、会いたいのかしら。でも、そうよね。わたしだって、会えるのなら、お父様やお母様に」


きっと、もうできないけど。できないから、その望みは心の底に沈んでいる。浮かび上がることはない。


「でも、わたしね、ここの生活が気に入っているの。皆と一緒にいるのは楽しいわ。もしも、エフィーとの約束を破ったら、エフィーに怒られちゃうかな」


神様を殴って欲しいと言われたけど、できるものならやってあげたいけど、わたしはまだ歩かないといけないのだろうか。

ここで足を止めて、幸せを得てもいいんじゃないだろうか。ここなら、幸せになれるんじゃないだろうか。お兄様も、文句を言わないんじゃないだろうか。


「なんてね。わかってる。わたしには、わたしのために、やらないといけないこともできたから。わたしは、自分のことを知る。力のことを知る。どこから来たのか、それを知るの。

ここで、いろいろなことを学んだから。知るというのが、怖くはないことだと知ったから、わたしはまだ歩かないといけないのね」


どこまで行けばそれがわかるのか、それはわからない。だけど、お兄様となら、きっとどれだけ遠くにだって、行けるだろう。


「フィン、おやすみなさい。わたしも、そろそろ寝るね」


声を掛けるとフィンは一鳴きし、その場を離れていく足音がした。


そのあと、しばらくすると外の嫌な音が消えた。消える前に、ネズミの声と、慌ただしげな男女の声が聞こえたような気がしたが、微睡みに溶けた夢か現か、アヴァにはわからなかった。

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