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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
2章.心の支え
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2-10

 動物を飼うという話が出てから一週間と少しばかり、孤児院で騒ぎが起きた。


「どうしよう! どうしよう! この子、大丈夫!?」


 声を聞きつけて、アヴァは部屋からそちらへ向かうことにした。玄関の方からのようだ。


 階段を降りると、多くの子どもが集まっていた。全体の半分はいるだろう。キーファやレイラもいるが、中心にいたのはジーンだった。


「見せてください。アヴァさんから教わった薬草が、効くかもしれませんから」


 階段にいたため、アヴァは状況を見下ろすことができた。扉の前にはジーンが立っており、周りを囲まれている。彼女は、なにかを掬うように両手を上に向けていた。

 白い肌には、赤と緑。赤は忌々しく、緑はひどく弱々しい。怪我、それも重傷を負った鳥が、ジーンの手に乗っていた。


「これは、切り傷ですね。まさか、こんな。いや、なるべく対応しましょう。知識があるのはアヴァさんと、私ですか」


 キーファは誰かに呼んで来てもらえるよう頼もうとしたのか、辺りを見回すが、階段にいたアヴァの姿を認めたようだ。


「アヴァさん、お手伝いいただけますか!?」

「もちろんです。えっと、どこで見ましょう」

「空き部屋で構いません。道具は後から準備しましょう」


 キーファが、アヴァの方へ近づいてくる。空き部屋があるのは二階だ。誰も使っていないが、いつでも使えるよう、レイラが掃除しているのを見かけたことがある。


「先生、わたしも手伝います」


 強張った声で意を示すと、レイラもキーファの後をついていく。階段の上にいるアヴァを見ないように、顔を伏せているようだ。

 鳥の傷にショックを受けているのか、アヴァにはレイラが震えているようにも見えた。


「無理はせずに」


 キーファは言葉少なに告げ、三人は空き部屋へと向かっていく。ついて来ようとする子供らもいたが、それは年長の子供が止めていた。


 三人が空き部屋に入る。モノは一つもない。隣にある家のせいで陽当たりも悪く、住むには適さないというのが、空いている理由だった。


「さて、軽く見た限り、傷はなにかに擦ったか刃物に触れたかした、切り傷でしょう。アヴァさんが教えた薬草は、主に病に向けたものが多かったと思いますが、傷を癒すような薬はありますか?」

「……すみません。わたしの記憶にはないです」


 きっと、キーファも察していたのだろう。だから、ここまで来る子供を多く減らしたのだ。アヴァは、そう考えていた。


「そうですか。どうしましょうかね。生き物の死と触れるのは、まだあの子らには酷だと思ってしまうのです。過保護な考えなのかもしれません。動物を飼ったとしても、いつしか死んでしまうのですから」


 暗さで表情は見えないが、キーファの答えは決まっているように思えた。

 しかし、アヴァは自分に解決できる力があると、気づいている。彼女だって、死には触れたくないのだ。できれば、そんなものない方がいい。悲しいことなんて、ない方がいい。

 だからこそ、生き返らせることに躊躇いはない。ただ、この二人に見せる訳にもいかない。


「それなら、私にこの鳥を任せてくれませんか? もしかしたら、急に薬を思いつくかもしれません。もちろん、あまり期待はしないで欲しいのですが」

「わたしもそれがいいと思う。でしょ、先生?」


 賛成を得たのは、アヴァにとって意外なレイラからだった。キーファがすぐに答えを出すとも思えなかったが、レイラから賛成をもらえるのは、それよりも考えの外にあったのだ。


「そうですね。なら、アヴァさんにお任せします。もしも、無理なようでしたら、私が火葬しますから」

「わかりました。そのときは、よろしくお願いします」

「はい。では、子供達を落ち着かせて来ますね」


 キーファが部屋を出ていく。アヴァの掌に乗った小さな命は、トクントクンと脈を打ち、羽毛から伝わる温もりが命を伝えてくる。


「レイラは、行かないの?」

「別に、出て行って欲しいならそうするけど」

「ごめんなさい。集中したいから、一人にしてもらってもいいかな」

「……まあ、好きにすれば」


 レイラの足音が遠ざかっていく。アヴァは心を落ち着かせながらも、まずは、いつものようにやってみる。

 まだ鳥は生きているけど、今まで生きている生物に対して、この力を使ったことはない。だから、試してみたい、というのもあった。


 体に刻み込まれたかのような、自然な動き。いつ覚えたかもわからない、力の使い方。いつもと違うのは、その力が止まっている、という実感があることだった。


 手に、温もりがある。それは鳥の体温ではなかった。ただ、力だと感じとられるような不思議な感覚があるだけだ。しかしそれは、掌に留まり、動くことがない。それどころか、少しずつ弱まっているようだった。


 部屋を照らす目の煌々とした赤い光も、一度覆い隠した闇に、呑まれるように覆われ始める。明らかに、失敗したのだとわかった。


「ごめんね。あなたが、死んでしまわないと無理みたい」


 原理もなにもわからない。自分の力を、初めて気味が悪いと感じた。


 アヴァは、鳥の体に額を寄せた。少しずつ弱まっていく早鐘が伝わる。鳥の体はピクピクと痙攣(けいれん)していて、苦しいんだろう、寒いのだろうと、溢れる温かい血液からもそれが伝わる。


 早く、早く、治してあげたい。元気な姿に戻してあげたい。焦りが募るが、それがなんとも酷いものだと気づき、アヴァは傷ついた。

 死を望むなんて、わたしはおかしい子だ。やっぱり、悪魔なんじゃないだろうか。だって、わたしはアヴァだけど、いつからアヴァなのかわからないもの。お父様とお母様の子供で、お兄様の妹で、わかっているのはそれだけだ。


 焦りと血の感触とで、アヴァは錯乱し始めていた。いや、堆積していた彼女の不安が、少しずつ限界へと近づいているところだった。

 誰かに話すこともできず、悩みを一人で溜め込み、彼女はずっと不安を抱えていた。


「大丈夫。大丈夫。大丈夫だから、ね?」


 目を閉じ、鳥の様子にだけ集中する。弱る心臓の動きは、少しだけ彼女を安心させる。一定のリズムが、心を落ち着かせてくれる。弱々しくも力強く、生きようとしている。

 絶対に、助けてあげるから。


 消えかけた命のリズムも、一定になっていくように感じた。弱まりはするものの、落ち着いているかのように、ゆっくりと、しかし変わらない間を空けて拍動する。アヴァの落ち着きが、伝わったかのように。

 いや、あるいは逆だろうか。アヴァの様子と死に近づいたことにより、鳥が落ち着いたために、その心音からアヴァも落ち着いたのかもしれない。


 どちらが先かなどということは、アヴァにはもうわからない。考える余裕もないようだ。


 そして、心臓が止まった。


 命との別れ。しかしそれは、これまでで最も穏やかであった。消し去るのが、惜しいほどに。

 それでも、アヴァが力を込めるのは、相手が言葉の通じぬ動物であったからだろうか。まるで後悔でもないように目の前で人が死んだのなら、それでも彼女は蘇らせようとするのだろうか。


 次は、力が止まったような感覚がない。伝わっている、そう感じられた。一方でアヴァは、なんだかポッカリしたような感覚を覚えた。初めてのことで、それがなんなのかはよくわからない。ただ、なにかが抜け落ちてしまったような、抜き取られたような、そんな感覚。

 しかし、それはあまりにも小さい違和感で、アヴァが気に留めるほどのことではなかった。


 部屋に光が差した。

 命は蘇る。鳥は羽ばたく。傷はない。ハラハラと落ちる柔らかな羽は、血に塗れていたが、それさえも陽を受けると煌めいて見えた。


 鳥はそのまま部屋を出て、そして子供達のはしゃいだ声が聞こえる。


 すぐさま、足音とレイラの声がする。


「アヴァ、できたのね」

「ええ」


 アヴァはレイラの方を向かず、落ちた羽を拾った。視界の赤は、血の色なのか、瞳の色なのか、判断ができない。


「アヴァさん、鳥が飛んでいきましたが、一体どうやって!?」


 キーファも駆けつけてきて、アヴァは両肩を抑えられ体を揺さぶられる。ここまで興奮した調子のキーファは、見たことがない。そう思ったが、よく考えたら熱が入ればいつもこんな調子だ。


「なんというか、偶然です。あの子が強かったんだと思います。わたしもどうやったのか、思い出せません」


 迂闊なことを口に出すわけにもいかず、アヴァははぐらかした。キーファは納得いかないようだが、それも仕方ないと考えたのか、肩から手を離す。


「そうですか。ただ、あの子が元気になってよかった。あれでは、あまりにも可哀想でした。下の部屋で子供たちと一緒にいるようなので、様子を見てはどうでしょう」

「逃げてないんですね。わかりました」


 キーファとレイラと連れ立って、アヴァは階段を降りていった。そこには、さっきよりも増えた子供たち。それと、鳥は最初に拾った女の子の肩に乗っていた。


「アヴァさん、ありがとうございます!」


 アヴァが階段を降り切ると、ジーンが抱きついてくる。直前で鳥は飛び立ち、彼女がアヴァから離れるとまた肩に乗る。


「なんだか、懐かれちゃったみたいです。アヴァさん、治してくれて、ありがとうございました!」

「運が良かったの。すごいのはその子よ」


 アヴァが手を伸ばすと、鳥は逃げることなく、そのまま頭を指先で撫でる。鳥はピョーと高い声で鳴く。


「キーファ先生、この子を飼ったらいいんじゃないでしょうか?」

「ふむ。そうですね。そうしてみましょうか」


 キーファはどこか煮え切らない声音で、そう答えた。ただ、表情だけはいつもと同じ、ように見える。


「それでは、今日の授業はお休み。まずは、その子の名前を決めてしまいましょうか」


 その後、子供達の案を集め、結局はジーンが名付けた、メルという名前に決まった。

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