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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
2章.心の支え
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2-9

 アヴァが孤児院に来てから、彼女自身は異変を感じないまま、数週間が経った。子供たちとの仲は深まり、教養についても、教わるより教える側に就くことが多かった。

 元々ここにいた子供たちと違い、勉強が嫌な時間、面倒な時間でなく、娯楽のように楽しめた。それが、アヴァの習得が周りより速かった理由の一つだろう。


 子供たちの名前も覚え、ジーンの他にも何人か仲の良い友達ができ、レイラとも話すことができるようになっていた。ただ、話しかけて来たのはレイラからなのだが、素っ気なさはあるし、アヴァは仲良くなれたのか、いまいちその実感がなかった。


 アヴァは目的を持って過ごすことはできていたものの、その目的を果たすことはできずにいた。知識を身につけるという、もしかしたら幸せな生活に繋がるかもしれないそれ以外には、あまり得たものがない。


 神様を殴る方法も、自分について知る方法も、わからずじまいだ。


「こちら側で得られる知識というのは、私が教えられることが最大かもしれませんね。これ以上を知るとなれば、古くからの知識をより多く保有している場所や、国へ行くしかありません」


 キーファに直接訊ねたアヴァだが、回答はあまり役に立ちそうになかった。他の国はどこにあるのかと訊いてみると、おおよその方角くらいしかわからない上に、知っている国の数さえそう多くはなかった。


 授業でも学ぶ領域だったが、過去、幾度か起きた争いのせいで、多くの国は国交が途切れ、繋がっているとしても、それを把握しているのは、その国の主くらいだそうだ。

 敵対していた国と友好関係にある。その事実が国民に知られないように、警戒している国もあるらしい。また、両国、あるいは両町の合意がなければ、国交が公開されることはないらしい。だが、その条件はなかなか満たされないらしく、それも一因となっているらしい。


「一時期、この世界の地理をまとめた図面を作ろう、という話が出たことがあるんです。しかし、しばらく争いが止むことはなく、頓挫(とんざ)してしまいました。

 いずれ作られるとしても、それはまだまだ先となるでしょう。勇敢なる何者かがいれば別ですが、おそらくこの世界から争いが消えるまで、それは難しいかと。争いが消えるというのも、方法はいくつかありますが、その過程は難しい」


 キーファは額に(しわ)を作りながら、子ども達に語りかける。


「皆さんが大人になったとき、平和を作る存在になって欲しいと思います。それぞれの国を繋ぐ、架け橋になってくれれば、そう思いますよ」


 キーファはいつも、子ども達にそう訴えかけていた。争いは好まず、平和を唱える。アヴァが知った話によれば、宗教の教えにもそうあるらしいが、それだけではないような気がした。

 それにアヴァは、知識を得るにつれ、キーファがただの信者という感じがしなくなっていた。そもそも、信者なのかも怪しく思える。

 ならばなにか、と問われれば、答えは出ない。抽象的に答えることはできるだろうが、それを指し示す役職の名を知らないからだ。


 示すならば、学者、研究者。アヴァはキーファに、そうした印象を受けていた。


「先生の言うことって、よくわかんねえんだよなあ。だって、争いって戦うんだろ? ケンカして一番強いやつが決まれば、誰も逆らえないから争いも起きないんじゃないかな?」


 少年がアヴァに声を掛けてきた。教える側になる機会が増えたからか、キーファだけでなく、アヴァに質問を投げかけてくる子どもも何人かいた。


「さっき、キーファさんに聞けば良かったのに。もしかしたら、他にもわからない子がいたかもしれないわ」

「いや、だって、アヴァ姉ちゃんと話したいんだよ。俺、アヴァ姉ちゃんの方が好きだもん」


 モジモジとした様子に、アヴァは一人の少年を思い出す。ふと自分の指を見るが、そこには当然、なにもない。ただの細くて白い指だ。


「ありがとう。でも、それはきっと、答えが一つでない問題ね。あなたの答えだって、間違っているとは思うけど、正しいと思う人だっているかもしれないわ。ちゃんと、キーファさんにも聞くのよ?」

「わかったよ。で、アヴァ姉ちゃんの答えは?」


 アヴァには、明確な答えがあるわけではなかった。ただ、争いが悪いことだとは思う。それに、経験から、少年の言葉が正しくないだろう、ということは言えた。


「もし、誰か一人が強い人になっても、弱い人たちがいっぱい一緒に一人を狙ったら、倒せちゃうでしょ?」

「ああ、そっか。でも、それなら、強いやつだって、仲間を作ればいいよ」

「それじゃ、争いが無くならないもの。そもそも、争いや、戦いっていうのは、怖いものなの。人が死んで、殺されて、大切な人がいなくなるのよ?」


 この孤児院でも、大切な人を失う、という経験をしたものは少なからずいるだろう。ここにいるのは両親のいない子達ばかりなのだから。


「それは、嫌だな。なら、やっぱり、戦いって駄目だな!」

「そうよ。それに、相手に酷いことをしたら、相手も酷いことをしてくる。それが何回も続いて、終わらなくなっちゃう。

 だから、ケンカも気をつけるのよ。一度やったら、終わらなくなっちゃうかもしれないからね」

「わかったよ。まあ、俺だって、知らない奴からやり返されたことあるし。わかってたよ」


 わかったよ、で始まり、わかってたよ、で終わる。ちょっと胸を反らして、カッコつけようとしているみたいだ。しかし、アヴァには伝わらない。


「そうだね。すごいわね」


 アヴァが頭を撫でてあげると、少年は頬を赤らめて走って行ってしまった。アヴァは、逃げられたと感じる。

 子供扱いされるのが嫌だったのかしら。そんな素っ頓狂なことを考えていると、後ろから声を掛けられた。


「アヴァ、良かったじゃない」

「あ、レイラ。こんにちは。なにが良かったの?」

「まず、そこの椅子に座って。もしかして、気づいてないの?」


 レイラは木椅子を指差す。レイラと話すようになってから言われたのだが、「見下ろすのはやめて欲しい」とのことだった。レイラより背の高い女子は、皆が椅子に座ったり屈んで話し込む。


「気づくって、なにに?」

「呆れた。あの子、あなたのことが好きなのよ」

「そうなんだ。それは、嬉しいわね」

「待って。もしかして、わかってない?」

「なにが?」

「好きって、あの、あれよ? うーんと、結婚したいっていう好き」

「へえ、そうなんだ。あの子がね。うん、嬉しいわね」


 レイラは、コメカミ辺りを抑え始めた。アヴァは、レイラの言葉の意味をしっかりと理解している。ただ、その好きという感情を受け入れる器が、まだ出来ていないのだ。

 それは、作られ掛けたところで盛大に壊れ、今はもう一度直り掛けようとしている。そのような状態だ。アヴァが意識していなかったために、その速度は遅い。


「まあ、いいわよ。で、先生が呼んでるから、一緒に来てね。新しい教育を導入するみたいだから」


 レイラが、アヴァに手を伸ばす。こういう動作を見ると、仲良くなれているのかな、とアヴァは思う。ただ、レイラはアヴァの会ったことがないタイプだったために、友達と勝手に言うのが(はばか)られた。

 アヴァの経験して来た仲良しと、まだ異なっていたからだ。


「わかった。じゃあ、お願いね」


 アヴァはレイラの手を握る。途端にレイラは前を向いて、アヴァを先導していく。見下ろされないよう、アヴァの方を見る必要がない状態にしているのだろう。


 アヴァは、レイラのそれを嫌がってはいない。そうしていれば睨まれることはないし、他の女子に見下ろされていたとき、体が震えているのを見たことがあったからだ。


「先生、連れて来ました」

「やあ、お疲れ様。アヴァさんもよく来たね」


 キーファの部屋は本が多い。この町に住んでいながら、どう集めたのか不思議なほどだ。

 本というものは、貴重なものだとも聞いている。しかし、キーファの話では、ここにある本の半分以上は、貴重ではない本だというのだ。その理由はわからなかったが、それなら集められたのだろうと本が大量にある理由は納得した。


「キーファさん、新しい教育を導入するって聞いたんですが」

「はい、その通りです。ちょうど、この子にも関係のあることですよ」


 キーファが座っている椅子の前、長い机があり、そこには数冊の本と墨汁の入った瓶が乗っており、そしてこちらを見上げているフィンがいた。


「フィンがどうかしましたか?」


 フィンは、日本語でいえばひらがなを半分ほど書けるようになっていた。ただ、単語の理解が未熟なせいか、会話はできていない。


「動物と触れ合うことで、子ども達の命を(いつく)しむ感情を育みたいと思うのです。フィンさんは、子ども達と仲良くなって、お互いにいい刺激が生まれているのではないかと思いましてね」

「なるほど。それなら、フィンが大丈夫であれば、わたしは構いません」

「いえ、フィンさんはアヴァさんの友達です。そこで、機会があればなにか動物を、と思っているんですよ。そこで、お二人には、この教育をどう思うか聞いてみたかったんです」


 どうやら、ただの確認のようだった。キーファが判断誤るとは思えないアヴァだが、キーファはそれが正しいのか後押しが欲しいのかもしれない。


「わたしはいいと思います。フィンがいて、助けられたことは多かったですし、そういう子はいてもいいんじゃないかって」

「まあ、わたしもです。フィンのように人に慣れる動物は難しいでしょうし、まずはその動物を見つけるのが大変そうですね」


 二人の返答に、キーファはにこやかな笑みを浮かべる。ただ、少し困ったようにも見えたが、アヴァは気のせいだと考えた。


「賛成いただけて良かったです。そうですね、一番大変なのは動物を見つけることです。野生の獣を飼い慣らすのは危険ですし、もし機会があれば、という話ですよ。

 その機会を逃すことがないよう、方針を決めておきたかっただけですから。まあ、子ども達にも言ってみてください。注意深く探してみるように、とね」


 そして、アヴァは部屋を出ることにした。レイラはキーファと話すそうで、子ども達に広める役目もアヴァが負った。


 最近、フィンともあまり一緒にいれないな、とふと思う。昼には子ども達がフィンを囲むし、夜にはわたしがジーンと一緒にいる。

 どこかで、フィンとの時間も作ろうかな。

 そう考えながら、アヴァは階下に降りていった。

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