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蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
2章.心の支え
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2-8

 アヴァは町を出歩いていた。静かな町。自分がここにいるのかすらも、わからなくなりそうだ。

 音はある。ただ、それが人が出すようなものではなく、ただの環境音であって、自分が異物であるかのようだ。


 アヴァには、特にすることがなかった。

 いつもの学びを終えて、自由な時間になる。そうすると、子ども達は孤児院の中で遊び始めたり、孤児院を出て町へ出て行ったりする。アヴァはキーファと話したかったのだが、レイラの監視があって、思うようにいかない。


 ジーンと一緒にいるのもいいのだけど、夜になって話し合うのが、1日の楽しみになっているような気がして、むしろ昼間に話してしまうのがもったいないように思えてくる。

 だから、特に理由はないけど、とりあえず町を歩いてみよう。好奇心に芽生えた彼女は、それを満たしてくれるなにかを探していた。


 彼女が一人で歩けるというのは、この町に人通りがないからだろう。アヴァは、無意識のうちに、男性を恐れている。正確には、特定条件下での男性であるが、彼女はその原因となる記憶を封じ込めているため、気づいてはいない。


 アヴァはなにかを見つけようと、歩みを進める。石造りの床、家。冷たく、誰かが息を潜めているようだ。彼女は、本当にそう感じた。


 誰かが、いる。


 彼女の足音だけでなく、誰かの足音がある。それは後ろから聞こえる。たまたま同じ方向に向かっているだけだろう。そう思ってはみるものの、あまり人がいない中で後ろに誰かいるというのは、気分が良くない。どんな人かだけ確認してみよう。


 そう思って振り返ると、誰もいない。視界のどこにも、人はいないのである。家の扉は閉まりきっていて、誰かが入った気配もない。


「え?」


 振り返る直前、慌てたような足音を聞いたような気がする。もしかしたら、誰かがついてきている?

 それが子ども達ならいいけれど、彼女は嫌なことを思い出した。


 人がいなくなる、という話だ。


 夜になると、騎士はこちら側の町を見回る。気づいたら、人がいなくなっているからだそうだ。それは数年前からのことで、大人達や向こう側の人達は、信仰心の衰えが原因で、神様が罰しているんだと言うらしい。


 だけど、子ども達は、死んでしまった人たちが、寂しくなって皆を連れて行こうとしている、なんていう怖い話を聞かせてきたのだ。

 アヴァは、死者を蘇らせることができてしまうから、それなら蘇らせて欲しいと思って、死んだ人が寄ってきてもおかしくないと考えていた。

 アヴァが怖いね、という話をしたら、ジーンは気にすることないですよ、と言った。もしかしたら、わたしが一番怖がっているのかもしれないとも考えていた。


 気づかれないよう、逃げてみよう。もしかしたら、本当にたまたまここまで同じ道だったとか、聞き間違いだったとか、いろいろ考えれるから。


 アヴァは、道をいくつか曲がる。ちょっと早足だ。

 でも、そうすると、完全に誰かがついてきていることに気づいてしまった。

 それも、子ども達ではないだろう。足音は一つで、バタバタと焦った様子がなくて、子どもっぽくなかった。


「誰なんですか!?」


 アヴァはとうとう立ち止まって、大声を投げかける。その声は響くが、石壁に吸い込まれていく。あっという間に静寂に包まれる。

 振り返ってみても、誰もいない。でも、誰かがいる。


「もう、いいです。わかりました。放っておきますから」


 もしかしたら、本当に死んだ人なのかもしれない。だって、見えないのだから。

 お父様が亡くなったときも、フィンが死んじゃったときも、あのおばさんも、そこにその人はいなかった。だからきっと、わたしやお母様は、どこかに行ってしまって見えなくなった人たちを呼び戻していたのだ。その力があるのだ。


 それなら、ついてきてる人だって、死んでしまって、見えなくなって、でもそこにいる、そういうものなんだ。


「話しかけたくなったら、話してください。なんでついてきてるのか、わかってますから」


 きっと、生き返らせて欲しいんだと思う。だから、怖いことはやめて欲しい。アヴァは、そう考えていた。


 後ろにいるなにかは、ないものだと考えて、アヴァは再度、町を歩き回ることにした。やっぱり、後ろが気にはなるのだけど。


 ただ、ようやく変化があった。人が家に背を預けて、座り込んでいる。帽子を目深に被っていて、くすんだ茶色の上下服だ。もみあげの辺りは、黒より白髪が多くて、お爺さんのようだった。


 今は一人でいるのが怖かったから、知らないお爺さんでも、アヴァは話すことができた。ただ、話しかけてきたのは、相手からだったが。


「お嬢ちゃん、見ない顔だな」

「こんにちは。わたしは、少し前にこの町に来たばかりなんです」


 アヴァが老人にあまり恐怖を覚えないのは、ガルトと出会っていたお陰だろう。


「なるほどな。で、神様を信じているのかい?」

「はい。信じています」


 この町で、神様を信じていないというのは、やめた方がいいとキーファから聞いていた。彼自身、孤児院以外では人目を気にして話していたし、注意しないといけないのだろう。


「どうして信じられる? この町には来たばかりなんだろ。前から信じていたのか?」

「いえ、知ったのはここに来てからですけど、でも、信じてます。えっと、信じたいから」

「おかしいと思わないか?」

「なにがですか?」


 帽子のせいで、あまり表情は見られないが、老人の声は強張っていた。


「神様の教えとやらの話さ。教えがあるなら、どうしてあちら側とこちら側なんてものができる。神様は、どうして金なんかで信仰心を測る。

 行為ならまだわかるさ。命を賭けられるやつは、狂ってるとしか思えんがな。だが、金はわからん。金は全部、教主達に納められるんだ。そうしないと住めないってのは、出て行った奴らの話さ」

「えっと、それは確かに、おかしいと思います」


 神様は凄いらしい。だったら、別にお金なんて要らないはずだ。


「そう思うだろ? 何年も前から、こちら側の扱いはどんどん悪くなってやがる。神様は乗っ取られて、神話も間違ってるんじゃないかって、思わないか?」

「それは、わかりませんが、神話ってどんな話なんですか?」


 キーファに聞こうと思って、聞けなかった話だ。レイラが目を光らせているうちは、話をするのは難しいきもしれない。


「なんだ、知らないのか。こういう話だよ」


 老人は、この国の宗教が持つ神話の一つを話してくれた。とても簡単にしてくれたみたいだ。



 その昔、この町は全ての人間が平和に暮らしていた。神様の加護を受け、争いも病もない町だった。

 しかしあるとき、悪魔が現れた。悪魔というのは、その者に名付けられた呼び名だ。悪魔は死者を蘇らせ、それを自由に操った。

 死者を率いた悪魔は、町を侵略し、ついには神に手を掛けようとした。しかし、神の力が打ち克ち、悪魔は退けられた。全ての死者は安らかに眠り、傷を負った神は人の前には姿を見せず、代わりに一人の人間に町を統治するよう、言い聞かせた。



「って、話だよ。悪魔の特徴は、ギラついた紅い目らしいが、そもそも悪魔っていうのはなんなんだろうな。どこから来て、どうしてそんな力を持っているのか。まあ、どうだっていい」


 アヴァの体は、震えていた。いや、そんなはずはないと思うけれど、やっぱり考えついた考えが抜けない。もしかしたら、ついてきているなにかだって、そんな話を聞いてしまったら、正体に納得がいってしまう。


「問題は、本当に教主様は神様に統治しろと言われたのかってことだよ。教主様が持っているっていう、証だって本当におるかもわからん。

 こんな話、他の奴らに聞かれちゃまずいが、嬢ちゃんだから話しているんだ。どうだ、疑う気になったか……って、どうした?」

「い、いえ、大丈夫です。なんでもありません」


 もしかしたら、わたしはここにいてはいけない存在なのかもしれない。早く布団に包まれたい。そして、その感触の中で、全てを忘れてしまいたい。

 きっと、全部、ただの偶然だ。


 わたしは、自分の力の正体なんて知らなかったし、知る必要もないと思っていたけど、そんなこと言ってられないのかもしれない。でも、誰にも言っちゃいけない。隠さなきゃ。隠さなきゃだめだ。


 なんとかお兄様に話して、すぐにもここを出て行こう。それがいい。うん、きっとそれが一番だわ。でも、どうやってお兄様と会えば。


「おい、嬢ちゃん。落ち着けよ。変な話をして悪かった。誰にも言うな、忘れてくれ。まさか、来たばかりの旅人なのに、そこまで信仰心が強いとは思わなかったんだ。からかっただけさ、な?」


 老人は的外れな励ましをするが、おかげでアヴァは少し落ち着いた。

 悪い方向に、悪い方向に、沼にはまってしまったように、抜け出せなくなって、深くなって。たまたま、偶然が重なってしまったせいで。


「はい、あの、聞かなかったことにします。大丈夫です」

「本当か?」

「はい。ちょっと、具合が悪くなっちゃって、それだけで、そんなに気にしてませんから。あの、さっき走ったんで、そのせいだと思います」

「……なら、信じるぞ」


 アヴァは頷き返した。そして、一つ深呼吸する。


「ごめんなさい。神話を聞かせてくれて、ありがとうございました」

「大したことじゃないな。……まあ、困ったことがあれば、ここに来てくれ。なにかの縁だ。力になる」

「はい。では、そのときは」


 アヴァがその場を離れる。これまで来た道を引き返すことになるが、誰もいなかったし、足音もなくなっていた。

 全部、気のせいだったのかな。一人ぼっちになって、勝手に臆病になってたのかな。

 そう、思ってはみるが、心は否定する。

 ただ、わたしは、お母様は、一体なんなんだろう。どうやったら、わかるのだろう。


 放っておいては、いけない気がした。


 この町にいれば、わかるだろうか。なら、それまでは、学んで、教えて、強くなろう。神様を殴るために、幸せに生きるために、そして新しく、わたしが何者なのかを知るために。


 アヴァは初めて、彼女自身のための、生きる理由を見つけた。

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