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人通りはあるものの活気はない。時間によって変わるわけでもなく、普段からこの町はそうした場所のようだ。
「この町は、宗教によってまとまっています。また、ここは主要都市であり、ここを中心とした一帯にも影響力があります。
また、身分差も生じています。各町や各国に見られる特徴ですが、これは元の国において生じていた力関係が、移住後も引き継がれたのではないかと考えられています」
キーファが話をするときは、いつも周りに人がいない瞬間だ。この国の人間には聞かれないよう、注意しているのだろう。
「この町における身分差は、信仰心の高さによって分かれます。
最も容易に示す方法は、富や財力。神のために、どれだけ財を投じられるか、ということですね。次に行為。命を投げ打てる程の行為によって、ようやく深い信仰心を認められます。
つまり、あの橋のこちら側には、財もなく、命も投げ捨てられないようなものが。向こう側には、財があるものや、狂信的であるものが集まるわけです」
離れた場所から、キーファと共に橋の方を見る。見た目が鎧であるため、たとえブラムがいたとしても気づけないだろう。
「お兄様も、あそこにいるのでしょうか?」
「さあ、どうでしょう。ですが、私の知る限り兵士に志願したものは、研修や修練を積むのではないかと思います」
「そうですか」
淡白な返答だ。アヴァ自身、そう感じた。彼女は、ブラムと離れたはずなのに、いまいち寂しさを感じられていなかった。
それはきっと、まだこの町にいる、近くにいるということを感じているからなのだろう。
アヴァはまだ、親しい者の死を感じたことが少ない。両親を亡くし、エフィーも死んだと思ってはいるが、それを認識していないのだ。直接見たわけでもなく、ただ死んだと知っている、思っている、それだけだ。悲しい出来事のはずなのに、心と理解は追いついていない。
だからこそ未だ、喪失感というものを感じたことがなかった。その余裕さえ与えられなかった、というのもあるだろう。さらには、唯一失った親友のフィンでさえ、彼女は蘇らせることで回避した。
「さてと、なにか訊きたいことはありますか?」
「生活の道具や食べ物は、一体どこから手に入れてるんですか?」
一通り町の中を見たが、あるのは道と家ばかりだった。店のようなものはなかったし、家畜のようなものもいなかった。
「こちら側の大人たちが、外にいる家畜を解体し、中へ持ち込むんです。大人たちはこの町で一番偉い、教主より報酬をもらえます。嗜好品などですね。
金銭はもらえません。使い道がないからです。生物を殺すことは、この町の宗教において非常に許されない行為です。こちら側には、信仰心を犠牲にして報酬を得ている人たちがいるのですよ」
それを聞いて、アヴァの頭に不安が過ぎった。そして、それに引きずられるようにして、思い出してしまった。
地下で多くの生物を殺した記憶。指に刺さりそうな毛皮に、血生臭さと、ぬちゃっとした肉の感触。わたしは、多くの動物を殺してしまった。
そして、それはエフィーも。
エフィーはこの町の生まれで、きっと向こう側で過ごしていたのに、たくさんの動物を殺してしまったんだ。
わたしはエフィーが強い人だと思っていたけど、エフィーは少しずつ傷ついていったのかもしれない。だから、わたしが再開したとき、急に目の光がなくなったように感じたのかもしれない。
エフィー。そうだ。エフィーとの約束、守らなきゃ。
環境の変化、それに奪われた首飾り、日常からエフィーとの接点を絶たれた彼女は、黒で塗り潰されたような記憶から、隙間を縫ってエフィーを取り戻すことができた。
お兄様は、わたしに幸せに過ごして欲しいと思っている。でも、わたしは、エフィーとの約束を守らないといけない。そう思って、ガルトさんのところからも離れたんだ。
ここが宗教の国なら、信じている神様がいるはずだ。わたしは、エフィーの代わりに、その神様を殴んないといけないんだ。
「……さん? アヴァさん?」
「え?」
前を向いていたつもりだったアヴァだが、気づくと目の先には石畳が広がっていた。
「なにか、考え込んでいたようですが、心配しないでください。私の孤児院のように、教主から認められている孤児院では、そのようなことはしません。
なぜなら、そうしたところは、教育を目的とした孤児院ですからね。持たざる者は得ることに貪欲で、よく知識を身につけ、国の力にもなる傾向があります。それを狙ってのことでしょう」
アヴァはそれよりも聞きたいことはあったが、話を途切れさせるのはよくないだろうと考えて、じっと聞いていた。
あまり大事そうには感じられなくて、話半ばではあった。アヴァは、動物の解体だってできるのだ。やりたくはないけど、やれと言われればやれる。
「そうなんですね。それよりも訊きたいことがあるんですが、いいですか?」
「ええ、どうぞ」
宗教というものは理解していた。だからこそ、どうすれば神様を殴れますか、とは聞かない。
「神様って、どこにいるんですか?」
キーファは目を丸くさせたが、気を取り直すと顎に手を当て、興味深そうに返した。
「ふむ、滅多に訊かない質問で、少し新鮮な感じがしました」
「先生、神様って、いるけどいないんでしょ?」
子供の一人が手を挙げて言った。手を挙げるのは、癖になっているようだ。
「そうですね。姿があるわけではありません。神様とは、この世界を作った存在です。本当にいるのかはわかりませんが、この国では、いるのだと信じられています。そして、その神の教えを守ることで、この国は成り立っています」
「えっと、じゃあ、例えばの話なんですが、神様を殴ることはできないんですか?」
これにはキーファも予想外だったようで、彼は思わずといった様子で笑い出してしまった。馬鹿にしたようではなく、面白がっているようで、アヴァは嫌な気分にはならなかった。
「ククク。……そうですね。殴ることはできないでしょう。形は人であったり、動物であったり、はたまた形などないという説もあります。この国の中でも、いくつか宗教派閥と説があるらしいですね。
ただ、一つ言えるのは、アヴァさんが神様を信じれば殴れるし、信じなければ殴れないということです。いないものを殴ることは、できませんから。いえ、もしかしたら、どこかにはいるのかもしれませんがね」
アヴァは、神様はいる、そう思っていた。ただ、その神様というのは、人間の誰かのことだと思っていた。
宗教とは無縁だったし、神様という存在を認知できない世界で暮らしていたために、そのいない誰か、神様のような存在がいると思うことすらなかった。
彼女には、いつでも頼るべき者がいた。だからこそ、いない何かを頼ることがなかったのだ。
「じゃあ、どうしているかどうかもわからないモノを信じられるんですか? それに、いない人がどうやって教えなんかを出せるんですか?」
「いいところを突きますね。実は、この町の教主は代々、あるものを受け継ぐそうです。それは、神と出会った記録、その中に神の教えもあるのでしょう」
キーファは教えることに熱が入ったようで、アヴァも真剣に聞かなければ、その熱意に振り払われそうだった。
「そして、それは事実なのでしょう。そうでなければ、この町は成り立ちません。
年が経るにつれ、人々の信仰心は衰えているようですが、最初に町が一つになるには、神を信じるようななにかがあったに違いないのです。
そして、それは人々の間に伝わる、神話の中にあるのでしょう。しかし、それもまた年を経て正確さを欠き、少しずつ本当の話を予想するしかない。そして神話というのは━━」
「あの、先生、もう大丈夫ですから! 神話については、また後で聞かせてください」
このままでは、キーファがずっと話し続けるのではないかと思い、アヴァは止めることにした。後ろの子ども達も、げんなりした様子だ。もしかすると、何度も聞いているのかもしれないな、とアヴァは察する。
「ああ、すみません。大丈夫です。もう落ち着きました。では、最後にあの施設を紹介して、そろそろ孤児院に戻りましょうか」
キーファが最後に紹介したのは、いわゆる不浄なものを処理する場所だった。中へは入ることなく、一行は孤児院へ戻ることにした。




