表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蘇術少女のリヴォルト  作者: 天木蘭
2章.心の支え
32/60

2-6

 人通りはあるものの活気はない。時間によって変わるわけでもなく、普段からこの町はそうした場所のようだ。


「この町は、宗教によってまとまっています。また、ここは主要都市であり、ここを中心とした一帯にも影響力があります。

 また、身分差も生じています。各町や各国に見られる特徴ですが、これは元の国において生じていた力関係が、移住後も引き継がれたのではないかと考えられています」


 キーファが話をするときは、いつも周りに人がいない瞬間だ。この国の人間には聞かれないよう、注意しているのだろう。


「この町における身分差は、信仰心の高さによって分かれます。

 最も容易に示す方法は、富や財力。神のために、どれだけ財を投じられるか、ということですね。次に行為。命を投げ打てる程の行為によって、ようやく深い信仰心を認められます。

 つまり、あの橋のこちら側には、財もなく、命も投げ捨てられないようなものが。向こう側には、財があるものや、狂信的であるものが集まるわけです」


 離れた場所から、キーファと共に橋の方を見る。見た目が鎧であるため、たとえブラムがいたとしても気づけないだろう。


「お兄様も、あそこにいるのでしょうか?」

「さあ、どうでしょう。ですが、私の知る限り兵士に志願したものは、研修や修練を積むのではないかと思います」

「そうですか」


 淡白な返答だ。アヴァ自身、そう感じた。彼女は、ブラムと離れたはずなのに、いまいち寂しさを感じられていなかった。

 それはきっと、まだこの町にいる、近くにいるということを感じているからなのだろう。


 アヴァはまだ、親しい者の死を感じたことが少ない。両親を亡くし、エフィーも死んだと思ってはいるが、それを認識していないのだ。直接見たわけでもなく、ただ死んだと知っている、思っている、それだけだ。悲しい出来事のはずなのに、心と理解は追いついていない。


 だからこそ未だ、喪失感というものを感じたことがなかった。その余裕さえ与えられなかった、というのもあるだろう。さらには、唯一失った親友のフィンでさえ、彼女は蘇らせることで回避した。


「さてと、なにか訊きたいことはありますか?」

「生活の道具や食べ物は、一体どこから手に入れてるんですか?」


 一通り町の中を見たが、あるのは道と家ばかりだった。店のようなものはなかったし、家畜のようなものもいなかった。


「こちら側の大人たちが、外にいる家畜を解体し、中へ持ち込むんです。大人たちはこの町で一番偉い、教主より報酬をもらえます。嗜好品などですね。

 金銭はもらえません。使い道がないからです。生物を殺すことは、この町の宗教において非常に許されない行為です。こちら側には、信仰心を犠牲にして報酬を得ている人たちがいるのですよ」


 それを聞いて、アヴァの頭に不安が過ぎった。そして、それに引きずられるようにして、思い出してしまった。


 地下で多くの生物を殺した記憶。指に刺さりそうな毛皮に、血生臭さと、ぬちゃっとした肉の感触。わたしは、多くの動物を殺してしまった。

 そして、それはエフィーも。


 エフィーはこの町の生まれで、きっと向こう側で過ごしていたのに、たくさんの動物を殺してしまったんだ。

 わたしはエフィーが強い人だと思っていたけど、エフィーは少しずつ傷ついていったのかもしれない。だから、わたしが再開したとき、急に目の光がなくなったように感じたのかもしれない。


 エフィー。そうだ。エフィーとの約束、守らなきゃ。


 環境の変化、それに奪われた首飾り、日常からエフィーとの接点を絶たれた彼女は、黒で塗り潰されたような記憶から、隙間を縫ってエフィーを取り戻すことができた。


 お兄様は、わたしに幸せに過ごして欲しいと思っている。でも、わたしは、エフィーとの約束を守らないといけない。そう思って、ガルトさんのところからも離れたんだ。

 ここが宗教の国なら、信じている神様がいるはずだ。わたしは、エフィーの代わりに、その神様を殴んないといけないんだ。


「……さん? アヴァさん?」

「え?」


 前を向いていたつもりだったアヴァだが、気づくと目の先には石畳が広がっていた。


「なにか、考え込んでいたようですが、心配しないでください。私の孤児院のように、教主から認められている孤児院では、そのようなことはしません。

 なぜなら、そうしたところは、教育を目的とした孤児院ですからね。持たざる者は得ることに貪欲で、よく知識を身につけ、国の力にもなる傾向があります。それを狙ってのことでしょう」


 アヴァはそれよりも聞きたいことはあったが、話を途切れさせるのはよくないだろうと考えて、じっと聞いていた。

 あまり大事そうには感じられなくて、話半ばではあった。アヴァは、動物の解体だってできるのだ。やりたくはないけど、やれと言われればやれる。


「そうなんですね。それよりも訊きたいことがあるんですが、いいですか?」

「ええ、どうぞ」


 宗教というものは理解していた。だからこそ、どうすれば神様を殴れますか、とは聞かない。


「神様って、どこにいるんですか?」


 キーファは目を丸くさせたが、気を取り直すと(あご)に手を当て、興味深そうに返した。


「ふむ、滅多に訊かない質問で、少し新鮮な感じがしました」

「先生、神様って、いるけどいないんでしょ?」


 子供の一人が手を挙げて言った。手を挙げるのは、癖になっているようだ。


「そうですね。姿があるわけではありません。神様とは、この世界を作った存在です。本当にいるのかはわかりませんが、この国では、いるのだと信じられています。そして、その神の教えを守ることで、この国は成り立っています」

「えっと、じゃあ、例えばの話なんですが、神様を殴ることはできないんですか?」


 これにはキーファも予想外だったようで、彼は思わずといった様子で笑い出してしまった。馬鹿にしたようではなく、面白がっているようで、アヴァは嫌な気分にはならなかった。


「ククク。……そうですね。殴ることはできないでしょう。形は人であったり、動物であったり、はたまた形などないという説もあります。この国の中でも、いくつか宗教派閥と説があるらしいですね。

 ただ、一つ言えるのは、アヴァさんが神様を信じれば殴れるし、信じなければ殴れないということです。いないものを殴ることは、できませんから。いえ、もしかしたら、どこかにはいるのかもしれませんがね」


 アヴァは、神様はいる、そう思っていた。ただ、その神様というのは、人間の誰かのことだと思っていた。

 宗教とは無縁だったし、神様という存在を認知できない世界で暮らしていたために、そのいない誰か、神様のような存在がいると思うことすらなかった。


 彼女には、いつでも頼るべき者がいた。だからこそ、いない何かを頼ることがなかったのだ。


「じゃあ、どうしているかどうかもわからないモノを信じられるんですか? それに、いない人がどうやって教えなんかを出せるんですか?」

「いいところを突きますね。実は、この町の教主は代々、あるものを受け継ぐそうです。それは、神と出会った記録、その中に神の教えもあるのでしょう」


 キーファは教えることに熱が入ったようで、アヴァも真剣に聞かなければ、その熱意に振り払われそうだった。


「そして、それは事実なのでしょう。そうでなければ、この町は成り立ちません。

 年が経るにつれ、人々の信仰心は衰えているようですが、最初に町が一つになるには、神を信じるようななにかがあったに違いないのです。

 そして、それは人々の間に伝わる、神話の中にあるのでしょう。しかし、それもまた年を経て正確さを欠き、少しずつ本当の話を予想するしかない。そして神話というのは━━」


「あの、先生、もう大丈夫ですから! 神話については、また後で聞かせてください」


 このままでは、キーファがずっと話し続けるのではないかと思い、アヴァは止めることにした。後ろの子ども達も、げんなりした様子だ。もしかすると、何度も聞いているのかもしれないな、とアヴァは察する。


「ああ、すみません。大丈夫です。もう落ち着きました。では、最後にあの施設を紹介して、そろそろ孤児院に戻りましょうか」


 キーファが最後に紹介したのは、いわゆる不浄なものを処理する場所だった。中へは入ることなく、一行は孤児院へ戻ることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ